第23話 ウソとホントのフルコース――③

 ラインフォード一家との夕食が終わって――

「自室」に戻ってきた俺は、はあーっと深いため息をつくと、ドアを背にして、ずるずると座り込んだ。

 精神的に、どっと疲れている。

(よくもまあ、こんだけ平然とウソがつけたもんだ……)


  ◇◇◇


 外には、まだ、月が輝いている。

 カシームとシャーリーは、飲み直すと言って出て行った。多分冒険者ギルドに行ったに違いない。

 俺は一人、自室に残って、ベッドの上に腰掛けている。

 この先の破滅を回避する方法――

 助けた子供たちが偶然ラインフォード家の子だった、まずこれがこの上ないラッキーに思えた。

 街の人たちに見放されたのが没落の一因だ。ラインフォード家がバックにあれば、この先何があっても世間から決定的に孤立することは避けられるだろう。

 ではそのためにはどうしたらいいか……そうだ、あの二人をパーティに入れてしまえばいい。

 そもそも、今後『星々の咆哮』のメンバーを増やそうったって、上手くいかないことも分かっている。

 これが、俺が考えた作戦だった。


 タミーについては、日頃からめちゃくちゃシャーリーに懐いているし、何の支障もないと思った。

 アスーロについては――レックスとビートから、色々日頃の行動を教えてもらった。

 更にはあの日、姫騎士フィーネ……は、置いといて、魔獣総進撃ランページについても調べていることを知ったので、その話も持ち出した。

 まあ、このまま事態が「原作」通り推移すれば、魔獣総進撃ランページは発生する。

 だから、あれはまるっきりのウソでもないのだが……

 そして最後、フラーノについてだ――

 『保険』を掛けていた話を聞いた時に「行ける」とは思った。だが、鍵はマシュー・クロムハートという人間を信用してもらえるかどうかだ。

 根っからの危険人物ではないと印象づけるため、魔獣総進撃ランページへの恐れのために、酒に走ったことにした――これはもう、まるっきりの大ウソである。

 さらに、あれは完全に偶然だったが、前世の両親を思い出して、涙ぐんでしまったのも――

(詐欺師かよ、俺はっ……)


「はあ……」

 俺はまたため息をついた。自己嫌悪感がひどい。

 さらに自己嫌悪感を増しているのは、もう一つ、明らかに計算していることがあるからだ。

 正直、現時点ではアスーロとタミーの能力は全くの未知数だ。だが、仮に戦力にならなかったとしても――

 成績の悪いプロ野球の監督だって、もし、将来のために若手選手を積極的に起用して、それで負けが込んでいるのなら、そこまで叩かれないだろう。

 同様に、これからもしクエストに失敗しても、若い冒険者を育成しようとしているからではないかと周りが思ってくれたなら、勇者パーティの評判は落ちない、かもしれない――


 とにかくウソまみれ、計算まみれで、俺は目的を達成した。

 いくら自分を――そしてパーティの仲間二人を、この先の破滅から救うためとは言え……人を騙していると思うと、いい気分ではなかった。

 そうだ、こんな時は一杯やって寝るに……い、いやいや、断酒してるんだった。

 俺は、ベッドに倒れ込んだ。

(せめて、アスーロとタミーを、全力で守ることだけはしなきゃな……)

 天井を見ながら、そう思った。

 少なくとも、あの日ダンジョンで、彼ら二人を――最初はどこの誰とも分からなかった少年と少女を、死なせたくないと思ったことは……

 こればっかりは、天地神明に誓ってウソじゃない――


「「勇者さまー!!」」

 いきなり、ガチャっと部屋の扉があいて、アスーロとタミーが入ってきた。

 しまった、精神的に疲れていたせいで、部屋に鍵をかけるのも忘れていたのか。

 二人ともパジャマ姿で、タミーのそれは猫の着ぐるみのようなスタイルだった。

 体を起こした俺の両脇に、二人がやって来る。

「勇者パーティの今後の活動方針について教えて下さいっ!」

「メンバーお二人のことも知りた~い!」

「……おいおい、もう遅い時間だぞ? と寝ろ」

「そんなこと言われても、今夜はドキドキでワクワクで眠れそうにないです!」

「胸のキュンキュンとまらないよ~! ということでお姉さま情報多めでオネシャス」


 だめだこれは。解放してくれそうにない。

「そんなこと言われてもなあ、俺もよく知らないんだよな」

「えー、勇者さまなら、お姉さまのことはスミからスミまで知ってるんじゃないんですか?」

「何だよその含みのある言い方は!? 言ったろ? 頭を打った後、記憶が飛んでるんだよ! ……あ、そうだ。むしろ俺がこの世界のこと、いろいろ教えてもらおうかな」

「え、勇者さまは、クイズとかやったらポンコツがばれちゃう人だったんですか?」

「バカにするな、学校は首席に近い成績で卒業したんだぞ! ……魔法以外は」

 最後のは小声で付け加えた。

「さっきも言ったように記憶が飛んでて、俺、いろいろ困ってるんだよ」

「――分かりました。ゴホン、このアスーロ・ラインフォード、勇者さまのいかなるご質問にも全力でお答えいたしますっ!」

 中指でメガネの中央部をクイッと持ち上げて、アスーロは言うのだった。


  ◇◇◇


 その後、夜更けになっても、マシューの部屋の灯が消えることはなかった。


  ◇◇◇


 翌朝。

 今日も、窓の外には春の陽光が降り注ぎ、もはやお約束のように小鳥が囀っている。

 マシューの部屋にやって来たメイドのミラは、途方に暮れていた。

 マシューと、アスーロと、タミーが、大きなベッドの上で、雑魚寝状態になっているのだが――マシューにいたっては大いびきをかいているが――三人とも寝相がひどい。

 掛け布団キルトなんか、もうどっかに行ってしまっている。

 でもみんな、まるでいい夢でも見たような幸せそうな寝顔である。

 そこに、メイド頭のジーノがやって来た。

「あ、あの……朝食の用意ができてるんですけど……これ、どうしましょうか?」

 問いかけたミラに、ジーノは答えた。

「もう少し、寝かせておいてあげましょう」

 そして、ジーノはふふふっと嬉しそうに笑った。

「どうしたんです?」

「あ、いやね、もしシロック坊ちゃまが生きていらっしゃったらね、こんな感じだったのかなと思ったのよ」

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