★少女の正体は

 細く薄暗い道。少女は自分より体格のいい男二人の腕を掴んで、悠々と歩いていた。隙間なく密着させられているレオンは、少女のふんわりとしたスカートが自分の太ももに当たるのを感じていた。その感触には違和感があった。長い棒のようなものが何本もある感触。さらにまっすぐではなく、折りたたまれている。少女はスカートの中に武器か何か隠しているとレオンは考える。


 反対側で掴まれているスクワイトもスカートの違和感に気が付いていた。少女を一目見たときから、謎の恐怖心を抱いていたスクワイトは、低姿勢で少女を説得し始めた。


「あのー、お嬢さん。お話なら、どこかのお店の中でしませんか。こんな人気のないところでしなくても……」


「どうして? あまり事件の内容はおおっぴらな場所で話さない方がいいんじゃないの、そうでしょう?」


「署で聞くこともできますし……」


 スクワイトは少女の気迫に押されたのか、だんだんと声が小さくなり口ごもる。不安そうに頭上や足元に視線をうつしている。


 少女は歩みを止めない。道を抜け、煌びやかなホテル街の裏にある廃墟までくると、朽ち果てた一つの建物の中に堂々と入っていく。中は壁一面黒ずんでおり、空気はカビの匂いで充満している。長時間滞在すると、体に良くなさそうな場所だった。役に立たないスクワイトの代わりに、レオンは少女に言った。


「不法侵入だぞ。なぜここに来る必要がある? 話すだけじゃないのか」


「うーん、そのことだけど、急にお兄さんたちと遊びたくなっちゃったの」


 少女はいたずらっぽい目つきでレオンを見つめた。その目はギラギラとしていて、マスクの下で舌なめずりでもしていそうな雰囲気だった。そのとき、バタンと大きな音と振動が鳴り、入ってきたばかりの扉が閉められた。ここにいる誰も扉には触れていない。外に少女の協力者がいるのではないかとレオンはそう思った。


「誰だ! 君の仲間か?」


 レオンは少女に叫ぶ。


「仲間? 誰のこと? あー、もしかしてパパのこといっているのかな。残念ながらパパはここにはいないの。そんなことより、私と遊ぼうよ」


 レオンは少女に対して、恐怖を感じていた。腕を振り払って、逃げ出したい気分だった。すり寄ってくる少女から離れようとしたが、足が動かなかった。


 恐怖で体が動かないということではない。物理的に足が動かないのだ。まるで足の裏を接着剤でくっつけられたような感覚だ。その時だった。スクワイトが震えた声で叫び始めた。


「レオン、上、上!」


 レオンは、言われるままに天井を見上げた。


「あ、アレは!」


 放射状に伸びた糸が天井に張り巡らされている。そして、そこには白い繭が一つぶら下がっていた。ホテルのベッドで見つかったものと同じものだ。


 その光景から、この少女が殺人事件の何らかの関わりがあると確信したときだった。レオンの腕を握る少女の力が増した。


「私の晩ご飯に気づいちゃった? あーあ、貴方たちのせいだからね。テイクアウトする羽目になったのは」


「君が……殺したのか?」


 レオンの質問に少女は目をにっこりと細めた。マスクの奥でジュルリと音が鳴る。


「ひー! 食べられちまう!」


 スクワイトは慌てて通信機を取り出し、応援を呼ぼうとしたが、少女の方が素早かった。通信機を握るスクワイトの手を糸でぐるぐる巻きにすると、天井にぶら下がる形で持ち上げられる。少女は部屋に張られた糸を操っていた。


 少女は次にレオンを床に押し倒した。床は貼り付けられた糸でベタベタして、レオンは身動きがとれなかった。少女はレオンに覆い被さった。その時、少女の前髪は重力に従って垂れ下がり、彼女のおでこが露わになる。前髪で隠れていた場所には複数の目がレオンを見つめていた。


 さらに少女のスカートがひとりでに動き出すと、中から細長い、関節の目立つ足が出てきた。地球人の足ではない。それが1本、2本、3本と出てくる。下から見る少女の姿は紛れもなくクモであった。


「地球人の男は初めて食べるかも」


 マスクを取った少女はニコッと笑った。その歯は黒く、鋭い牙が光った。

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