第8話 行きも怖いが帰りも怖い――②


 この作品の舞台は、身分、も含めた「力」が全てを支配するという、バリバリの封建社会である。

 冒険者にとって、力を左右する要素は二つだ。

 一つは魔力。僅かでも良いというなら、この世界の人口の八割以上が魔力を持っている。

 もちろん豊富な魔力量を持っている奴は有利で、生まれつきならラッキーだが、後天的な覚醒で魔力が増えた、あるいは修行を積んで増やした、という事例もある。ともあれ、魔力量が多ければ、強力な魔法をぶっ放すことができるのは言うまでもない。

 魔道具などを使い、ある程度、魔力をブーストアップすることも可能ではあるのだが。


 そして、魔力とは別の要素がスキル。天稟ともいい、もって生まれたもので、後天的に身につけることはできない。

 一人でたくさんのスキルを与えられている者もいれば、全くスキルはない者もいる。こちらも、冒険者には役に立たないスキルも入れれば、人口の過半数は何らかのスキルを持っている。


 豊富な魔力量と数多くの強力なスキルがある奴が、当然最強ということになるだろうが、まー世の中うまくはいかないもんで、そんな奴は滅多にいない。

 むしろいるのは、魔力だけはバカみたいにあるがスキルはない奴や、逆に強力なスキルがあるが魔力はほとんどないって奴。どっちもそこそこで、それこそ「器用貧乏」呼ばわりされる奴より、そういった一点突破の武器を持ってる奴の方が、強かったりする。

 両方ゼロの奴も……もちろんいるんだろうな。漫画では描かれなかったけど。

 ま、そういう奴は冒険者にはならないだろうから当たり前か……


 そのスキルなんだが、俺は最上級の「剣士ソードマン」スキル、ほか幾つかのスキルを与えられている、はずである。勇者に生まれてよかったねってか? この後ロクでもないけど。

 で、シャーリーのスキルがさっき見た「敏捷」アジリティ

 そしてこの後、俺はカシームのスキルを目撃することになった。


 場所は十七階。コカトリスとの遭遇以降は、モンスターどもをやり過ごして、えっちらおっちらここまで上ってきたが、再び襲撃された。

 この階は通路が広く、また通路の壁の上、天井との間には空間があった。

 その通路の壁の上の暗闇から現れたのは、金棒を手にした一匹のオーガ。頭には二本の角がある。

 グァ! と叫びながら、金棒を振り下ろしつつ、先頭を歩くシャーリーとカシームの上に、青黒い金剛力士のようなボディが、まさに「降ってきた」。

 後ろを歩いていた俺は、いち早く気づいて、叫んだ。

「上だ!! よけろっ!!」

 気づいて二人、飛びすさり、金棒の一撃を躱す。

 大きな音と飛び散る破片とともに、通路の二人がいたあたりが、クレーターのように大きく凹む。

「くっ!」

 飛びすさったシャーリーは、俺のすぐ前まで来て立っていた。

 いつの間にか腰の獲物を抜いていて、また、両手をクロスした形で構えている。まるで俺をガードするように。

 そこに、ガァァ! と怒りの叫びを放ちながら、オーガが向かってくる。


「今度は俺にやらせろ!」

 叫んだのは、俺たちとは離れた位置に避難したカシームだ。

「俺が相手だ、バケモノっ!」

 言うなり、開いた左手をグッと前に突き出す。

(スキル発動、「挑発」プロボーク!!)

 俺とシャーリーの方に向かってきたオーガ、一瞬カシームを見るや否や、くるりと向きを変え、ますます猛り狂った感じになって、カシームに向かっていった。

「へっ……鬼さんこちら、とはまさにこのことだな」

 呟きながらカシームは背中の大剣を抜く。

 シンプルな長方形のプレート状の大剣、相手を叩き潰すための武器だ。

 オーガ、カシームを粉砕しようと、唸りながら金棒を振りにかかるが――

「トロいんだよ!」

 カシームの電光石火の一撃!

 そのスピードの方が、遙かに勝った。

 ガン! という鈍い音とともに、オーガは真っ向から頭蓋を砕かれ――一瞬いっしゅんのうちに、青い魔石の集まりと化して地に落ちた。


「やったね」

 シャーリーがカシームに駆け寄って言う。

「ま、楽勝だな……マシュー、こいつオーガの分は俺がもらうけど、いいよな?」

 正直俺は、二人の戦いっぷりに肝を抜かれていた。

 この作品でも、冒険者(パーティー)にはギルドが認定する、上からS、A、B、ノービスのランクが存在するが、俺たちはパーティーとして一人減っても余裕のSランク、個人としても全員Sランク認定のはずである。

(お前らマジですげえ……頼りになるんだな)

 口にしようかと思って、やめた。どうせまた「「え゛」」と言われる(本日通算四回目)のが目に見えていたからだ。

 ちゃんと学習した俺は、その代わりに、カシームにこう言った。

「あーいいぜ、そんだけありゃ、店の姉ちゃんもサービスしてくれるだろ」


 だが、話はここで終わってはいなかった。

 俺の後ろから、もう一匹、別なオーガが狙っていたのだ。

「グワア゛ア゛!!」

「!」

 叫びながら金棒を振りかざして、オーガが、俺に向かってくる。

 その時、カシームはダンジョンの床に自分の《収納魔法インベントリー》を広げ、シャーリーは魔石収納を手伝おうとしていた。

「マシュー!」

 気づいて、シャーリーの顔色が変わった。

 彼女は「敏捷」アジリティのスキルを発動させ、俺を助けようと走り出すところだったが――それよりも、俺の動きの方が、早かった。

 間合いに入った敵に対し、刀の鯉口を切り、聖剣を走らせる――

 鞘から流れるように伸びた円弧は、殆ど何の抵抗もなく、すっぱりとオーガの胴体を両断した。

 まさに「即死判定」だったのだろう。上下泣き別れになったオーガのボディは、一瞬で魔石と化し、がしゃがしゃと地に落ちた。


(え、え、今の何!?)

 ビックリしたのは、自分自身だ。

 ほとんど無意識な、脊髄反射的な動きだった。防衛本能、が働いたのだろう。それでも、現代日本の達人でも、こうはいくまいというほどの見事な抜き打ち――

 もちろん、生まれてこの方、居合抜きなどやったことはない。それどころか、剣なんて、子供の頃に親が買ってくれた、仮面ライダーのなりきり玩具オモチャ以外触ったこともない。

「ふふ、音に聞こえた星々せいせい流の抜刀術、怪我していてもいささかの衰えもないか」

 カシームが言った。

「星々流?」

「おいおい、自分の流派も忘れちまったのかよ? ……こりゃ重傷だな」

 だってそんなの「原作」には出てないし、と思った刹那、ズキッと、頭がちょっと痛んだ。

「う……」

 そして、脳裏に一つの光景が浮かぶ。

 傍らの師匠らしき人物に「もっと早く!」と怒鳴られ、「はいっ!」と答えながら、半泣き、汗まみれで木剣の素振りをしている、八歳くらいの頃の記憶――これは、俺の……だよな?

(まだロクに思い出せないが、子供の頃の記憶がある……ということは、どうやらちゃんと、赤ん坊としてこの世界に転生したみたいだな……よかった、最悪のパターンじゃなさそうだ)

「マシュー……あたしまだポーション残ってるけど、飲む?」

 心配げにシャーリーが声をかけてきたので、納刀しつつ俺は答えた。

「あ……ああ、心配ない。もう治まったからな。それよりカシーム、せっかく魔法陣広げてるんだし、こいつも持ってけ? サービスがサービスになるぜ」

「お……おう」

 カシームは量が倍になった魔石を拾い始めた。シャーリーと共にそれを手伝いながら、俺は思った。

(あー、でもそれなら、子供のうちから前世の記憶が蘇っていたら、死亡エンド回避はもっと簡単だったのにっ!)




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