第9話


 ――■ 下町(Route."Grand" )


「うん! 美味い!!」

 学園の入学からだいぶ月日も経った八月も半ばのことだった。串焼きを手に、お忍びで城下町に訪れていた王太子であるステファン・グレイトはにっこりと笑みを見せた。

 王太子が連れている聖女リナ・スズキも串焼きを手にして、小さな笑みを見せる。

「ほんと、美味しい。それになんか、これを食べると元気になる気がします」

 串焼き屋の店主が「隠し味があるんでさぁ」と年若いカップルに対し、にやりと自慢げに笑ってみせた。

 隠し味かぁ、とステファンが串焼きを追加で頼めば、店主は「まいどあり!」とステファンに串焼きを渡す。渡された串焼きをステファンは即座に頬張り「うん、やっぱり元気になる!」と笑顔を見せた。

「リナもどうだい?」

「じゃ、じゃあ、もう一本だけ」

 店主が「待ってな! 焼き立てを出すからよ」と言えば二人はニコニコと初々しく美味しい美味しいと言い合った。


 ――串焼きのタレには王都の裏街で蔓延する、上質でありながら格安のヤクが混入されていた。


 巷で大人気の、元気のでる隠し味・・・である。



 ――■ 冒険者(Route."Brave" )


 冒険者テリオンは「早く……王都ダンジョンを突破しなければ」と深刻そうな顔をしていた。

 そんな彼は王都の路地裏よりも貧しいスラムの飯屋にいた。

 冒険者テリオンは勇者だった。

 もっともそれは、善なる種族に極稀に出現する、スキル『勇者』を持った人間ではない。


 ――勇者は勇者でも、真なる勇者であった。


 テリオンは世界そのものを殺せる『世界殺し』の権能を持つ、世界崩壊の真因たる真なる魔王を殺すべく生まれ落ちた真なる勇者であった。

 魔王殺し『くるみ割り人形』の権能を保有する勇者でもある彼は、王国に召喚されたという聖女リナに会うために貴族の学園を訪れた。

 だが、身分が足りずに追い出されていたのだ。

 ゆえに王都迷宮で名を上げ、最低位の爵位を手に入れる必要があることを知った彼はスラムに近い宿屋で寝起きして生活費を節約しつつ、下町で安い食事を買ってその日暮らしをしていた。

 冒険者テリオンがそのような暮らしをする理由があった。

 彼は強い戦士ではなかったのだ。

 勇者とは生まれながらの強者ではないのだ。

 勇者とは試練によって鍛え上げられなければならない存在だ。

 ゆえに彼は未だ戦士未満、魔王殺しの権能を持つだけの、勇者というだけの男だった。

 悲劇によって生まれ、涙によって鍛えられる魔王殺しの増幅器たる聖剣すらも持っていなかった。

「仲間を……聖剣を……集めなければ」

 勇者の本能によって自分が何をすべきかを把握していながらも、実力不足と資金不足によってテリオンは窮地に陥っていた。

 真なる勇者とは強き者ではない。真なる勇者とは魔王を殺すだけの存在である。ゆえにこうして苦境に陥ることもある。

「窮地だ。ああ、だが……飯は、美味い、な」

 残飯にも劣る味や臭いをごまかすためだけに、正体不明の粉や液体が掛けられた食事を食べながらテリオンは薬物中毒に陥っていることを自覚せずにただただ臭い飯を腹の中に掻き込んでいた。


 この数カ月後、彼は借金苦に陥り、スラムから姿を消すことになる。


 ――Route."Brave"Lost



 ――■ お弁当(Route."Dead Bloodbath")


 実のところ、アギトという男に関して言えば、結婚をするとなれば真面目なものだった。

 肉体関係のあった女たちとはきっちりと話し合いをし、ただの友人関係へと関係を精算した。

 妻となるセレスから自分に側室をという話を聞いたときにも、何度も自分には側室は必要がないと言ったぐらいだ。

 そのセレスに側室を押し切られてしまったために受け入れたが、本人からすればこんなに真面目に愛そうとしているのに、と顔や感情には出さないが不満げなぐらいだった。

 もちろん受け入れたあとはふたりともが不満を抱かないように苦心して家庭内環境を良好に保つよう努力している。

 アギトは誠実な男だった。

 そんなアギトは定食屋で部下たちと食事をとっていた。これは彼が通う貴族学園が終わってからの放課後アルバイトの一貫だった。

 結婚してからのアギトは張り切っていた。

 今日も複数の借金取りを終えたところだ。三人の男を奴隷に落とし、四人の成人女性と、その娘と息子たちを娼館に送った。また売り物にならないようなブサイクな男児を人間の内臓を目的とする闇錬金術師に送り込みもしたところだった。

「いやぁ、今日もたくさん働いたな!!」

 アギトがニコニコと、まだ結婚式は上げていないが、既に妻と側室になった二人の女性から持たされた弁当箱を開き、中に詰まっていたサンドイッチを食べ始める。

 その傍には水筒が置いてあり、そこからアギトは暖かなハーブティーを付属のカップに入れて飲んでいた。

 けして店からコップを借りてはいけないし、他のものを食べるなと言い含められている。

 どういう理由かは教えてもらっていないが、理解できないルールをアギトは律儀に守っていた。

「若、それだけしか食べないの、ほんとに真面目ですね」

「はは、愛する妻たちが用意したものだけ食って、飲んでくれって頼まれちゃあな。従うしかねぇだろ?」

 もちろんそれはアギトを薬物中毒にしないためだが、その意図を理解していないアギトは、言いながらも嬉しそうにしている。

 家庭を持ったことで一人前の自覚が出たのさ、とアギトは言いながら妻の手料理を楽しんで食べる。

 もちろんアギトがこれらの行為に抵抗がないのは、今まで引っ掛けていた恋人の中には、このような傾向の女性がいたからでもある。そういった女性と付き合ったアギトからすれば自分が用意したもの以外は食べるな、飲むな、はまだ軽い方だった。酷いときには――と思い出しそうになって思い出を振り払うアギト。

 それにサンドイッチはセレスの手作りで、お茶は側室のロゼッタの淹れたものだ。

 愛する妻たちからの贈り物であるなら誠実に受け入れようとアギトは決めていた。

 叔父にも金髪碧眼の正妻と黄髪黄眼の側室の機嫌を損ねるなと注意もされている。

 魔法の中には他者の行動を情報として記録して取得するものもあるため、アギトは妻たちを裏切らないよう注意深く暮らしていた。

「いやぁ、美味い美味い。あ、お前らにはやらないからな」

 はいはいごちそうさんです、と部下たちは最近流通するようになった謎の粉のかかった肉野菜炒めを食べつつ、ご機嫌な上司を呆れたように見る。

 とはいえ、アギトはご機嫌だった。

 何しろ自分の妻たちは王都でも少数しかいない強力な魔力持ちである。その妻を抱えられるメリットに比べれば、食事を制限されるぐらいはなんのことだろうか。

 この王都下町で、アギトの料理だけは何の毒性もなかった。

 しかし、別の意味では毒性を孕んでいた。

 愛情という名のスパイス。

 どろどろとした、濁った、闇のような色のソレ。



 ――■ 検疫(Route."Sister" )


 セイントアナライズ家。子爵の位にあるその家は王国内の食品や道具などの検疫を行っていた。

「ふむ、問題ない・・・・ですね」

 雇っている人足たちが持ってきた大量の木箱の前で子爵家の人間が魔法を使っていた。

 彼は検疫用の特殊な鑑定魔法を妻から継承したセイントアナライズ家の入婿だった。

 そんな彼は王都の首席検疫官であった。

 王都内に流通する食品や薬品、また魔導具などから違法性のあるものや、危険性のあるものを調べたり、封じたりするのが仕事である。

 今も王都の料理店で出している料理などを調べているところである。巷で噂の隠し味とやらが入っているスープだが彼の検疫魔法にはなんの反応もない。

 問題ないと判断して、次の箱に移動する。彼の動きが止まり、衛兵を呼びつける。

「違法な毒草じゃないか。こんなものを王都に持ち込むとはな」

 検疫官は怒りと正義のままに違法毒草を持ち込んだ者を捕らえるように指示を出した。


 ――王都の平和はこのように保たれていた。



 ――■ 貴族学園の日常(Route."Dead Bloodbath")


 王都の貴族学園に入学したセレス・カラサワはにこにことカップを片手に微笑んでいる。テーブルを囲む人間はもうひとりいる。セレスと一緒に入学したロゼッタ・アルケミスト・カラサワだった。

 髪や瞳をピンクや紫などに雑に染め、真実の色の隠している二人は楽しげに談笑をしていた。

 なお色を隠すのはナンパ防止のためだ。貴族の中には家の関係で既に結婚している男女も多いが、そういった男女でも魔力が高ければ愛人として家に来ないかなどの誘いを男女ともに受けることがあるので、純粋におしゃれのためにする生徒もいるが、それらを防止するために自分の色を隠す生徒も多かった。

 ちなみにアギトも学園に通っているがここにはいない。彼は彼で男友達と交遊を楽しんでいる。

「検疫……通っちゃってるなぁ」

 呟きがロゼッタの口から漏れた。彼女は部下からの報告書を読んでいたところだった。

 スライム素材を加工した特殊なコンタクトレンズでしか読めない書類だ。

「検疫に使ってる魔法の構成がわかれば、それを通すのは簡単なのです」

 くるくると指を回して自信ありげな姿を見せるセレスに、ロゼッタは呆れた視線を向ける。

「その魔法構成は秘中の秘のはず、なんだけどねぇ」

わたくし、その程度は見抜けますので」

 嘘である。王都検疫官のセイントアナライズ家はホーリーバリアの血統だからだ。

 ゆえにセイントアナライズ家が保有している検疫魔法のオリジナルをセレスは所有している。

 そこから検疫を抜ける魔法物質をセレスは作り、彼女たちが流通させているヤクにセレスは混入させていた。

 そんなことを知らないロゼッタはふーん、と気のない返事を返す。

 彼女の感心は別のところにあった。

「それで、こんなにお金貯めて、どうするの?」

 様々な諸経費などの分を引いても、セレスが育てた薬草をロゼッタが加工したヤク――幸福薬は王都中で売れている商品であった。

 必然、その利益は莫大なものだ。小国ぐらいなら買い取れるほどの金だった。

「そうですね。ダンジョンにも畑をつくりましょうか。奴隷を買って、帰還兵も雇って」

 既に当初の牧場跡地での生産はいっぱいになっていた。土地のすべてを使って薬草を生産していたが、それでもヤクの需要に供給が追いついていなかった。

「ダンジョンに、ねぇ。それ大丈夫なの?」

「私が結界を張るので問題ありませんよ」

 ダンジョン内に畑を作れば、そこに駐留する兵は四六時中モンスターに襲われることになる。それを防止するためには特別な結界が必要だったが、その魔法をセレスは持っていた。ホーリーバリアの秘中の秘であり、彼らの領地にある、特別なダンジョンなどで王家に献上する特別な品などを秘密裏に育てるのに使われている魔法だった。


 こうして薬草畑が拡大し、またそれを材料にヤクは大量生産され、王都外でも取引されるようになるのだった。




                ◇◆◇◆◇


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