★月へワープ

 レオンとシャドウを乗せた宇宙船は、順調に月に向かって飛び続けていた。シャドウは暇だからと音楽をかけた。やけに明るいメロディーが流れる。その陽気な音は、レオンを苛立たせた。


「なあ、シャドウ。その音止めてくれないか。俺、いまそんな気分じゃないんだ」


 追いかけている巨大タコは月にいる。それを聞いてからレオンは気が気ではなかった。月にいるということは、レオンの出身地である地球が危険にさらされていることを意味していたからだ。


 それに、巨大タコがいるというのなら、あのクモの少女もいるはずだ。少女は地球人のレオンを食べようとしていた。地球で殺人が起こっていてもおかしくないのだ。


 そんなレオンの気持ちを気にせずに、まるでピクニックにでも行くように音楽に合わせて歌うシャドウにレオンはむかついていた。シャドウは、壁に備え付けられた椅子に座って、険しい顔をしたレオンに近づいた。


「そうカリカリすんなよ。ここで焦ろうが踊ろうが結果は変らないぞ」


「わかってる。でも呑気に歌っていられないよ」


 レオンは拳に力を入れて、ズボンの生地をぎゅっと握りしめた。焦りと不安でいっぱいだった。一秒でも早く地球に駆けつけたい気持ちだった。その時、ふと別の気持ちがわき上がった。その気持ちに気が付いたレオンは、思わず笑みを浮かべた。


「ははは、変だな」


 レオンはぽつりと言った。


「どうした急に?」


 先ほどまで苛立っていたレオンが、急にしんみりとした雰囲気になったことにシャドウは不思議に思った。ぼんやりと床を見つめるレオンの顔を覗き込む。シャドウの視線にレオンは笑い返して言った。


「夢のない地球が好きじゃなくて、子どもの頃は早く地球から出ていきたい気持ちでいっぱいだった。なのに、今はこうして早く地球にたどり着きたい気分になっているんだよ。おかしいだろう?」


「そうか? 誰だって故郷が危険な目に会っているなら、心配するのは自然だろ」


「そうか、そうだよな」


 レオンは自分に言い聞かせるように呟いた。気合いを入れるように膝を叩いて立ち上がった。


「イライラしたり、急に落ち着いたり、忙しい奴だなお前は」


「わるかったよ。でも、その音楽は止めくれ。もっと静かな曲がいい」


 レオンはビシッと言った。モヤモヤとした気持ちも少し晴れていた。音楽の効果なのか、シャドウに不満をぶつけたからなのかはわからないが、冷静さを取り戻していた。


「はいはい。もうすぐワープで渇望の月にご到着ですよ」


 シャドウは音楽を止めると、コンソールを操作しだした。両腕を忙しそうに動かしている。


「ワープだって? この周辺にワープゲートのある施設なんて見当たらないぞ。それにワープゲートの使用には身分証もいるし……。あ、お得意のハッキングか?」



「はーあ、田舎星はこれだから。この最新鋭の宇宙船がそんな交通機関を使うと思うか? 転けないように何かに掴まっとけよ。ほいっとな」


 シャドウは妙なかけ声と共に、スイッチを押した。レオンは慌ててかがむと、椅子の背を掴んだ。


 ワープは一瞬だった。目の前の視界が歪み、水面に投げ込まれたようになる。音が消えて、自分が何者なのか曖昧になる。ワープの瞬間、レオンは記憶が飛んでいた。


「おい、着いたぞ。しっかりしろ」


 シャドウの声で、レオンは気を取り戻し、ぶんぶんと頭を振った。レオンはふらふらした足取りで宇宙船の窓に近づくと、外の景色に息を呑んだ。


 そこには、目的地の月があった。でこぼことしたクレーターがはっきり見える。その月の背後には、小さな青い星が覗いていた。


「すごい、月だ」


「当たり前だろう。何言っているんだ。まさかワープがはじめてなのか?」


「そうじゃないけど、こうやって月に来たのははじめてだ」


「そうかい。でもいつまで景色を眺めるつもりだ? 巨大タコのところに行くんだろ」


 次の行動に移ろうとシャドウが呼びかける。レオンは、窓からシャドウに視線をうつした。振り返ったときの、シャドウの姿にレオンは驚いた。


 自分の身長以上はある馬鹿でかい銃を両脇に抱えていたのだ。見るからに重そうな代物だった。そんな銃をどこに隠していたのかと思えば、何もなかったはずの壁に武器がずらりと並んでいた。銃がほとんどであるが、鈍器や剣もそろっている。


「それ、武器か? やけにでかくないか」


「おいおい、相手は巨大タコだぞ。このくらいの大きさがないと対抗できないだろ」


「まあ、それはそうだけど」


 そんな大きなものを扱える技量はないとレオンは困った。渡された銃は、鉛のように重く、長さもあるのでバランスを保つのも難しい。レオンは銃に翻弄されて、体がふらふらになる。


「シャドウ、重すぎて俺には扱えないよ。他に何かないのか? そうだ、宇宙警察で使用している銃とか隠し持っていたりしないのか」


「あの銃は無意味だ。装填エネルギー量が少なすぎる。巨大タコに対抗できると思えない。そうだな、貧弱なお前さんにも扱えるものとなると……」


 シャドウはくるりと向きを変えると、壁に並べられた武器を見定めた。

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