第11話 掟破りの牛退治――③

「俺とも遊んでくれや、牛野郎ー!!」

 俺は、言うやいなやミノタウロスの上空から斬りかかった。

 気づいてミノタウロス、俺の初撃を左手の戦斧一本でブロックする。

 スタッと床に立った俺に、「ブモオオオオォ!!」と、口から涎を垂らしながら、猛り狂ったミノタウロスが、体を捻りながら右手の戦斧で渾身の一撃を放ってきた。

 俺は峰に左手を添えて、剣で受ける――

 ガキィン! 大音響とともに、一陣の風が舞った。

 まともに受けた俺の体は、ミシッと床に食い込んだ。足元の石にはひびが入り、破片が小石と化して宙に浮かんだ。

 体が、プルプルと震えている。

 例の少年と少女が、抱き合って、びっくりしたような顔でこっちを見ているのがちらっと見えた。だが、気にしている余裕はない。

「マシュー!!」

 シャーリーの声がした。シャーリーとカシームが、俺の方に駆け寄ってきている。

「手を出すな! こいつは俺が……」

 全身の力をこめて、ミノタウロスの戦斧を撥ね除けた!

「片付ける!!」

 言うなり、俺はミノタウロスの胴に抜き打ちを放った。自分でも驚くような、飛ぶような速さだった。ズザッと立ち止まった位置は、ミノタウロスからはかなりの距離だ。

 傷は浅いものでしかない。だが、今日――いや、再生してから初めて傷を負わされたに違いないミノタウロスは、激怒し、聞いている周囲の者の耳が潰れるんじゃないかと思えるほどの鳴き声をあげ、ダンジョンが壊れるのではないかという勢いで、ドシンドシンと俺の方に向かってくる。


 俺の頭に、再び、断片的に、過去の……少年の頃の記憶が蘇ってくる。

 どこかの小屋のような場所。時間は夜。蝋燭の炎が揺らめいている。

 俺は師匠と向かい合って座っている。師匠は、鞘に収められた俺の聖剣を手に、語る。

「聖剣の本質は、刀身にではなく、鞘にこそある……鞘に込められた魔力が、抜き放った剣を音速……いや、超音速まで加速させる。それにより、斬撃の威力は想像を絶するものとなる……紅の聖剣『クリムゾン・フェニックス』、この世界に、斬れぬものはないぞ!」


 俺は、一旦抜いた刀を鞘に戻していた。

 腰を落として構え、息を整える……

 聖剣の力なのか、スキルの発動なのか、ゆらり、と俺の周りにオーラのようなものが立ち上る。

 それに覆われ、体自体が、深紅に輝きだした。

 向かってくる敵。その距離を、冷静に見極めて――

「羽ばたけ!! クリムゾン・フェニックス!!」

 一声とともに、間違いなく幻影ビジョンなのだが、ぶわあっと無数の鳥の羽が舞った。

 その鳥の羽が舞う中を、俺の体が、一筋の紅い閃光となって上っていく。

 聖剣、一閃!

 ミノタウロスの首は切断され、ボス部屋の天井に向かって、高く高く跳ね上げられている。

 抜き放たれた刀身は、決して返り血のせいではなく、鈍く、赤みががった色に変わっている。

 まさに聖剣のその銘、クリムゾン・フェニックスに相応しい姿だ――

 タッ、と、地面に降り立つや否や、剣を一振りして、納刀する。

 ミノタウロスの首が上空から落ちてきて、ごろん、ごろんと転がった。

 その瞬間、止まっていた時が再び動き出したかのように、棒立ちになっていたミノタウロスの体から、どっと血があふれ出した。


 だが、ミノタウロス、両手の獲物は落としたものの、まだ倒れない。

 まるで自分が首を切られたことに気づいていないかのごとく、くるりと向きを変え、のろのろと俺の方に向かってくる。

 「しつこいんだよっ!」

 俺は右手の指を広げて突き出す。

 (《火炎放射フレームスローワー!》)

 手に魔法陣が浮かび、そこから炎の筋が走り、首のないミノタウロスの胴体を包んだ。


 そう、また、思い出した。 

 実はマシューも魔法は使えるのだ。しかも、「無詠唱」のスキルを与えられている。

 単にブリザード! とか、ファイアーボール! とか、特定キーワードを叫ぶだけで魔法を発動できる「短縮詠唱」のスキル持ちは結構多いのだが、それすら必要ない無詠唱はレアスキルだ。

 しかし、残念なことに俺には魔力がそこまでなく、この火炎放射フレームスローワーが最大の攻撃魔法だった。火の玉を飛ばすのではないのが、珍しいと言えば珍しいのだが、Sランクのモンスターを倒せるほどの威力はなく、ちょっと無詠唱たからの持ち腐れだよなと思う。

 しかし、頭部を失い、もはや死体も同然のミノタウロスの動きを止めるには、これで十分だった。

 炎に包まれ、ミノタウロスの体はようやく両膝をついた。

 やがて火が消えると――その肉体は無数の黒い魔石へと変わって、くずおれていった。


  ◇◇◇


「『泣いてる女の子をほっとくなんざあ』って、なに!? あたし、何かちょっとキュンとしちゃったんですけど……あいつってそんなキャラだったっけ!?」

「羽ばたけクリムゾン・フェニックスー! なんてのも言ってたな。やっぱ頭の打ち所が悪かったんじゃね?」

 シャーリーとカシームが、何か妙にはしゃいでしまっている。

 ああ、自分でも思う。アドレナリンが出まくって、図に乗りました。

 特にクリムゾン・フェニックスの名前を叫んだ方なんか、自分でも何でこんなんが口に出てしまったのか分からない。

 あー、何かもう、むっちゃ恥ずかしくなってきた。

 イジられるだけだから、しばらく、あいつらと話すのはやめよう。

 そう思って、俺は、まだその場を動けずにいる、青髪の少年と少女の方に向かっていった。


 腰を下ろして、しゃがみ込んだままの少女を、抱きかかえている少年に声をかける。

「災難だったな」

 アスぃと呼ばれていた少年が俺を見た。

「あ、勇者……さま」

 少年、少女から身を離すといきなり平身低頭して、

「す……すいませんでした! 勇者さまに、こ、こんな迷惑をおかけするなんてっ! この償いは全て僕が……どうか妹」

「あーあーあー! もういいって、そういうのは!! ……それより、妹さんの方は大丈夫か?」

「あ……」

 魂が抜けたような声をあげた、まだ涙目の妹と目が合うや、否や――

 俺の胸に飛び込んできて、わああん、と声を上げて再び泣き始めた。

「ああ、怖かったよなあ……よくがんばった……」

 飛び込んできた拍子に帽子が脱げたので、思わず彼女の頭をポンポンしようかという思いが湧いてきたが、初対面じゃ流石に馴れ馴れしいよなと思って、やめた。

「こっ、こら、やめるんだタミー、勇者さまの服が汚れるじゃないか」

「気にすんな、いいよこんくらい」

 しばらく声を上げて泣いた後、タミーは今、ひっくひっくと泣きじゃくるような感じになっている。

「それよりも……あの魔石はお前らにやるから、それでもっといい装備でも揃えろ」

「え……」

「妹を守れるくらい強くならなきゃ、だろ?」

「あ、あの、勇者さま……」

「あー、礼ならいいぞ」

「……いや、そうじゃなくて、顔にすごい血が……」


 え。


 そういえば……左の頬が、何かひんやりしている感じがする。

 おそるおそる触ってみると――手のひらが真っ赤。

 なんじゃあこりゃあああ! と思わず口にしそうになったが、何とか耐えた。

 言うまでも無いが、今ので、頭の傷口が開いてしまったのだ。

 あ、ヤバい、なんか目まいがしてきた……

 抱きついていたタミーも、俺の異変に気づき姿勢を正して、「ゆ、勇者さま?」と心配そうな顔で俺を見たが……だめだ……もう目を開けていられない……

 シャーリーとカシームが、駆け寄ってきて、俺の名を呼んでた……よう……な…… 

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