★クモの糸は丈夫だ

 地球人とクモの体を持つ少女が笑っている。彼女がホテルの殺人事件の犯人だとすれば、この後、糸で体を巻かれて、体液を吸い尽くされて死ぬのだろう。


 床に押し倒されたレオンは命の危機を感じていた。糸に張り付いた服や靴を脱ごうとしたが、体勢が悪くてできなかった。


 スクワイトは1本の腕が糸で拘束され、天井にぶら下げられたままだ。残された手足で、解こうと試みるが、ベタベタする糸はそう簡単には外させてくれなかった。


「わざと死体を残しておいて正解だったね。こんなに美味しそうなご飯が二つも手に入ったんだもん」


 レオンに覆う少女は、耳元に顔を寄せた。ニチャリとよだれの音を立てる。


「溶かす前に、血を味見しちゃおう」


 少女がレオンの首筋に牙を立てた。レオンの体に激痛がはしり、じゅるじゅると血が吸い上げられた。


 こんなところでくたばってしまうのかと、レオンは抵抗することも出来ず、血が吸われていくのを感じていた。


 少女は血の味に満足すると、首筋から離れた。彼女は頬を染めてうっとりしたような表情でレオンを見下ろすと、口に残ったレオンの血をペロリ舐める。


「うん、おいしい。じゃあ、後はドロドロに溶かしてあげる」


 少女がもう一度レオンに近づいた時だった。シューという音と共に、一瞬で目の前が真っ白になる。レオンの上に乗っていた少女は激しく咳き込みはじめた。


「ゲホッゲホッゲホッ……な、なに………こ……れ……」


 白い霧に少女は苦しそうだった。しかし、レオンは平気だった。むしろ爽やかな香りがぼうっとした思考をはっきりさせてくれる。


 少女は霧から逃れようと、レオンから離れた。霧の中で残されたレオンは、起き上がろうとするが、ベタベタの糸で動けなかった。もがいていると、今度は霧の中に三角頭の人影が現れた。スクワイト先輩だ。


「殺害宙スプレーがマジで効くとは……やっぱりあの女、害宙じゃねーか! 退散、退散。レオン、逃げるぞ。あれは俺らの手に負えねーよ」


 スクワイトは、レオンの頭、肩、足を複数の手足で掴むと引っ張った。


「先輩、無事だったんですか! よく抜け出せましたね」


「まあ、腕を切り落としたからな」


 スクワイトは短くなった1本の腕をレオンに見せた。腕を見たレオンは青ざめた。自分のせいで先輩が傷つく羽目になったと責任を感じていたからだ。だが、スクワイトは明るい声でレオンを安心させようとした。


「大丈夫、大丈夫。すぐ生えてくるから。しかし、この糸本当にやっかいだな。取れないぞ」


「先輩、先に帰って応援を呼んできてください。俺はここで囮になっていますから」


「あほか! レオンもここから逃げるぞ」


 と、スクワイトは力一杯引き剥がそうと踏ん張った。そうしているうちに、噴霧した殺害宙スプレーが薄まってきた。遠くに離れた少女は、ハアハアと浅い息を繰り返した。そして、レオンとスクワイトを睨み付ける。その目は怒りに満ちている。


「私にひどいことをするのね。頭にきた! 絶対に逃さない」


 少女はそう叫ぶと、糸をレオンたちに向けて発射させた。しかし、その糸はへなへなと別の方向に飛んでいった。


「あら? あらあら?」


 少女の足取りはふらふらと千鳥足になっていた。顔も赤い。まるで酔っ払ったかのような様子だった。この体の変化に少女は気づいた。


「あーやだ、やだ。あなた、コーヒーがぶ飲みしていたのね。血に混じっているじゃない。私カフェインに弱いのにー。糸が上手く操れないよー」


 へらへらと笑みを浮かべながらも、少女はレオンたちに近づいてきた。


 コーヒーで酔っ払った少女。体質的にクモに近いのだろうとレオンは思った。クモの糸もタンパク質で出来ているのだろう。レオンはスクワイトに声をかける。


「先輩、火炎銃で糸を焼き切ってください。あの子が来る前に!」


「そうか! 俺たちには銃があったな」


 スクワイトは銃を取り出すとダイヤルを回した。銃口から火が噴き出し、レオンの周囲の糸を焼き切った。


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