第10話 掟破りの牛退治――②
俺たちは、ミノタウロスの咆哮と少女の悲鳴が聞こえた方向に駆け出した。
そして、俺たちの目に入ってきたのは――
「なに……あれ……」
シャーリーの顔に、恐怖の色が滲んだ。
ミノタウロス――が、いるのだが、その大きさが尋常ではない。
「あ、あたしたちが片付けた奴の二倍はあるわよ」
「突然変異か……」
確かに、再生のスピードといい、カシームが言ったとおり突然変異と考えるしかない。あれでは、相当な手練れでなければ勝てるようには思えない。
下の階のセーフティエリアで誰かが叫んだ『おかしいよ! あんなの勝てっこねえ!』という叫びが木霊した。
あれは単にミノタウロスが出てきたことではなくて、このことを指していたのか――
そのミノタウロス、両手に両刃の戦斧を持っているのだが、そこからは血が滴っている。
体毛に覆われていない胸のあたりも、返り血で真っ赤に染まっている。言うまでもなく、さっきの三人のものだろう。
自分のいない間に、この部屋を荒らした人間を許さないとばかりに、フー、フーと鼻息を立てて猛り狂っている。
そしてミノタウロスの前に、二人の少年少女がいる。二人とも青い髪の色。二人とも、まだ冒険者学校を卒業もしていない年齢だろう。
少年の方は、髪の長さは短め、眼鏡をかけていて、如何にも利発という感じ。体格は中肉中背で、青色基調の剣士の格好をしている。
少女は、小柄で、髪はボリュームのある巻き毛、その上に、大きな鍔がある、魔法使いのとんがり帽子が乗っかっていて、茶系でまとめた衣装。
ちょっとそばかすが目立つが、丸い大きな目をした、かわいらしい顔立ちだ。
しかし今は、そんな悠長なことを言っていられる状況ではなかった。
少女の方は木製の魔法使いの杖を握りしめてはいるが、震えながら座り込んでいる。
その前に、少女を守るように少年がミノタウロスに対峙しているが、彼も足が震えている。
「タミー! 大丈夫か!」
「……だ……だめだよアス
タミーと呼ばれた少女、大きな瞳から涙をポロポロこぼしながら、ガタガタ震えて、一歩も動くことができない。
おそらくこの二人、隠れて様子をうかがっていて、大人の冒険者たちがミノタウロスに見つかり、戦って敗れ、斧で惨殺されるところを
そしてその後、ミノタウロスの目を盗んで脱出を試みたが、見つかってしまったに違いない。
「ち、ちくしょう! お、俺が相手だっ! タミーには指一本触れさせねえぞ!!」
少年、勇気を振り絞るかのように叫んで、巨大なミノタウロスに剣を向ける。
しかし、その剣先はカタカタと震えている。
まさに、ヘビに睨まれたカエルのようになっている。
「おねがい……アス
「そ、そんなことできるかっ!!」
「だ、だって、このままじゃ……あたしのせいで、アス
タミー、とうとう大きな声を上げて泣き出した。
その二人の前に、ゆらり、ミノタウロスが迫ってくる。
俺は駆けだそうとしたが、
「おい」
やや冷たい響きを帯びた、カシームの声がした。
カシームが俺を止めたのは当然のことだ。
これは漫画でも出てきたのだが、俺たち冒険者には、一つの掟がある。
自らのパーティメンバーを除き、モンスターと戦っている最中の冒険者に対し、介入することを禁じる――
このルールが守られないと、どうなるか。
一つは、助けに来たと称して、ほとんど斃しかけたモンスターのトドメだけをさして、魔石=報酬を横取りするような真似が横行するだろう。いや、昔、実際に横行したらしい。
そしてもう一つは、苦戦してたんだから助けてくれてもいいだろう! と、クエストの失敗の責任を他のパーティに押しつける輩も……これも実際に昔トラブルになったらしい。
だからあの子たちも、あんな状態でも、決して口にはしないのだ。
『誰か助けて』とは。
もちろん相手が友人・知人である場合などは助太刀するのも黙認されるが、これまであの二人の少年少女を見たことは一度もない。
掟通りに行動するならば、あの二人の戦い……実際は一方的な虐殺になるのが間違いないが、それが終わってから、初めて俺たちに戦う権利が生じ、せめて、不幸な死に方をした彼らの無念を晴らしてやることができるのみ、であった。しかし――
「ああ、全部分かってるよ、でもなあ……」
俺の脳裏に浮かんだのは、泣いているモエリィをこれでもかと痛めつけている
「泣いてる女の子をほっとくなんざ、男がやっていいことじゃねえ!!」
俺は、ミノタウロスに向かって猛然と駆け出していった。
怪我は? ああ、まだ頭が痛い。でもそんなこと、言ってられるか。
俺は、自分が鈴木与一だった頃とは段違いの速度で、まるで飛ぶようにミノタウロスに向かっていった。
(やっぱりこの体、何もかもが違う……)
実は、戦士男と狩人男から話を聞いた段階で、俺は、可能なら、ミノタウロスを自分の手で討伐しようと思っていた。
十七階でオーガを一刀両断したが、まだ確信を持てなかった。本当に、漫画の中のマシューと同じ力があるのか、確かめたかったのだ。
しかし今、そんな目的は、傷の痛みとともに頭の中から消え去っている。とにかくあの二人を死なせたくない。
なんの淀みもなく、駆けながら、俺は腰の、日本刀のような聖剣を鞘から抜いた。
やっぱり、剣の扱いは、この体が記憶している。
(いけるっ! 俺はもう、鈴木与一じゃない……勇者なんだっ!)
少年少女の方にノシノシと歩んでいるミノタウロスと距離を詰めたところで、俺は思いきり飛び上がる。
「俺とも遊んでくれや、牛野郎ー!!」
◇◇◇
ダンジョン内で、少年と少女が、ミノタウロスに襲われている!
どうしますか?
≫ 助けにいく
≫ 放っておく
――Select the future.
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