★職場体験の学生

「わかりました。お手数お掛けしました」


 レオンはそう言うと通話を切った。一気に脱力したように机に突っ伏し、大きなため息をつく。その様子を隣で見守っていた同僚のミウは、心配して声をかけた。


「また断られたの?」


「はい、全滅です」


 しなびた返事と一緒に大きなため息も返ってくる。そんな暗く沈んだレオンをミウは元気づけようとした。


「気に病むことはないわ。そんな差別するような施設、こっちから願い下げよ。きっとルナリアちゃんのためにもならなかったはず。大丈夫、理解してくれる施設がどこかにあるはずよ」


 ミウは明るく励ましたが、レオンにはその優しさが辛かった。


 レオンはお昼も食べるのを惜しんで、児童保護施設に片っ端から電話をかけていた。それは変死事件で保護した、ルナリアという少女の行き場を探すためであった。親族の情報もなく、ルナリアも自分の名前しか覚えていない様子だったため、彼女が安住できる場所を探す必要があったのだ。


 レオンは顔を上げて、施設リストを見た。ここ銀河にあるすべての施設の名前が並んでいる。地球人、生体管理データが空白ということを理由に、ルナリアの入居を拒否したリストだ。


「別の銀河で探すしかないか」


 レオンは住み慣れた銀河地区でルナリアが暮らせるようにしたかったが、他の銀河も考えなければならなかった。地球人のことを知らない場所であれば、差別されることはないかもしれない。しかし、それは本当にルナリアのためになるのかと頭を悩ませた。


「もう、いっそのこと、お前が引き取ってやれよ」


 レオンたちの話を盗み聞きしていたスクワイトがからかうように話しかけてきた。ずるずると立ちながらコーヒーを飲んでいる。


「そんな無責任なことを言わないでくださいよ」


 茶々を入れてきたスクワイトにレオンはさらに頭を抱えた。


「まあまあ、ルナリアちゃんの希望もあるわ。それに、一人暮らしさせるという手もある。その時は、私も協力するから」


「ありがとうミウさん。先輩も出してくれますか?」


「え、俺も出費する流れか!? それはちょっと……。おっと休憩は終わりだぞ、お二人さん。じゃあな」


 スクワイトは逃げるように自分のデスクへ戻っていた。レオンは施設探しを中断し、午後の仕事に取りかかろうと、座り直した時だった。


「レオン、すぐに俺のところへ来い!」


 ガン警部補の声が響き、レオンは勢いよく椅子を立ち上がった。


 レオンはガン警部補からの呼び出しに応じて、彼のオフィスに向かった。


「レオン、来たか」


 ガン警部補はレオンを見ると、厳しい表情で言った。


「はい、警部補。何かご用でしょうか」


「いきなり質問するが、お前、職場体験はわかるよな?」


「ええ、俺もお世話になりましたから。あ、俺は天の川中央署に行きましたよ。この辺りの警察希望者は全員そこでしたから」


「それが常習だったんだがな」


 ガン警部補は含みを持たせて腕を組むとまっすぐな目でレオンを見つめてきた。レオンはその視線が苦手だった。あまり嬉しい知らせでないことがガン警部補の口から出てきそうだったからだ。


「どういうわけか、一人の学生がここを強く希望したみたいでな。理由はレオン、お前だ。お前に憧れて宇宙警察になりたいんだと」


「俺ですか!?」


 レオンは驚いて自分で自分を指さした。耳を疑うような話だ。まさか自分を憧れてくれるような子が現れるなんて。ガン警部補もその若者が理解できないと嘆いている。


 ガン警部補は机の上にプロフィールを表示して、レオンに見せた。


「これがその学生のプロフィールだ。名前はガビーナ。19歳。カビ星人だ」


「カビ星人ですか」


 レオンはますます、驚いた。同じ地球人ならまだしも、まさか他の宇宙人から憧れの存在になるなんて思いもしなかった。


「彼女は、父親が犯罪者でな。今も牢屋に入れられている。あの輸送船を襲ったカビ星人の娘だ」


 輸送船を襲ったカビ星人。それは、漂白病の娘をもつ父親が、ウーベルティス社への復讐のために起こした事件だ。レオンがはじめてパトロール以外のことをした出来後だ。


「あの娘さんが宇宙警察に!?」


 レオンはまたまたびっくりした。そして嬉しく思った。カビ星人の娘は漂白病を克服し、職業体験が出来るほど回復したとわかったからだ。レオンはプロフィールを閉じて、胸を張って決意した。


「ガン警部補、俺に任せてください。彼女に良い経験をさせてあげるために、頑張りますよ、俺」


「なら、安心して任せよう。彼女に天の川中央署に行けば良かったなどと、失望させるなよ」


 レオンが憧れの存在になっていることが気に入らないのか、ガン警部補はこれ以上の用はないと身振りでレオンに示し、退出させた。レオンはそんな彼の態度など気にせず、嬉しい気持ちで自分の持ち場に戻った。

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