第5話 腹が立ってもどうにもならず

 はあ~っ。 

 以上が、漫画『辺境追放の最強魔道士』以下略の全てだ。

 そして俺は、この漫画の世界に転生したらしい。

 だが、今、目の前にしている光景の圧倒的なリアリティから考えると、これが誰かが描いた絵の世界とは思えず、もしかしたらこの世界が先にあって、理由は分からないがそれがたまたま漫画になって自分が読んだのではないか、とすら思えてしまう。

 そのへんはこれ以上考えると余計頭が痛くなるので、とりあえず気にしないことにしよう。


 え、って何? この漫画、まだ続きがあるんじゃないかって?

 そうだな、たぶんこの後はトーヤたちと謎の組織『独立幻魔団』の戦いになるんだと思う。

 あるいは、ど本命のモエリィルートなのか、正当対抗馬のアンヌルートなのか、はたまた大穴、まさかのおねショタ、ルーシェルートなのかのギャルゲー展開があるのかもしれない。

 でも、俺は読んでいないのだ。


 そもそも俺は、この漫画の単行本は購入していない。何故ならその必要を感じなかったからだ。

 俺は、週末土日のどちらかは、行きつけの漫画喫茶に行って、一日過ごすのが習慣だった。

 で、いつそこに行っても、同じ場所に全四巻、必ずちゃんと並んでいて、読めないということがなかった。

 俺以外に誰もこれ、読まないのか? うーん、マイナーだったんだな。

 他の、優しい鬼退治物語だの、見た目は子供頭脳はナントカだの、何等分のナントカだのの、有名作品の新刊をチェックするついでに――いや、お目当ての有名作品は他の客が読んでたことも多かったんで――度々、この漫画を手に取って、繰り返し読んでいた。


 で、最初に読んでから一年くらい経っても、四巻、つまりマシューとの決着がつく以降の話はついぞ本棚に並ばなかった。

 打ち切られたんだな、と俺は思った。何せ、この店で俺しか読んでないんじゃないか疑惑のある作品だし。

 あるいは、不況なので、掲載していた雑誌が廃刊になったり、あるいは出版社そのものが潰れてしまったこともあり得るが……

 ちゃんとネットで調べれば、この作品がどうなったのかも分かっただろうが、その前にコンピューターウイルス事件が起こってしまった。

 アレがあってからは、漫画喫茶行きつけに行くこと、いや漫画を読むことも無くなってしまった。

 もしかしたら、今なら続きが出ている可能性もなくはない。

 しかし、続きがあったところで、マシューになってしまった俺には、関係ないことなんだよな……


 そしてなぜ、俺は、たぶん打ち切られたのであろうこの作品を繰り返し読んでたのか。

 ぶっちゃけ、基本的にはその当時流行った、よくある「追放ざまぁ」漫画のテンプレ通りの主人公の成長物語、さして目新しい要素がないと評されそうな漫画である。

 おんなじ様な漫画がたくさんある中で、なぜこの作品だけ、なぜキャラをフルネームで言えるくらい偏愛していたのか。

 理由は、一つしかない。


 女の子がクソかわいかった、から。


 どんな(二次元の)女の子が好きかは人によって違うと思うが、自分にとっては、この作品の女の子たちはストライクど真ん中だった。ヒロインちゃんたちは無論のこと、悪役や、名も無いモブキャラにいたるまで、すっげえかわいらしいなあと思ってた。

 出版社の方もわきまえたもので、単行本四巻の表紙のうち、トーヤが出てくるのはパーティ全員の四人が描いてある第一巻しかない。あとはそれぞれ、モエリィ、アンヌ、ルーシェがそれぞれ一巻ずつ、時にはかわいく時には美しく、一人で表紙を飾っていた。


 しかもみんな、体を張ってくれるのがポイント高いんだよなあ。

 モエリィは、ショートソードを装備し、ベストにキュロットスカートといった出で立ちで、一応戦士を名乗っちゃいて、多少は魔法も使えるが、とにかく弱い。

 なので、ゴブリンやら、オークやら、触手装備モンスターやら……を相手に、いつもピンチになっちゃうのだ――意味で。

 もちろん、毎度、取り返しがつかない事態になる前にトーヤが助けにくるのだが、その頃にはあられもない姿になっていて、と言うか、されていて、かわいらしいデザインの、白い――


 あー、この手の作品って、まだ交通手段が馬車しかないような中世ヨーロッパ風の世界なのに、なんで女の子のランジェリーだけはやたらと現代的なデザインなんだろう?


 ……それは置いといて。

 かわいらしいデザインの、白いパンツをしっかり見られてしまう。

 ポッと顔が赤くなるトーヤ。今夜のオカ……いや、これ以上はキミの名誉のため言うのはやめよう。

 モエリィ、負けず劣らず真っ赤っかになって――

「きゃああ! 見ちゃダメー!!」

 周りの物を手当たり次第投げつけ、なんやらかんやら当てられながらトーヤ、ごめん! と叫んで明後日の方を向く。

 と、まあ、だいたいこういったシーンが二度三度と描かれていた。

 残りの二人も負けてはいない。お風呂のシーンや水浴びのシーンで、アンヌの方は豊かな胸を、ルーシェの方は抜群のプロポーションの肢体を、バッチリ見せてくれていた。

 まあ、言われなくても分かるよ、露骨な人気稼ぎ、だよな。漫画家さんも打ち切りだけは避けたかったんだろう。効果は無かったかもしれないが。

 そういうのにホイホイ乗っかっちゃう俺もどうかと思うが……まあ、こんくらいは許してくれないかなあ、リアルの彼女もいなかったんだし……


 だから、この漫画の世界に取り込まれて、トーヤに転生したっつーなら、まだ納得できる。

 マシューに殴られたり、Sランクモンスターにはたかれたりで、痛いのはちょっとイヤだけど、モエリィやアンヌやルーシェと、イチャイチャしたりラッキースケベできたり……いやそこまで行かなくても、毎日仲良く冒険できるんなら我慢の一つもしてみせようぞ。


 だけど、マシュー、だと!?


 俺は、ここまでの人生では何一つ成し遂げられなかった、残せなかった。

「けいりっくん」が破棄される以上、入社してからずっとしてきた仕事は、全部後には残らない、残す意味がない。

 山ほど書いた業務日誌のノートは、全部、来月の資源ゴミ回収の日には捨てられるだろう。

 俺が作った資料、中には徹夜して作ったものもあるんだが、それを個人パソコンに保存していた人もいるだろう。でもこれから……いやもう既に、無造作に「削除しますか?」「はい」をクリックしているだろう。

 そんな俺に、この世界でもう一度、あんな、みんなに見捨てられて闇落ちしたうえ、かわいい女の子をいたぶるなどという男の風上にも置けない真似をしたうえ、最後は生きたまま火葬されて侮蔑の目で見送られる、惨めな人生と死に方をさせようとしてるのか!?

 何の嫌がらせだよ、これ!

 あー、猛烈に腹たってきた。

 ふざけんじゃねーぞ! おいクソ女神でもやっぱ巨乳! どっかで俺を見てるんなら、これはどういうことなのか、きっちり説明しやがれっ!!


「ちっきしょー!! 冗談じゃねーぞ!!」

 俺はあらん限りの大声で叫んでいた。もちろん、日本語で。

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