第13話 ラインフォードのお屋敷で――②


「頭痛い、ですって!?」

 部屋に入ってくるなり、シャーリーは、えらい勢いで俺のすぐ側までやって来た。

 ちなみに服装はいつもと同じ皮ジャケットにショートパンツに絶対領域に……だったが、手足の防具や腰の刀は外していた。

「ねえねえマシュー、大丈夫!? 治癒士……いや、お医者さん呼んでこようか!?」

「い、い、いや……大丈夫、大丈夫だから。傷のせいで頭痛かったんじゃないから」

 じゃあ何のせいで頭が痛かったのかは、言えない。

 それにしても、彼女の顔がすぐ近くにあって、正直俺は困ってドギマギしている。

(睫毛、長いんだなあ……)

「そお? ふーん、確かに、顔色が悪いわけじゃないようだし……」

 シャーリーが、ようやく、ちょっと離れてくれて、内心、俺は安堵した。


「お見舞いですか、お姉さま?」

 タミーがシャーリーに声をかけ、シャーリーは、初めて、部屋にタミーが居ることに気づく。

「あらタミーちゃん……うん、まあ、そんなとこかな」

「その袋は?」

「これ? ああ、今日街に出る用事があってね、ついでに、市場でいろんな果物調達してきたんだ……やっぱ、ケガ人のお見舞いと言えば、果物だよねぇ。タミーちゃんも、一緒に食べよっ?」

 袋から、リンゴ? とか、洋ナシ? のような果物を数個取り出しながら、シャーリーが言う。

「お皿とかナイフとかある?」

「そこの棚の中に入ってますよ……あっ、あたしやりましょうか?」

「じゃあ、半分、むくの手伝って」

 シャーリーは、タミーと並んで、果物の皮をむき始めた。何事か会話しながら、笑って……

 俺は、しばしの間、シャーリーの笑顔から目が離せなくなっていた。特に、桜色の口紅で彩られて、ツヤツヤと光っている唇に。

(あれが……俺に……)

 思わず顔がカッと熱くなった。

 そんな俺を、シャーリーが、ふと見て、手を止めて言った。

「どうしたの?」

 やっべ。気づかれちゃったかな。何とか言わなければ。

「いや、シャーリー、今日はリップ塗ってるんだと思ってさ」

 今度は、シャーリーの顔にちょっと朱が散った。

 ちなみにその時の俺は知るよしもなかったが、この時、タミーは(ナイスです、勇者さま!)と心の中でガッツポーズを決めていたらしい。

「あ、こっ、これ? これね? ……ちょ、ちょっと気分転換したかっただけだよ? ほっ、ほら、今日はダンジョンにこもるわけでもないしね。はい」

 言いながら、シャーリーはいっぱいの果物がのった小皿(とフォーク)を持ってきて、大きなベッドの、俺の傍らに置くと、ベッドの上にちょこんと腰をかけた。

 タミーも両手に果物を抱えて、同じようにした。


 向かい合う、俺とシャーリーの間には、なんとなく微妙な空気が流れていた。

 それを壊したのは、タミーだった。

「しないんですか? お姉さま」

「「はあ?」」

 タミーの方を見て、二人とも同時に言った。何をだよ。

 タミーは自分の膝の上の小皿の、半月に切ったリンゴのような果物をフォークで刺すと、それをかざした。

「『あーん』、しないんですかぁ?」

「なっ!……」

 シャーリーは赤くなった。が、多分俺も、赤くなっていただろう。

「……ああっ! そうか! ここにおじゃま虫がいたら、できるわけないですよね! すっ、すみません! あたし空気が読めない子ちゃんになってましたっ! 後は、ごゆっくり!」

「ちょ、ちょっと、タミーちゃん!?」

 タミーは、果物がのった小皿を抱えてベッドから立ち上がり、そそくさと部屋から出て行った。


「……」

「……」

 後に残された俺たち二人は、前にも増して、微妙な空気になっていた。やがて……

 シャクッ。小さな音がした。

「はい……」

 シャーリー、フォークに刺した半月のリンゴのような果物を、俺に向かって差し出している。俺が動かずにいると、

「はいっ」

 もっと大きな声で言って、さらに果物を俺に近づけた。

 こっちを見ていないその顔は、むちゃくちゃ、照れた感じになっている。

 「はい、あーん」と、小っ恥ずかしいセリフは言わないまでも、要は喰えということだな。

 俺も、気恥ずかしさは感じたが……彼女の手の、果物にかじりついた。

 シャクシャクと、口の中で咀嚼する。

(うっ! こっ、これは……)

 確かに、見た目通り、現代日本のリンゴに似た味と歯応えだ。しかし、噛むにつれ、リンゴよりも遙かに多くの果汁が溢れ出てくる。その果汁も、甘いだけでなく、柑橘系の果実を思わせるような酸味もあって、すごく爽やかだ。うひょー! こんなの、食べたことがないぞ!

「――おいしい?」

「う……うまい! こんなおいしいの食べたの、生まれて初めてだ!」


 感動のあまり、俺は、シャーリーの肩に手をかけ、自分の方に向かせて、ちゃんと目を見て言った。

 彼女は――一瞬いっしゅんキョトンとしていたが、その後、みるみるうちに真っ赤っかになった。

「あ……あ……エ、エトラの実を食べたことくらい、今まで何回だってあるでしょ! お、大げさだよっ!」

 立ち上がると、果物を残したまま、脱兎のごとく部屋から出て行ってしまった。


 いや、正真正銘、生まれて初めて、だったんだけど……


  ◇◇◇


 その後のシャーリーは、マシューに与えられた部屋の近くにある、彼女に割り当てられた部屋に駆け込んだ。

「あーもう! あーもう! あーもうっ!!」

 ポスッ。部屋のベッドの上に、うつ伏せ状態でダイブした。

から、キャラ変わりすぎなのよっ! そりゃあたしも、煽られてガラにもないことやっちゃったけどさ……あんなこと、するなんて……)

 頭を起こす。ベッド近くにある姿見に自分の顔が映る――それこそ「エトラの実」のように、真っ赤なままだ。

「あーもうバカバカバカ! マシューのバカぁ!」

 ベッドの上に突っ伏して、長い足をバタバタさせる――

 そして、しばらく経った後、むくっと半身を起こす。

 果物を食べた後の、マシューの満面の笑顔が浮かぶ。

 あの時、あの顔に、本当にドキッとしたのだ。

(マシュー……)

 思い出して、つい、表情が緩みそうになったが――慌てて、ふるふると首を振った。

(だめ、だめだぞあたし! 勘違いしちゃダメ!)

 シャーリーは、仰向けにコロンとひっくり返った。

「あーもう……やだあ……」

 両手で顔を覆いながら、呟いた。

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