第22話 ウソとホントのフルコース――②

 この世界にも、月はある。

 ダイニング・ルームの大きな窓からは、前世で見たものよりやや大きく見える三日月が、煌々と輝いているのが見えた。

 この世界の月の光は強く、三日月でも、前世の満月の夜のように明るい。

 その青い光が差し込む中で、俺はフラーノと向かい合った。

「あの子たちの手前は言いましたけどね……あ、もちろん、ウソじゃなくて、戦力としてまるっきり期待していないわけでもないですよ? でも、実は、ちょっと違うことを考えているんです」

「……」

「フラーノ殿、あなたは、二人に冒険者をやめてもらいたいんですよね……たぶん、シロックさんのことも、あるのでしょうね……」

 フラーノは、さっきから何も答えない。

「娘さんに聞きました。あなたは、もし今回ダンジョンに行きたければ自分たちの金で行け、家から金は出さないと言ったそうですね。だからあの子たちは、最低限の初心者用装備でダンジョンに入った……

 で、ダンジョンでちょっと怖い目に遭えば、現実に目覚めて、もう冒険者なんかやめると言い出すだろうと思った……ところが、掛けてた保険が役に立たなかった」

「! 何故それを!」

 ついに口が開いた。フラーノの顔色が変わったのがはっきりと分かった。

「ごめんなさい、使用人たちが話しているのを、偶然聞いてしまったんです……いや、俺も、もうを見つけるのは無理だと思いますよ?」


 そう、フラーノはダッダリアの冒険者ギルドで、アスーロとタミーには内緒で、Aランク冒険者の男を一人、雇っていた。

 そいつに、ダッダリア地下迷宮ダンジョンに入った二人の後をこっそりつけさせ、何か危ない事が起これば、二人を助けるよう依頼していたんだな。

 ところが、Aランク冒険者でもかなわないような突然変異のミノタウロスが急に出現したため、そいつは我が身かわいさに、アスーロとタミーをほったらかしにして逃げちまった。

 あの日、ダンジョンの九階のセーフティエリアの中にひしめき合っていた冒険者たちの中に、そいつも混じっていたってわけだ。

 一同のダンジョンからの帰還後、男は姿を消した。報酬のうち前金でもらった分は、もちろん返さない、ネコババだ。

 当然、フラーノの腹の虫が治まるわけがない。

 返金含めてしかるべき罰を与えるべく、各都市の冒険者ギルドには回状を出し、更に使用人たちを使って居所を突き止めようとしていた……という話だ。


「それで、計算が狂って、ちょっとどころかむちゃくちゃ危ない目に遭ったにも拘わらず、彼らは冒険者やめるつもりなんか微塵もない。むしろやる気増してますよね……

 あのくらいの年頃の子は冒険者に憧れを持つことが多いんでしょうが、彼らの思いはそんなレベルじゃないように見えます。多分、あなたが止めようったって、止められないですよ」

「ぬ……」

「止めようがないなら……そんな不確実な保険なんかより、俺たちのパーティにいた方がはるかに安全です」

 俺はキッパリと言い切った。


 フラーノは考え込んでいる。

 この男の真意は、どこにあるのか……

 家を空けることも多い彼にとって、誰かが危なっかしい兄妹の面倒を見てくれること自体は、歓迎すべき話に違いない。

 だが、目の前のこの男……酒場での「武勇伝」には事欠かないような男を信じていいものか……

 推測だが、きっと、そんなことを考えているのだろうと思った。


 しばらくして、フラーノが言った。

「勇者どの、ありがたいお話かもしれませんが……貴殿らは勇者パーティではないですか。危険な仕事が多いと思いますが」

「それは確かに。王国くにの仕事も受けてますからね……そうだ、彼らの立場はメンバー見習いということにしましょう。そしたら、本当にヤバい仕事の時は外すこともできますしね。

 あなたが一番ご存じでしょうが、二人とも、いい子じゃないですか……そんな子の葬式なんて、俺だってまっぴらですよ。俺はまだタネもしこんでないくらいですから、親の気持ちが分かるとは言えません。でも、ゼラニム公爵じゃないですけど、もし子供に先立たれちまったら、さぞ、親は悲しいだろうなと……」

 ふと、俺は、ちょっと涙ぐんでしまった。

「あ、すいません……」

 俺は服の袖で涙を拭った。

 フラーノは大いに驚いていた。

 言っておくが、ウソ泣き、などではない。

 話の流れから、急に、田舎の両親のことを思い浮かべてしまったのだ。

「この世界」に来てから、十日以上経っている。当然元の世界では、もう、俺の葬式があったに違いない。

 親父とお袋は、斎場で、あるいは火葬場で、どんな顔をしていたんだろう――ふと、そんなことを思ってしまったのだ。


 それを見て、フラーノは、決心したようだった。

 月明かりの窓に背を向けて――つまりは息子と娘たちがいるテーブルの方に向かって、ツカツカと歩んでいった。

「アスーロ、タミー」

 二人の名を呼ぶ。兄妹はそれぞれ「はい」と答えた。

「もう一度聞く。お前たちは、勇者さまのパーティに入りたいんだな?」

「「はいっ!!」」

 二人ともぴったり声を揃えて、大きな声で言った。

「分かった……例えわずかでも、勇者さまとお仲間の方々の力になるよう、精一杯励みなさい」

 フラーノがにこやかに言うと、アスーロとタミーは『やったあ!』と互いにハイタッチして喜んだ。

 俺はカシームとシャーリーの方へ行く。

「お前たちも、いいよな?」

「あたしは……嬉しいかな」

「ま、普通にメンバー募集しても誰も来ねえしな……誰かさんのせいで」

 毒づくカシームの肩をポンと叩き、俺はフラーノの方へ行く。


「ご迷惑をかけると思いますが……勇者どの、息子と娘をよろしく頼みます」

 フラーノは頭を下げた。

「こちらこそ」

 俺も頭を下げる。

「しかし……人の噂とは当てにならないもんですなあ」

「? ひょっとして……俺のことですか?」

「はい、失礼ながら。実際にお会いしてみるとこのようなお方だったとは……世間じゃ」

「横柄で粗暴な酔っぱらい、ですよね」

 フラーノは黙った。俺はちょっと笑って言った。

「そうですよね、合ってます……でも俺は痛い目にあって、このままじゃ先で破滅すると思ったんです。俺は自分の生き方を、変える必要があるんです」

「――勇者どの」

「はい」

「私が商売で一番大事にしていることは何か、お分かりですかな」

「さあ……ありきたりですが、信用……とか、誠実さ……とかでしょうか? 分かりません」

「間違えたと思ったことは、すぐに修正することですよ」

 そう言って、彼はニヤッと笑った。

「ささこちらへ。記念に一杯やりましょう」

「いや、俺は酒断ちしてるんで」

「ああ、そうでしたな……私としたことが。ではハーブティーでもお持ちしましょう」

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