第4話 残涙
産まれた息子は
ぼんやりとした子で大人しい男の子だった。
中々乳離れができず、何より離乳食でさえ食べることを嫌った。
偏食であることは、琥太郎の母親である鶴子さんが、僕の代わりに怒ってくれた。
そんな息子に対して僕は、何も怒らなかったが、心配はしていた。
しかし、息子の偏食は、治らないばかりか悪化していった。
鶴子さんは泣きながら
「ごめんね!ごめん!」
と言いながら、自分を責めっていった。
それでも、生きようとはしている琥太郎を二人で見守った。
琥太郎は、公園でシャボン玉を追いかけるのが好きな子だった。
息子の小さな手。その小さな手では、シャボン玉を掴むことも、掴むことで割れることもない、
その小さな手のひらを見ながら、僕らは笑いあったものだった。
そしてそれは、透明ですぐに割れてしまう、悲しい出来事に揉み消されてしまった。
三歳になって、琥太郎が微熱を出した時、僕が仕事の時に鶴子さんと琥太郎が伺った病院で、偏食のことに対して母親の鶴子さんに問われたという。
「三歳の平均体重よりはるかに痩せています。偏食なのでしょうか」と看護師さんが、鶴子さんに不審そうに訊いたという。
僕は仕事を終わらせ、急いで家へと戻った。病院に行ったという鶴子さんと琥太郎を心配していたのだ。
家に着くと、玄関には小さな靴があった。琥太郎のだ。その横には靴を脱いでいる鶴子さんがいた。
僕の姿に気付いた鶴子さんは僕に抱きつきながら
「あの子を産んでから、私何も上手くいかなくて! なんで、私だけが生きているの? 私は生きていてもいい人間なの?」
僕の胸に顔を埋め、泣きながら言う彼女の背中をさすることもできず、僕もただ鶴子さんと同じように玄関に座りこむことしかできはしなかった。
するとご近所の木尾のおばさんが
「どうしたのです」
と、不審そうに訊いてきた。
その声に反応したのか、鶴子さんは僕から離れて、木尾のおばさんと目を合わせることができず、
「すみません、ちょっと、ちょっと!本当にもう大丈夫、大丈夫だから!!」
と、大きな声で言いながら、鶴子さんは僕の腕を力尽くで掴んで家まで連れていった。
彼女は泣きながら「ごめんなさい」と涙声で言ったので、何があったのか訊こうとする。
でも、それよりも前に、鶴子さんから話を持ち出した。
「ご近所の人から、琥太郎が痩せ細ってるし、私がおかしいみたいで、不審に思われてるみたいで。ごめんなさい。お祖母ちゃんが町内会とかで培った人脈が水の泡になったわ」
細い声でそう言う彼女が、また僕の胸の中に顔をうずくめた。
「大丈夫ですよ、僕が支えますし」と、鶴子さんの肩を抱き寄せて言うと 彼女が顔を上げて
「琥太郎が、病院に行った時、熱の原因は食べ物を与えないからって」
と言った瞬間、彼女は泣き崩れた。
それからというものの、琥太郎はよく熱を出すようになったし、鶴子さんもノイローゼになった。
琥太郎が四歳になったことには木尾さんをはじめとした、近所の女性からなんでも相談する様に、遠回しに鶴子さんのことを悪く言われ始めていた。
鶴子さんにそれを言うと、
「うん、もう、大丈夫。琥太郎も元気になってきてるし」
と言い、その話を切り上げるのだった。
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