第11話



 ――■ 終焉(Route."Grand")


 先日、ヤクで幸福になったままの頭で聖女リナ・スズキの教科書をバラバラに破壊したリディア・ホーリーグレイルは幸福な頭のままに階段から聖女リナを突き落とした。

 殺す気がなかったと言うならそれはその通りで、リディア程度の魔力持ちからすると階段から突き落とされた程度では人は死なない。

 もちろん異世界の人間である聖女リナの肉体は階段から落とされれば死ぬような脆弱なものではあるが、聖女となったことで人外の魔力を得た彼女は床に落下したことで損壊した頭蓋骨と脳みそを自動で発動した蘇生魔法で再生し、復活すると恐ろしいものを見る表情で階上のリディアを見つめた。

「あははははははは! 落ちた! 落ちた~~! ば~~~か!!」

 淑女としてのマナーをヤクによって全てどこかに落としてきた彼女はそう言いながら走り去っていった。

 目撃者は大勢いた。中には王太子も混じっていた。



 ――■ 魔王(Route."Grand")


 ダンジョン深層を踏破し、最終番人たる古代龍を殺し、ダンジョンコアまでやってきた西七年戦争の帰還兵たちはダンジョンコアの前に魔法陣を設置した。

 それは貴族の間でも貴重な魔導具とされている、転移の魔法陣である。

 深層階で入手した属性龍の魔石で稼働する転移の魔法陣を発動し、地上へと連絡用の魔導具を送り込み、数時間。

 魔法陣が稼働し、人が一人やってくる。

 それは彼らの雇い主のセレス・カラサワだった。

 金髪碧眼を変化の魔法で隠している彼女は、王都で流行っている音楽バンドのパーカーに、ミニスカート、編み上げのブーツ、安物のピアスやネックレスを身に着けていた。

 アギトと一緒にライブに行った帰りにたまたま寄ったような姿の雇い主に兵たちは驚きながらも、何も口に出さない。そういうプロ意識が彼らにはある。

「ここが……ダンジョンコアの間ですか」

 ふむ、とセレスは周囲を見る。彼らも彼女もダンジョンコアを破壊しにきたわけではない。破壊すれば王都ダンジョンは崩壊し、彼らの収入源たる魔石やダンジョン内で育てている薬草の収穫に問題が出るからである。

 彼らの目的は別だった。

 ダンジョンコアの傍に存在する巨大な卵。それが目的であった。

「では、彼を起こしてください」

 セレスに指示をされた隊長は連れてきた男の口にヤクを一滴、原液で垂らす。

 びくん、と痙攣するようにして男は飛び上がった。手足を拘束されているために飛び上がったあと床に勢いよく落下したが、うー、や、あー、と口に猿ぐつわをされながらも、声を上げつつ、勇者たる冒険者テリオンは覚醒した。

 そうしてセレスを見上げ「……あ、あー! あー!」と唸り声を上げる。

「はい。そうです。私が真なる聖剣です」

 ふふ、とセレスは笑う。

 真なる聖剣。勇者が持つ魔王を殺すための生きた武器。

 悲劇によって生まれ、涙によって鍛えられる魔王殺しの権能の増幅器。

 その姿かたちは剣ではなく、槍であったり、弓であったり、石であったり、獣であったり、人間であったりする。

 テリオンは勇者の本能で今回の聖剣は人間の女だと理解していた。

 勇者テリオンが聖女リナを探していたのは聖剣を仲間に加えるためだった。もっとも真なる聖剣はこのように違う人物であったため、その捜索も無駄ではあったが。

「さぁ、勇者。あれに魔王殺しを使ってください」

 巨大な卵を指さして真なる聖剣たる女、聖女・・セレスはテリオンに命じる。

 テリオンはうぅぅ、と唸るも、彼の脳みそはヤクによって大部分を破壊されてしまっている。

 それでも幸福なまま、勇者の本能で彼は魔王に向けて、自らの権能を使用した。


 ――魔王殺し『くるみ割り人形』。


 地上のあらゆる兵器を使っても壊れない『不壊』の属性を与えられ、目覚めれば即座にこの世界全てを暗黒の海に落とす世界殺し『孵化待つ絶望』を持った魔王の殻に罅が入る。その罅を入れる力を、権能の発動を確認した聖剣たるセレスは瞬時に増幅した。

 増幅された魔王殺しによって罅は殻全体に広がっていく、ぱきりと音を立てると、汚らしい汚泥のような液体とともに未形成の胎児がべしゃりとダンジョンの床に落ちていった。

 兵士たちが口元を抑え、悪臭に反吐を吐きそうになる。

 セレスはそれを横目に、『くるみ割り人形』の属性が乗った魔法の矢を数百ほど生み出して胎児に叩きつけ、魔王の殺害を達成した。

 雇っている兵士に魔王を始末させないのは、勇者以外が魔王を殺すとその人間が魔王になるからである。わざわざセレスが魔王殺しの権能を増幅してトドメをさしたのもそれが理由だった。

 魔王の呪いは聖剣にも効力を発揮する。勇者以外が魔王を殺せば例外なく魔王になる。勇者テリオンがこの場に連れてこられたのは新たな魔王を生み出さないためだった。

「さて、では私は帰ります」

 セレスが魔法陣で帰還していくのを兵士たちは見送る。この魔法陣を回収する必要があるため、彼らは徒歩で地上へと帰還するのである。

 とはいえ、こうして魔王は滅び、世界は救われたのだ。

 勇者テリオンもまた、無用となったことで、兵士たちに帰還の途中で上位属性龍用の呪術触媒として使われてその命を消費した。



 ――■ 聖剣(Route."Dead Bloodbath")


 聖剣が聖剣として覚醒するためには一度死ぬ必要がある。

 悲劇によって生まれるとはそういう意味だ。

 セシリア・セイントストーン・ホーリーブック・ホーリーバリアは一度死んでいた。

 テッテリアだったとき、衰弱と疲労で弱りきり、西七年戦争の帰還兵が王都に持ち帰った風土病によってその命を奪われていた。

 もっとも、その記憶も、聖剣としての意識も、アギトによる養生で脳に栄養が行き渡り、魔力が充溢することでようやく思い出せたものだったが。

 そう、セシリアは一度死んだ。しかし聖剣であったために蘇生し、聖剣たる女――聖女として新しく命を得た。

 そのあとは公爵邸で、血に刻まれた機能セーフティーによる父への盲従から地獄のような責め苦に遭いながらも、生きてきた。

 情け容赦ない地獄の環境で流した涙によって聖剣は鍛えられたのだ。

「……とりあえず、これでアギト様が殺されるようなことも、私がこれから産むだろう子どもたちが殺されるようなこともなくなりましたね」

 世界を滅ぼす魔王は死んだ。王都を、王国を覆っていた瘴気は消滅した。

 あの魔王こそが聖女リナが異世界よりこの世界に呼ばれた理由だった。

 あの魔王をこの王国は殺すことができなかった。歴代勇者は聖剣を見つけられなかったからだ。

 故に代用聖剣として異世界の女を聖剣に改造する術式を王国は開発した。

 とはいえ、代用は代用。その増幅は不十分だった。歴代の勇者たちは魔王を完全に殺すことはできず、傷を与えることでその孵化を先送りにすることしかできなかった。

 なお、ダンジョンコアの間に魔王が設置されたのもダンジョンの膨大な魔力を用いて魔王を封印することしか当時の人間にはできなかったためである。

 ホーリーバリア大公家には魔王の記録が残されており、また公爵家の役割として直系の当主に口伝されていた。

 王家が聖女を大事にしていたのも口伝で伝わる魔王対策がためだった。

 王都を守るためには、魔王を封印するために代用聖剣たる聖女が必要だったからである。

 とはいえ、婚約者をないがしろにしてまで大事にするのはやり過ぎでもあったが。今回の聖女はそれだけ王太子とって魅力的だったのだろう。

「閑話休題閑話休題。ふふ、ふふふふふ」

 思考に区切りをつけたセレスは先に帰っているだろうアギトの元へと、一仕事終えた達成感のままに急ぐのであった。



 ――■ 堕落(Route."Dead Bloodbath")


 腹の膨れたエルフが荷馬車に乗せられ移動していく。

 このまま子供を産ませられ、そのあとはまたエルフの男によって孕ませられるのだ。

 これから子供を産み落とすというのに感情の死んだような顔をしているエルフの女だったが、監視役から幸福薬ヤクの入ったポーション瓶を渡されると、捨てていた感情を取り戻し、歓喜の顔でそれを飲み干す。

 子供一人の出産に付き、一瓶のヤクがエルフ女王国では得られるようになっていた。

 なお、この政策を可能にするために普人種――グレイト大王国からはどのような種族の女でも即座に妊娠ができ、腹に宿った胎児を成長促進し、安全な出産を可能とする魔法が輸出されていた。

「陛下、今月の下級エルフの生産数は1000ほどを予定しております」

 西方亜人連合に所属する、世界樹の守り手たるエルフ族の国家――エルフ女王国。至尊たる女王が座する謁見の間ではこのような報告がなされていた。

「そうか、ふむ、もっと産ませられないか?」

 エルフの女王がヤク入りの水煙管をぷかぷかと幸福そうな顔で楽しんでいれば、報告していた官吏は「そうですね。産ませた子供のうち、女の個体でも美しいものはこちらで育成しています。60年も経てば妊娠・出産が可能な年齢に達するかと」と返す。

「ふむ、下級とはいえ、やはり生育には時間がかかるの」

 高位ハイエルフ。普人種における貴族にあたる個体である女王と一般エルフの力の差を考えると、一般のエルフは家畜に似た存在だった。

 ゆえに幸福になったことで倫理観の多くを捨て去った女王は国民を同族とは思っておらず、また扱ってもいない。

 ゆえにエルフの子供を人間の国との密貿易に簡単に輸出してしまうし、そのあとのことを考えることもない。

「獣人――動物耳どもも、ポーションの取引をしているというが、奴らは何を輸出しておる?」

「森の貴重な動物や、やはり女子供ですね」

「そうか。ふむ」

「エルフ女王国の産品では、世界樹の素材も要求品に入っておりましたが」

「ふむ。ふむ」

 悩む女王に、官吏は他にも様々なエルフ国の物資を上げ連ねる。ダンジョンから手に入った国宝級の魔導具や、エルフの固有魔法を継承した直系のハイエルフなどなど。

 流石に、と薬物中毒状態の官吏ですら思うようなものもあったが、女王はぷふぅぅぅ、と白い煙を吐きながら、うむとうなずいた。

「よしなに、と伝えておけ」

 輸出を解禁したことに官吏は驚きながらも「はよ」と促されれば、ぺこりと頭を下げるしかなかった。


 時を同じくして、薬物中毒に陥った長老たちにより、獣人やドワーフたちの国でも国宝や、氏族の直系女たちの輸出が決定されていた。



                ◇◆◇◆◇


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