第2話 花残れり

 新聞で、流行語は現代っ子だと書いてあるのを見た。

 サラリーマンになり、戦争の後遺症で亡くなった両親を持つ僕には全く関係のない話だとも思っていた。

 流行語、若者言葉というのは本当に、わからない。

 自分も若者に分類される歳ではあるが、そんな流行語は、若者にだけしか理解できない言葉、と世間は言うが、そうではないと僕は思っている。

 仕事で向かった家は、住宅街の中でも小さく、こじんまりとした家であった。

 おばあさんの話を聞いていると、二階から足音がした。

 どうやらお孫さんのようで

「あぁ、いらっしゃい。お茶持っていきますよ」

と言い、お孫さんは、台所へと入っていった。お茶を入れる音が二階から聞こえるのも一瞬、すぐに階段をトントンと駆け下りる音がして、階段の途中からひょこっと顔を覗かせた女性は、僕の顔を見た。そして

「お祖母ちゃん、この人どちら様?」と耳打ちしている。

おばあさんはため息を吐き

「失礼ね、保険会社の方よ」

ワイシャツに、チェックのミニスカートを履いている。服装から、現代っ子の女性だなと思った。

「そうですか」

と言い、女性は立ち上がった。

その仕草を真似するかのように、僕も立ち上がる。

「じゃあ、失礼します。もし、保険とか何かあったらご連絡ください」と笑顔で言うと

「はい、ありがとうございます」とおばあさんは頭を下げた。

 おばあさんは足が悪いので、お孫さんがお見送りをしてくれた。

「あの、頬に墨汁がついてます」

僕がそう言うと、女性は自分の頬を擦る。

「どうも」

ニコッと笑う彼女は可愛らしい人形そのものだった。

「その、服装で習字を?」

「書道をやってます! 習字と書道は違うのです」

 僕は、可愛らしい彼女に微笑み

「お洋服が汚れてしまいますよ?」

と、言った。

 すると女性は、自分の着ている洋服を見て言う。

「汚れる?」

そして、彼女はまたニコッと笑った。

これは、僕が悪いのか? 彼女は何を言っているのか分からないと言った顔をしていた。

 僕は笑顔で、家を出て行こうとすると

「保険会社の方! 名前は?」

同時に彼女は、墨汁がついた爪を、ポケットからハンカチを出して拭こうとしていた。

 僕は、スーツのポケットからすぐにハンカチを出して、使うように言った。

玉城勇たまきいさむです。ハンカチは、またの機会に返していただければ構いませんので」

「私、鶴子つるこです。名もない書道家です」

鶴子さんはすこし幼い子供のように言った。

僕は、鶴子さんのその言い方に思わず笑ってしまう。

 そして、ハンカチを受け取ってもらうと、鶴子さんの家から僕は離れた。


 海大は、なんで幽霊が自分に生前の記憶を打ち明けてくれたのだろうと、幽霊を見ながら考えた。

 海大が、名前を聞いた時、幽霊は「タマキです」と作り笑いを浮かべながら海大を見て言ってきた。

 それから、保険会社で働いていた自分と、鶴子という名もない書道家の女性が出会った。

 そう言って、また遠くを見ているタマキを、海大は不満そうに眺めた。

 そんな思い出話を話されても全く嬉しくないと、海大は思っていた。

 そんな思い出話を話すなら、なぜ自分がこの姿、若さで幽霊なのかの結末を知りたい。

 海大は、そんな思いを込めてタマキに視線を送っていると、彼は海大の視線に気付いたのだろう、作り物の笑いを再び向けてきた。

 ブランコが二人を揺らしている。

 そして、海大が口を開くのを待っているタマキに対して口を開いた。

「タマキさん、罪を犯す人には見えませんけどね」

 タマキの作り笑いは固く、先程一瞬崩れたのが奇跡のように海大は感じ、小さいため息をついた。

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