6話 一日限定の仲間
★少女の面会へ
レオンは、病院の待合室で呼ばれるのを待っていた。今回は、患者ではなく、面会者として病院に来ている。ちょうど今、ニュースで流れている変死体事件の関係者である少女の面会だ。彼女は体が衰弱していたため、この病院に運ばれた。彼女の身元はわからないまま、同じ地球人であるレオンが面会兼事情徴収を任されていた。
ニュースを見ながらレオンが待っていると、看護師から声をかけられた。
「レオンさん、先生が戻られました。あなたに話があるみたいです」
「そうですか。わかりました」
少女の身元がわかっていないため、レオンは一時的な後見人になっていた。何か問題があれば、レオンに連絡が入り、対処しなければならなかった。
「えーと、君が彼女の保護者ですか?」
「はい。あの子は今、宇宙警察の管理下にあるので、そうなります」
「では、検査の結果でお話があります」
レオンは、ナースステーション内に連れてこられた。そこでは医師と看護師が神妙な顔で待っていた。その表情から、レオンはこれから良くないことが話されることを予感した。
「あの子に何か問題があるのですか? 融合器の後遺症が見つかったとか」
不安な気持ちが抑えられず、レオンは医者に詰め寄る。
「現在の彼女に異常はありません。ええ、そうです。問題はすべて治療したので、彼女の体は健康です」
「では、何が問題なのでしょうか」
「彼女の過去の話です」
「過去ですか。彼女のデータは何もなく、こちらも把握は出来てません」
少女の体には、出生と共に埋め込まれている生体管理データが空白だった。出身地から親族の名前、経歴、彼女の名前すら残っていなかったのだ。
「データになくとも、体には残っています。まずはこれです。彼女の腕の写真なのですが、ほら、ここに注射痕がいくつもありますよね」
医師は写真をレオンに見せると、問題の箇所をペンで差した。腕の内側が黒く変色した、小さな点がいくつもあるのがわかる。こんなに醜い注射痕が残る理由はひとつしかない。違法な注射を打った。それしか考えられなかった。
医師は次にカルテを見せてきた。血管や内臓の造影写真も添付されていた。
「何を打っていたかは、大体想像がつきます。似たような患者をたくさん見てきましたからね。遺伝子改造液だと思います。それも粗悪品のものです。筋肉や内臓の強度を高めようとしたみたいですが、むしろボロボロの状態になっていましたよ。データの空白もおそらく、売った者が発覚を恐れて消したんでしょう」
「なんであの子がそんなことを……」
「強くなりたい、上位宇宙人と並びたいという思いから手を出して、ここに運ばれてくる者が大勢います。彼女もおそらくそうでしょう」
医師の言葉が、レオンの頭から離れなかった。
少女のいる個室へ案内され、レオンは扉を叩いた。返事はない。レオンは音を立てないようにそっとドアノブを持って扉をスライドさせた。
少女は目を覚ましていた。レオンが病室に入ったことにも気づかず、ベッドの上で自分の両腕を見つめていた。
「気分どう?」
レオンの声かけに少女はハッとなると、腕を毛布の中に隠した。レオンは彼女が注射の跡を見ていたのに気づいた。しかし、そのことは指摘せずに、ベッドの側に置いてあった椅子に腰掛け、少女に挨拶をした。
「君と同じ地球人のレオンだ。こう見えて宇宙警察の一員だ。俺とお話してくれないか?」
少女は毛布を強く握りしめた。口をゆがませて、泣きそうな顔をしている。レオンは次の言葉をかけようとしたとき、彼女が口を開き、かすれるような声を出した。
「こ、殺したのは……私。覚えて………いるの。その、あの時の感覚を……」
少女はガタガタと体を震わせて顔を伏せた。クモの体で殺人を犯したときの記憶があるようだ。
「あれは、害宙の本能による行動だ。君のせいじゃないよ」
レオンは少女の心に寄り添おうと努めた。しかし、少女は上半身を勢いよく起こすと、レオンの腕にすがるように訴えてきた。
「違うの! あのときは私の意思もあった!」
少女はレオンから離れると、自分の両手を見つめ、声を震えさせながら言った。
「殺したときのことは鮮明に覚えてる。私を騙した連中と同じ宇宙人たちの恐怖の顔に優越感を抱いたことも。血をすすった時の高揚感も」
「でも、今の君はそれがおぞましい行為だと理解しているんだろう?」
レオンの言葉に少女は顔を覆い、小さく頷いた。彼女は小さな手の中でボロボロと涙を流していた。
「君とクモ、そして害宙がひとつになった結果、殺人鬼が生まれたんだ。でもそれは、君たちがバラバラになったことで消え去った。君は殺人鬼じゃないよ。俺が保証する。もう一つだけ聞きたい。あのタコから何を言われたんだ?」
レオンは、クモと害宙を少女に融合させた犯人である巨大タコとの関係を気にしていた。遺伝子改造をしてまで強くなろうとした彼女になにか吹き込んだ可能性があるからだ。少女はレオンの質問に顔を上げると、慌てたように話し出した。
「あのタコは悪いタコじゃないの! 私が騙されて、体が動かなくなったとき、タコさんが助けてくれた。害宙の体なら、破壊された内臓でも問題なく生きることが出来るって。代わりにクモの延命のために体を貸して欲しいって言われた、ただそれだけなの」
性格を変えられ、自分の体で殺人を犯されたというのにも関わらず、彼女のタコを悪くないと言い切った。彼女の表情から、噓とは思えない。本当タコはクモを助けたかっただけなのかもしれない。人間は嫌いと言いながら、死にそうな地球人の少女も助けていた。しかし、殺人鬼が生まれてしまったのは想定外のことだったのだろう。
「話を聞かせてくれてありがとう。また見舞いに来るよ。じゃあ、俺はこれで」
レオンは彼女にお礼を言って、病室から立ち去ろうとした。
「あの、私、ルナリア! ……それだけは覚えているの」
「名前を教えてくれてありがとう、ルナリア。またな」
レオンが手を振ると、ルナリアは小さく手を振った。
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