第7話 行きも怖いが帰りも怖い――①
ダッダリアの
プランタ王国最大級のダンジョン、全踏破した者は誰もいない。
全踏破した者はいないが、全貌は(地下)五十階、というのが冒険者間では常識になっている。
その理由は、一つはダンジョンを建造したとされる超古代文明の古文書に、そう記されていること。
そしてもう一つは、上層部の一階や二階はもはや人類の領土と言えるほどに探索が進んでいるが、学者肌の冒険者たちが面積を測定、地下一階と二階の面積減少率から、ほぼ全五十階の逆ピラミッド構造であることが間違いないと結論づけたことにある。
最深部まで進んだレコードホルダーは、勇者パーティ『星々の咆哮』であり、その記録は二十七階。
しかし今、彼らは、二十八階の攻略に失敗し、地上を目指しているところである――
◇◇◇
現在地、二十五階。
シャーリーとカシームが前を歩き、俺、マシューは少し離れたところを歩いている。
まるで現代の、センサー付きのライトのように、俺たちが進んでいくと、それにつれて、魔石を使ったランプがポツポツ灯っていく。
俺が怪我をしているので、なるべくモンスターとの戦闘は避け、かつ最短ルートで戻ってはいるが、さすがにここまで潜ると、戻るのも一苦労のようだ。
モンスターに気取られないようになのか、俺に聞こえないようになのか、前の二人が小声で話している。
「だからメンバーを補充するまでやめろって言ったのに……」
「でも
「あ、そうだ! あいつ好みのセクシーでナイスバディな魔法使いのお姉ちゃんなら、何かあっても暴力沙汰はねえんじゃね」
キッ! シャーリーがきつくカシームを睨んだ。
「それはそれで別な問題がありそう……だな。あーあ、あいつも酒さえ飲まなきゃ、なあ……」
俺は、シャーリーとカシームの会話は耳には入っていたが、聞いてはいない状態だった。歩きながら、違うことをずっと考えていたのだ。
一体、自分の、今の状況をどう考えたらよいのだろう。
赤ん坊としてオギャアとこの世界に転生したが、前世の記憶が蘇ったのがつい先ほどのことで、こんな風になっているのだろうか?
それとも元のマシューはギガマンティスにやられて死亡し、そこに自分の意識が入り込んだ、のだろうか?
そのどちらでもなくて、俺の意識に乗っ取られて、元のマシューの意識が消滅した、のだろうか? だとしたら、最悪だな……いくら悪役敵役だとしても、それじゃ、俺が、彼を殺しちゃったようなもんじゃねーか……
考え込んでいるところに、シャーリーの大声が響き、俺はハッとした。
「ヤバっ、見つかったわ! カシーム、マシューをおねがい!」
シャーリーの格好をもう少し詳しく説明すると、ボトムの革のショートパンツには、X字の形で二本のベルトがかかっている。そのベルトのそれぞれ、腰の両サイドに、縦に鞘がついていて、短い湾刀が装備されている。
彼女は湾刀を抜く。右は右手、左は左手で抜くので、自ずと両手で逆手に持つ形になる。
ちなみにこの湾刀、造りはいわゆるダマスカスナイフである。表面が等高線のような縞模様になっているのが目についた。
シャーリー、まだ姿を見せていない相手に対し、湾刀を交差するような形で、身構えた。
「グゲエ゛エエ!」
何とも耳障りな鳴き声が聞こえた。
ダンジョン通路の奥の暗闇から、何者かが、急速にこちらに近づいてきた。
全高およそ二メートル、鶏の頭に、竜のような翼と羽、そして蛇の尾を持つモンスター――
「コカトリスか!」
カシームが叫んだ。相手は、口から毒液を吐く難敵だ。
普通、こんなバケモノを生まれて初めて見たら、腰の一つも抜かしそうなものだが、意外と恐怖心は無かった。やっぱりマシューの記憶の残滓のおかげなのか。
シャーリーは迎え撃とうと駆け出した。一人で大丈夫なのか? 俺は思わず叫んだ。
「シャーリー!」
「大丈夫、あたしにまかせて!」
(スキル発動、
瞬間、シャーリーの体が消えた。
その後、常人の目ではとても追い切れないスピードで、彼女はダンジョン通路や天井を駆け巡っている……いや、華麗に舞っている。
これが、彼女のスキルと、装着している
コカトリスはオロオロと頭を回しながら、むやみと毒液を吐くが、一つも当たらない。壁に空しく飛んだそれが、ジュッと音を立てるのみである。
やがて、ハッ! と一声叫んでシャーリー、コカトリスの前に、両手を交差した体勢でダン! と降り立つ。
その時にはすでに、彼女の背後で、コカトリスの体は寸断されていた。
バラバラになった肉片は、一瞬のうちに、大きめの赤い水晶のような魔石へと変わり、ガシャガシャと音を立てて地に落ちていった。
ふうっと息をついて剣を納めるシャーリーを、俺は感嘆しながら見ていた。いや、見とれていたと言ってもいい。
確かに彼女の戦闘シーンを漫画では見たことがあるが、こうして
(強ええ、だけじゃなくて、かっけえ……)
その視線に気づいた、彼女は――
「ちょ、ちょっと何ガン見してんの?」
少し照れているようにも感じられたのは、俺の気のせいだろうか。
そんなことを思っている間に、シャーリーは床に自分の《
「さ、しまうもん
おうよ、とカシームが答え、二人で、床に散らばった幾つもの赤い魔石を拾っては、《
「あ、俺も手伝うよ」
「「え゛」」
……もう勘弁してくれ、このリアクション……
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