家出してきた男の娘は自分のことが分からない

魔導管理室

第1話

「しばらくさ、泊めてくれないかな」

 この時間にしては少し寒そうな、ひらひらとした服装に長めのスカートと髪の毛をはためかせ、少量の荷物を携えながら突然に訪ねてきた友人は、開口一番そう言った。

「ちょっと、今家に居づらくて、さ。あ、お礼にボクにできることなら、なんでもするから」

 了承の意を示すと、夜の寒さから逃げるように、そそくさと家に上がってくる。

「やっぱり家の中はあったかい...ボクこの服で外出てきたこと結構後悔しててさ」

 そういいながらどうやら数日分の着替えが入っている鞄を床に下ろし、ソファーにごろんと寝転ぶ。

 見ていたドラマの続きを見るためにそばに腰を下ろし、丁度CMが終わったテレビに目を向ける。画面の中では俳優が推理シーンを繰り広げ、犯人を追い詰めていく。

犯人が犯行を認め、警察に連れていかれ、次回予告が終わるまで、誰も、一言も喋らなかった。


「...君は、聞かないんだね。何があったのか」

 実のところ、こういったことは初めてではない。友人は、両親との仲があまり良くない。だからこうして、度々避難してくるのだ。両親が共働きであまり家にいない家に。今回もそんなところだろうし。自分なら友人の家に転がり込んだ時になぜかはできるだけ聞かれたくない。

「やっぱり、やさしいよね。君は。何度もこうやってきたのに、快く泊めてくれて」

 寝転がっていた体を起こし、正座に移行し、背筋を伸ばす。

「ずっと黙ってるってのは、君にも悪いから、さ。説明、させてくれないかなって」

そこで不意に顔を歪め、自嘲気味にため息をつく。

「...ううん、違う。君のためなんかじゃない。今回はちょっと、自分ひとりじゃ立ち直れなさそうだから、話して少しでもスッキリしたいんだと、思う」


「それでも、いいかな」


構わない。そう伝えると、安心したかのように顔を綻ばせ、は、ゆっくりと、少しずつ。吐き出すように話し始めた。





「うちの両親は、あんまり子供ができなかったらしくて、ボクを身ごもったころには、もう結構年でさ。これが最後のチャンスだって」


「男の子は兄がいたからさ。女の子が欲しかったって」


「でもボクは、知っての通り男だからさ」


「二人とも、結構残念がったんだ」


「ボクには隠してるつもりだったんだろうけど、子供って結構そういうことに敏感だからさ」


「『ホントは女の子が良かった』って。分かってたんだ」


「だからボクは、女の子になろうとしたんだ」


「ボク、頑張ったんだよ?可愛くなれるようにって、食習慣とか、肌のケアとか」


「でも、今日、さ。久しぶりにお兄ちゃんが帰ってきたんだ。結婚するんだって」


「お兄ちゃん。ボクのこの格好とか、あんまり好きじゃなくてさ」


「『いつまでそんなことやってるんだ?』って言われて」


「ホントに、いつまで、こんなことやってるんだろうって、考え、ちゃって」


「ボクは、自分を『私』って、呼ぶことに少し違和感があって、」


「『俺』とは呼びたくなかったんだよ」


「だから『ボク』は、『ボク』なんだ」


「『ボク』は自分を確定できなかったどっちつかずの半端物で」


「それでも、『ボク』を、いつか止めるんだろうなって、考えたら、怖く、なっちゃって」


「『ボク』じゃ、なくなった『ボク』は、いった、い、何になるのかなって」


「はは、ごめんね。涙が、でちゃう」


「...ちょっと、縋って、いい?」


「...ありがと」


「あったかいね」





「なんか、今なら、何でも言えそうな気がする」


「ちょっと、おかしくなってるのかも」



「...ボク、さ。『女の子』になるために、すごい頑張ったんだ」


「見た目もそうだけど、中身も」


「なんていうか、その、ボクは、さ」


「男の子を好きになろうって、思ったんだ」


「...『ボク』は、君のことが好きなんだ」


「君だったのは、まあなんとなく。その時一番仲が良かったから」


「最初は、思い込んでるだけだった。そう確信できてた」


「でも、今はもう分からないんだ」


「もう何年も、君のことが好きだって念じ続けてる」


「この気持ちが、ホントに正しいものなのか」


「そう思い込んでるだけなのか」


「『ボク』のことなのに、もうボクには分からない」


「教えてよ。ボクはどうしたらいい?」


「『ボク』をどうしたらいい?」



「...ごめん。ちょっと、力入れすぎだよね」


「話してたら、余計よくわかんなくなっちゃった」



「...確かめても、いいかな」


「顔、こっち向けて」





「...イヤだったら、ちゃんと避けてね」




「......」






「ありがと」

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