★子どもだから

 すべての殺害現場の確認が終わったのは、多くの宇宙人たちが帰路につく時間だった。他にめぼしい情報が新たに手に入ることはなく、レオンは先輩のスクワイトの顔色をうかがった。スクワイトは首を振っている。同じく情報なしということだ。


 スクワイトは時間を指さして、「今日は切り上げよう」とレオンに伝えた。


 現場のホテルから外に出ると、規制線の周りにいたマスコミや野次馬の姿はなくなっていた。そのことにスクワイトは苦笑した。


「もう野次馬たちがよそに行ったみたいだな」


 捜査を邪魔する存在がいなくなって清々しそうに声を出すが、人々の興味が移り変わって悲しそうにも見える。


「みんな新しい情報が好きですからね」


 レオンは諦めたようにそう言い放った。一つの星だけでも目まぐるしいほどの情報があふれている。それに、星々の交流、銀河間交流といった収集しきれないほどの話題が流れ込んでくるのだ。昨日の話題は、今日になると古くなる。それがこの世界の認識だ。


 レオンは近くの自販機から缶コーヒーを買うと、一息で飲み切った。疲れを吐き出すようにため息をつく。


 空気がしんみりとしてきたのを感じたスクワイトは、レオンの背中を叩いた。スクワイトの柔らかい触手がムチのようにしなって、ペチペチと音を立てる。痛みはないが勢いがあり、レオンは前へ前へと押される。


「辛気くさい顔をするなよレオン。明日頑張ろうじゃないか。そうだこの後、飲みに行こう。女の子を誘ってさ」


 殺害現場で怖がっていたとは思えないほどスクワイトは陽気に笑い出した。さらに、触手で背中を押された瞬間、レオンは横に移動してスクワイトから逃れた。


「俺は遠慮しますよ、先輩。一人で行ってください」


「ちぇ、つれないやつ」


 スクワイトは口を尖らせる。その時だった。


「おにーいさん」


 少女の声がレオンの背後で聞こえた。レオンは驚き振り向いた。スクワイトは急に聞こえてきた声に驚き、固まっている。レオンの後ろには、ワープラザで出会った地球人の姿をした少女だった。今日もマスクと大きく膨らむスカートを身につけている。レオンをお兄さんと呼ぶが全く赤の他人だ。それなのに少女はレオンをお兄さんと勝手に呼んだ。


「今日も会えたね。今、お仕事?」


 少女は規制線の張られたホテルをゆっくりと見上げながら言った。少女の目線はホテルに向いている。しかし、レオンは少女から視線を感じていた。謎の冷や汗が流れる。レオンは目の前の少女を叱りつけた。


「君はまたこんな時間に出歩いているのか? 子どもが来るところじゃないぞ」


 ここはホテル街。それも大人たちが使う場所だ。そんなところに十代そこらの少女がふらふら歩いているのだ。しかも、殺人事件のあった場所でもある。


「子どもが遊んでいるだけだよ、お兄さん」


 少女はするりとレオンの横を通り過ぎると、固まっているスクワイトに近づいた。少女は彼の触手を掴むと、頬にすり寄せた。そんなことをされているスクワイトは、体を青くさせて、ぷるぷると震えている。その様子は、まるで少女に怯えているようだ。当のスクワイトはなぜ体が震えているのか変らない様子で困惑し、少女にされるがままだ。少女はスクワイトの腕にうっとりしていた。


「あなたの体は興味深いね。とても落ち着く」


「お、お褒めに頂き光栄です」


 スクワイトは少女から離れようと体をよじるが、掴まれた腕はその場に固定されたかのように動かなかった。レオンはスクワイトを助けようと少女の腕を掴んだ。


「こら、先輩から離れてくれないか。君は家に帰りなさい」


 少女を引き剥がそうと試みるが、全く動かない。正直レオンは腕っ節には自信があった。少なくとも年下の女の子には負けないと思っていた。だが、動かない。少女はレオンにゆっくりと視線を向けた。刺すような目だった。


「ねえ、お兄さん。わたし、思い出したの。このホテルで死んだ男のこと」


「え、何か知っているのか?」


 レオンは驚き、少女の腕を掴む力を緩めた。新たな目撃情報になるかもしれないと思った。しかし、この少女を信じていいのかという葛藤もあった。


「ええ、遊んだことあるもの」


 少女はクスクスと笑うと、レオンの腕も掴んだ。がっちりとホールドされて外れない。男二人でも引き剥がせない力だ。本当に同じ地球人の女の子なのか、レオンは少女を恐ろしく思い始めていた。


「こっちで話してあげる」


 少女はそう言うと、街路地の奥へとレオンたちを引きずるようにつれて行った。


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