第6話 呼べば答える腐れ縁

「気がついた?」

「おい、でかい声出すと傷口にさわるぞ?」

 大声を聞きつけ、少し離れた所にいた、黒服の女と甲冑の男が、まだ座ったままの姿勢になっている俺のところに寄ってきた。

 二人とも嬉しそうな顔をしている――特に女の方は。

「怪我の具合はどうだ?」

 かがみ込んで騎士の男が言う。ちゃんと意味が分かる。どうやら言語の問題はないようだ。

「すまない、今、記憶が混乱してる……」

 俺は答えた。これは嘘偽りのないホントのことだ。

「え、まさか頭打って記憶喪失にでもなったんじゃねえだろうな?」

「ええっ、ねえねえマシュー、あたしたちが誰だか分かる?」

「そりゃ、分かるさ……」

 俺と目線を合わせようと、座りこんだ黒服の女を見て言った。

「シャーリーと……」

 女はウンウンとうなずいた。

 次に甲冑男を見て、

「カシームだろ」

「ああ良かった……あんた誰? とか言われたらどうしよっかと思ったわ」

 シャーリーが、ほっと胸をなで下ろしている――


 シャーリー・セラッティとカシーム=マトラ・ユーバリー。勇者パーティ『星々の咆哮』のメンバー。

 漫画では、この二人の登場シーンは、トーヤ追放前の『星々の咆哮』対モンスターのバトルと、報酬横取り未遂事件。それ以外は、クエストの失敗続きでマシューが荒れている場面や、魔獣総進撃ランページから逃げようとするマシューの場面に、ちょろっと出てくるくらいである。

 仕方が無いとはいえ、主人公トーヤやヒロインちゃん三人、敵役としてそれなりの存在感を放っているマシューに比べると、影が薄い存在……と言わざるを得ない。


 シャーリー・セラッティ。

 職業ジョブ暗殺者アサシン

 「敏捷」アジリティのスキルを持ち、素早い動きで相手を翻弄するのが得意。魔法もそこそこ使える。

 黒髪のショートカットで、菫色の瞳。少しつり目だけど、掛け値なしに美女。

 実年齢は二十二、三ってところだが、それより年下に見えるタイプで、美女じゃなくて美少女って言っても通る感じだ。

 が、今は、つり目を強調するようなアイラインが入っている。

 まあ一応立ち位置が立ち位置なので、ちょっと悪役っぽいメイクだ。

 でも、ヤンキー物の映画で、旬のアイドルが無理にレディース役やってますのように……どう転んでも「かわいい」印象の方が先に立ってしまう。

 トーヤの仲間たちではルーシェ・ローランが素晴らしいプロポーションの持ち主だったが、シャーリーも引けを取らない。

 いや、こうして今、の当たりにすると、間違いなくルーシェ以上だと思わざるを得ない。

 スラリと長い手足。服の上からでも分かる、大きさだけじゃなく形も最高なバスト。きっちりくびれたウエスト。そしてお尻のかわいらしい曲線。文句のつけようがない。

 その体を包むコスチュームは、上は胸のちょい下までしか丈がない薄紫のタンクトップの上に、革製と思しき黒いジャケットを羽織り、ボトムはこれも革製と思われる黒のショートパンツで、その下に黒のニーハイソックス。

 綺麗なウエスト(とおへそ)がバッチリ露出し、かつ、絶対領域が眩しいという格好だ。

 足元はこれも黒のロングブーツだが、さらにちょっとゴツいデザインのレガースをつけている。両腕にもゴツい手甲ガントレットをはめている。これらは古代遺物レガシィの一種で、名前はそれぞれ「戦乙女の手甲」バルキリー・ガントレット「戦乙女の脛当」バルキリー・グリーブといい、単なる防具にとどまらない力を持っているのだが、その威力を目撃するのはもう少し後のことだった。


 カシーム=マトラ・ユーバリー。

 職業ジョブは重騎士。

 マシューの、冒険者養成学校での同級生なので、年齢はほぼ同じの二十代中盤。

 髪の毛の色は茶色で、短髪のフェードカット。

 首から下は銀色のプレートアーマーに覆われているが……とにかくガタイがいい。

 実はこの男、れっきとした名門貴族、ユーバリー伯爵家の出である。

 四男坊に生まれたので、もはや引き継がせる地位も領土もないということで、生涯勝手気ままに暮らすことを親との間で決め、冒険者の世界に身を置いたようだ。

 なので、顔立ちには若干気品がある。

 例えて言えば、高校時代はイギリスの名門お坊ちゃま学校のラグビー部で、一番前のプロップのポジションやってました、みたいな感じだ。

 装備は、背中にしょった大剣と、「アイギス」という古代遺物レガシィの巨大な五角形の盾。

 アイギスは非使用時は収納魔法インベントリーで異空間にしまっているので、今は持っていない。

 バカでかい盾に、ラガーマンのようなゴツい体に、全身プレートアーマー、もう言うまでもないと思うが、勇者パーティでのポジションはタンクで、敵の攻撃を引きつける「挑発」プロボークのスキルも保有している。

 あとこいつは、めちゃくちゃな女好き。

 クエストで得た報酬は、ほとんど全額、娼館で使い果たしている。

 プレイボーイを気取っていて、例の回ではトーヤの仲間たちを口説きにかかったくらいだ。当然玉砕したが。


 そんな二人に――無駄だとは思ったが、念のため聞いてみた。

「あの、トーヤは……?」

「何言ってんのよ、二ヶ月前にクビにしたんでしょ」

「おいおい、ホントに大丈夫か?」

 やっぱりそうか。クソ、もし今追放する前だったら、死亡エンド回避の道も開けたかもしれないのに……

 ということは、今、漫画ではどのあたりなんだ。

「念のため聞くが、ここは……どこだ?」

「はぁ!? ま、マジで早く医者か治癒士のとこに行った方が……」

 少しカシームを遮るように、シャーリーが答える。

「ダッダリアのダンジョンの二十八階! あんたはフロアボスのギガマンティスにぶっ飛ばされて、頭にひどい怪我をして、さっきまで倒れてたの! ホント、心配したんだからね……ばか」 

 ダッダリアのダンジョンは地下迷宮なので、正確に言うと地下二十八階なのだが、ここに挑む冒険者でいちいち「地下」をつけるヤツなどいない。それにしても、シャーリーって、口調はアレだけど、優しいんだな。


 あ、なんとなく、全長五メートルはあろうかという超巨大カマキリ型モンスターの、大きな大きな鎌で跳ね飛ばされたような気がしてきた。

 これまでの、マシュー・クロムハートの記憶というのも、完全に消え去ってはいないようだ。

 つまりは、この二十八階を踏破すべく、三人でフロアボスに臨んだが、俺が負傷して、この階のセーフティエリアに逃げ込んだというところか。

 ちなみに他の漫画でも同様の設定がなされているものがあるが、この世界のダンジョンにも、各階に、なぜかモンスターが踏み込んでこないセーフティエリアがある。

「そっか……お前たちが俺を連れてここまで来て、怪我の手当もしてくれたんだな……ありがとう」

「「え゛」」

 俺が言うなり、シャーリーとカシームは、互いに顔を見合わせてびっくりする。

「ど、どうした?」

「いや……マシューの口からありがとうなんて言葉が出るなんて、なんか意外……」

 え、どういうヤツなんだ、こいつマシューは? こんなの、人間として最低限の礼儀だと思うが?

 戸惑いと頭の痛みを感じながら、俺はヨロヨロと立ち上がった。

 すぐに、カシームが俺を支えてくれた。

「立てるか?」

「ああ」

「で、これからどうすんだ」

 ちょっと考えてから、俺は答えた。

「一旦ダンジョンから出て、立て直そう」

「「え゛」」

 再び、シャーリーとカシームが目をパチクリさせている。

「な、なんなんだ?」

「い、いや……お前の口から、そんな冷静な判断が出てくるとは……」

「起きたら、怪我してんのに、こっから出てギガマンティスにリベンジだ~! とか何とか言い出すかもしれないなと思って、どう説得するか二人で考えてたんだよ」


 まずい。これはマジでまずい。

 礼儀の「れ」もない上に、判断力にも問題がある人間なのか。これでは、この先破滅は免れ得まい。

 しばらくゆっくり考えて、対策を練らなければ――

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