第14話 過去の記憶をひもといて――①

 俺たち『星々の咆哮』の三人がラインフォードの屋敷に滞在するようになってから、十日が過ぎた。


 当主のフラーノ・ラインフォードが最高レベルの治療を提供してくれたおかげで、俺の頭の傷はほぼ完治しており、もう包帯も取れている。

 だが俺は、まだ調子が優れないと、病室代わりに与えられた一室にこもり、フラーノに面会し礼を言うのも先延ばしにしていた。申し訳ないとは思うが……

 この先の悲惨な運命を免れるためには、どうしたらよいのか――それを考えるのに、頭がいっぱいいっぱいだったのだ。


 ところで、俺は、マシュー・クロムハートだ。

 いや、何を今更と言われるかもしれないが……この数日、頭の痛みが引くにつれ、この世界で二十数年生きてきた記憶が蘇ってきたのだ。まだ、所々欠落はしているが。

 ダッダリアのダンジョンで目覚めた時は、マシューの記憶がほとんど失われ、鈴木与一の記憶が残るだけの状態になっていたが、今の俺は、自分は勇者マシュー・クロムハートだという意識の方が強い。

 とにかく、できるだけ多くの過去の記憶――その中には、漫画では描かれていない情報が幾つも含まれているのは明白だ――を取り戻し、それに基づいてこの先を考えた方が、破滅を回避するのに役立つに違いない。


 とは言え、ずっと部屋にこもったままでは、気分も滅入るし、体もなまる。

 幸い、このところはずっと、春の柔らかな晴天が続いている。

 俺は部屋を出て、中庭に出てみた。

 久しぶりに、体を動かす――剣を取ることにした。

(来い、クリムゾン・フェニックス!)

 右手を大きく伸ばし、念じる。

 どこからともなく――たぶん屋敷内のどこかにあったのだろうが――ひゅん! と聖剣が飛んできて、俺の手に収まった。

 意思を持つ聖剣ならではの芸当……例え戦闘中にアクシデントで刀を手放すようなことがあっても、自分が望めば、必ず戻ってきてくれるのだ。

 鞘を腰に差し、つらりと、刀を抜く。

 これからやるのは、星々流の「基礎練習」――星々流の十二の型を、最初から最後まで、剣舞のように行うのだ。


 えっ? ああ、そうだよ。

 星々流には、一から十二まで型があるんだ。別に戦ってる最中に「何の型、なになに!」とは叫ばないけどね。

 だってさ……師匠のネーミングがダサいんだよ。

 師匠が型につけたのは、「一ノ型、睦月むつき」に始まる和風月名だ。

「星々流、二ノ型、如月きさらぎ!」

 うん、これくらいならまだアリだ。

 でも十二ノ型……最終の型なんだけど……師走しわすだぞ、師走。

 相手が物言わぬモンスターじゃなかったら、斬る前に爆笑されちゃいそうな気がして仕方ないのだ。

 それにしても、この中世ヨーロッパ風世界に、いきなり和風名詞ってのもファンタジー漫画あるあるなんだが……これ、「原作」じゃ出てこないんだよな。そもそも星々流の名前も出てこないし。設定だけして本編じゃボツにしたのかな?

 ともあれ、俺は、剣を大きく宙天に上げ、一ノ型、睦月むつきの準備に入る。そして、刀を振るいながら、自分の過去を思い出す――


  ◇◇◇


 俺は、ダッダリアの街の、ある冒険者同士の夫婦の間に生まれた子らしい。

 俺がまだ二歳にも満たなかった頃、父親と母親は友人に俺を預けてどこぞのダンジョンに向かい、そして、二人とも、帰ってこなかった。

 現代日本の感覚からすれば、ずいぶんと無責任に感じるが、この世界……冒険者の世界ではさほど珍しくもない話のようだ。

 天涯孤独になってしまった俺を拾ってくれたのが、剣の師匠となる男だった。

 前はどこぞの名のある流派の門弟だったが、何があったかは知らないが独立し、自分の流派、星々流の開祖となったらしい。


 生まれつき、俺の顎のところには十字、いやX印のような小さなアザがある。

 この世界で希に誕生すると言われる勇者、その勇者には、顔のどこかに、十字のアザがあると言い伝えられている。

 師匠は、もしかしたら俺が勇者なのではと思ったみたいだ。

 もう少し大きくなった頃、師匠は、ややこしいのだが「スキル鑑定のスキルを持つ男」に俺を見せた。結果、俺には最上級の剣士ソードマンのスキル、同じく最上級の格闘士グラップラーのスキル、それに無詠唱で魔法を発動できるスキルがあると判明した。

 師匠は小躍りして喜んだ。これこそまさに、勇者が持つに相応しいスキルであると。


  ◇◇◇


(三ノ型、弥生やよい!)


  ◇◇◇


 師匠は、とある山奥の小屋にて、前にも増して俺を厳しく鍛え始めた。

 拾ってもらったこと、そして育ててもらったことに礼を言わなければならないだろうが、正直、俺は師匠があまり好きではなかったんだよな。

 子供心にも、勇者の育ての親として自分の……そして自分の流派の名を売り、こんな暮らしからの脱出をしようとしているのが、多分に感じられたからだ。

 そして、俺が十二歳を過ぎた頃のある月夜のこと、師匠の願いは結実した。


 俺たちが眠っている小屋の近くで、ものすごく大きな爆発音の様なものが響いた。

 最初俺たちは、流れ星でも落ちたのか、はたまたドラゴンが出現しブレスでも放ったのかと思った。

 二人とも剣を片手に小屋の外に出ると、近くの森が赤々と光っていた。

 森の動物たちが逃げ惑うのをすり抜けて、その光源にたどり着くと――

 周囲の木をなぎ倒し、クレーター状になった地面の中心部に、朱塗りの鞘に収められた一振りの剣が立っていた。


 この世界に四本しかないという聖剣。聖剣を所有することこそ、勇者の紛れもない証である。

 その銘は、

『アイボリー・タイガー』、

『ネイビー・ドラゴン』、

『エボニー・タートル』、そして、

『クリムゾン・フェニックス』。

 なぜか聖剣だけが、日本刀と同様の形状をしている。西洋風の両刃の剣は無数に存在し、名剣名刀と呼ばれる物も多いのだが、日本刀状のものは、聖剣を除けば、実戦にはおよそ使えない物しか作れないらしい。

 この朱塗りの鞘に納められた剣が、聖剣のいち、クリムゾン・フェニックスであることを師匠はすぐに理解した。

 この剣が、俺を所有者と認め、この地に飛来したと――

 そしてその日、師匠は大喜びで正式に俺を養子とし、自分の姓を受け継がせることを決めた。

 この日からだ。俺が、ただのマシューから、マシュー・クロムハートになったのは。

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