No.002 The new ties
第12話 ラインフォードのお屋敷で――①
<ここまでのお話>
現代日本で暮らしていた青年、鈴木与一は、過労死した後、異世界に転生した。
彼が転生したのは、前世で読んでいた漫画『辺境追放の最強魔道士』の世界(またはそれに酷似した世界)であり、転生先は、主人公を己のパーティから追放した勇者マシュー・クロムハートである。
マシューになってしまった鈴木与一というか、前世の記憶が蘇ったマシューというか、とにかく彼は、このまま「原作」通り話が進めば、散々落ちぶれた上、闇落ちして主人公の敵となり、最後は生きたまま火葬されるという惨めな運命をたどるのだ。
何とかしなければならない……のだが、彼はダンジョンでミノタウロスと戦った後、その前に負っていた傷が悪化して、気を失ってしまった――
◇◇◇
フラーノ・ラインフォード――
ダッダリアの冒険者ギルドに持ち込まれる魔石の販売を一手に仕切っている「ラインフォード商会」を一代で築き上げた男であり、この国でも有数の大富豪である。
ダッダリアの名士として、王家の者や名門貴族をはじめ、数多くの有力者とも交流や取引があることは言わずもがな。
その邸宅たるや、広大な敷地を誇り、その一角にどれが母屋か分からないほどの横長の建物がコの字状に並び、その中央に噴水と幾つかの彫像が並ぶ美しい中庭があるという、これより立派なものはおそらく王族の邸宅くらいだろうという、豪華極まりないものだ。
その超がつく豪邸の一室の、これまた立派な作りのキングサイズベッドの上、窓から陽光が差し込む中、俺、マシュー・クロムハートは寝ている。
なぜかって? あの日、俺が助けた兄妹は、実はこの、ラインフォード家のお坊ちゃんとお嬢ちゃんだったのだ。
短髪、メガネの賢そうな少年が、兄、アスーロ・ラインフォード。
巻き毛、そばかすの魔法使いの少女が、妹、タミー・ラインフォード。
年齢は十四歳と十二歳で、冒険者養成学校に通っている最中。
そもそも何で冒険者になりたいのかという、根本的な疑問はさておき、ラインフォード家のご子息ご令嬢であらせられるなら、腕はともかく、持ち物だけはSランク冒険者相当であってもよさそうなんだが、なぜあんな
ダッダリアのダンジョン八階で、ミノタウロスを討伐した後、俺は気を失った。
ミノタウロスが死んだということで、九階に避難していた
何でも一番長い間俺を運んでくれたのは、あの戦士男と狩人男のペアだったらしい。
その途中、意識朦朧とする中で、俺が、
「あの三人も運んでやれ……バケモノの餌にされちゃ……かわいそうじゃねーかよ……」
とうわごとのように呟いて、皆はそれに従ったらしいのだが、ホントに自分でも覚えていない。
で、地上に上がるや、息子と娘を助けてくれた俺にフラーノは感謝し、自分の邸宅に運び、日頃は貴族以外相手にしないような医者や治癒士や薬師を総動員して手当てを施してくれた。この傷はミノタウロスとは関係なかったのだけど。
この部屋で意識を取り戻すと、すぐに、この家の執事である初老の男がやって来た。
名前はルークス。
一目見て、いかにも執事だなという格好と容貌(白髪白髭)だったので、きっと名前はセバスチャンに違いないと思ったのだが、ルークスというらしい。
で、そのセバス……じゃない、ルークスからこの者たちがお世話をしますと、二人のメイドを紹介された。
一人はミラといい、メイドの中では最年少の、かわいらしい十代の
で、その後二日が経過したのが今だ。もちろん、シャーリーとカシームも、ラインフォード邸に逗留している。
今、頭に包帯巻いてベッドに横になっている俺の周りでは、ミラとキャロルが、大きなガラス瓶に入った飲み水を取り替えたり、掃除をしたりをしていた。
そこに、「失礼します、勇者さま」の一声とともに、大きな花束を抱えたタミーが入ってきた。
今は、上は白のブラウス、下は腰に大きなリボンをあしらったスカート姿という、ごく普通の――にしてはやっぱり良家のお嬢さんに見える――格好だ。
タミーはミラとキャロルに何事かを言う。
メイド二人は、一礼して、部屋から出て行った。
俺は半身を起こして「タミー、どうしたんだ」と尋ねる。
タミーは、持ってきた花を花瓶に飾ると、言った。
「えへへ……勇者さま、今日はあたしが、身の回りのお世話をさせていただきますねー」
◇◇◇
「ね、聞いてます? みーんなで回復魔法かけたり、ポーション飲ませたり、大変だったんですからね……ダメですよ? ケガしてるのに無理しちゃ」
メイドに代わって部屋の掃除をしながら、タミーは、ダッダリアのダンジョンからの帰り道の話をしている。
「なあ、タミー」
「はい、何でしょう、勇者さま」
彼女は手を止めて、俺の方を見た。
「一つ気になるんだ。回復魔法は分かるとしてだ、ポーションの方は……俺は気を失ってたんだろ? どうやって飲んだんだ?」
「えっ」
タミーが、急に頬を赤らめた。
「そ、それ……聞いちゃい……ます?」
こんな反応をされたら、何があったのか、気になって仕方ない。
「ああ、教えてくれ、頼むよ」
めちゃくちゃ恥ずかしそうに、タミーが答える。
「シャーリー姉さまが、口移しで……」
…………何…………だと…………
ちなみに、ダンジョンからの帰路、シャーリーとタミーは何やらかんやら
それは、あの日、とてつもなく恐ろしい目に遭ったタミーに対する、彼女なりの配慮だったのだろう。
その甲斐もあって、タミーは本来の明るいキャラクターを取り戻し、そしてシャーリーとはすっかり打ち解け、彼女をお姉さまと呼ぶようになっている……い、いや、今、問題はそこじゃない。
◇◇◇
タミーから、彼女が見た光景を聞いたところによれば……
ダッダリア
それが急にストップした。
「何かあった?」
見ると――戦士男と狩人男の運ぶ簡易担架に載せられていた俺……マシューが、「ううっ」と声を上げて苦しげにしている。顔には、脂汗が滲んでいる。
「マシュー!」
シャーリー、瞬時に青ざめる。
「あ……あたし、もうポーション使い切っちゃった……ねえお願い! 誰か、ポーション余ってたら分けて! 地上に出たら、値段は倍、払うからっ!!」
シャーリーは周囲の冒険者たちに懇願する。その顔は、ほとんど泣きそうな感じだ。
「はい、中級品で良ければッスけど」
答えてシャーリーに小瓶を差し出したのは、冒険者たちの中にいた、ダウナー系の若い魔道士の女性だった。
「ありがと、後でお金払うからね」
「倍まではいらないッスよ」
シャーリーはもどかしげに口で小瓶の栓を抜くと、中の液体を口に含み、苦しんでいるマシューに唇を重ねる。
タミーを含め、見ていた周囲の人間、ちょっとザワつく。だが、シャーリーの目にそれは入っていなかったようだ。
一度、やや反応が治まったマシューから離れると、残りのポーションを飲み干し、再び――
マシューの顔から苦しみの色が消えた。再び、眠りについたようだ。
シャーリーは両手でマシューの左手を握ると、一筋、涙をこぼしながら呟いた。
「マシューのバカ……死んじゃ……やだよ……」
◇◇◇
「もー、ホント、めっ! ですからね! お姉さまを、あんなに心配させちゃ、いけません!」
タミーのかわいらしい叱責を聞きながら、俺は、シャーリーの事を考える。
漫画を読んでる時は、謎だった。
「何でシャーリーは、とっとと、落ちぶれていく
そしたら、トーヤたちのパーティーを襲ってコテンパンに返り討ちにあうなんて惨めなことにはならなかったはずなのに……
(義理堅い性格なのかなあ)
いや、多分、違う。そうじゃない。
ああ、もし「原作」で、追放した側の俺たちにも、もう少しページが割かれていれば、はっきりしてたのだろうが――
(彼女、マシューのことが、好きなのかな?)
その可能性は高いように思う。でもなあ……あんな、酒乱で、粗暴で、横柄な奴なんだぞ? 自分で言うのもヘンだが、どこがいいんだあんな奴??
逆に、「俺」から見た彼女は――そりゃルックスは文句なしだ。「原作」のヒロインちゃんズにも負けない美人で、かつ、とびきりのナイスバディだ。
でも、そんなことよりハートがすごくいい。ほんの短い間一緒にいただけだが、根は、優しくて思いやりがある
(こんな魅力的なキャラだったら、もっと
今はそうツッコミたくなる気持ちでいっぱいだ。
こんな
しかし、だ。よーく考えろよ、俺。
もしも彼女が好きだったとしても、それは「俺」じゃない。「元の」マシューなんだぞ?
現在の立場を利用して、おいしいところを持ってくなんて、許されるのか?
「ちきしょう、頭痛いぜ……」
思わず、そんな言葉が口をつくと――
「頭痛い、ですって!?」
血相を変えて、片手に大きな袋を抱えたシャーリーが、俺の部屋に飛び込んできた。
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