★逃避行

 レオンは宇宙船車のハンドルを握りながら、助手席に座る銀河姫を見た。彼女は気まずそうにレオンをチラチラ見ていた。


 あの後なんとか銀河姫を宇宙船車に乗せ、ワープステーションエリアから逃げ出した。しかし、彼女は宇宙の果てに行きたくないといい、宇宙連合や宇宙警察には言わないでほしいと泣きついた。理由を聞こうとすると、「それは……」と銀河姫は口ごもる。


 レオンはこれからどうしようか悩んだ。銀河姫をモルベリオスから守り、安全な場所に連れて行くこと。それが宇宙警察としては正しい仕事だろう。


 しかし、安全な場所である宇宙連合への引き渡しを彼女は嫌がっている。このまま当てもなく宇宙をふらつくこともできず、彼女を放置することもできない。


 レオンは式典で見た銀河姫の儚げな表情を思い出し、彼女は何か悩みがあるのではないかと思った。悩みを解決することで、宇宙の果てに行きたくない理由がわかるかもしれない。とりあえず仲良くなろう。レオンは銀河姫に声をかけた。


「あのー、行きたいところとかありますか?」


 銀河姫は急なレオンの問いかけに驚き、体をびっくりとさせた。そして、目を伏せてぽつりと言った。


「どこでも……」


 そう一言だけいうと、下を向いた。ただ、目だけはレオンを向いている。


 彼女の答えにレオンはますます悩んだ。


 どこに行っても彼女は目立つし、モルベリオス以外にも彼女を狙う者は多いだろう。誰かに相談したくてもできないこの状態に頭が痛くなる。ふとバックミラーを見たとき、後部の荷物に目が入った。


 カビ星人追跡に使用した変装道具、花星人のかぶり物だ。指名手配犯のシャドウから渡されたまま返す機会もなく、そのまま置いてある。レオンはそれを手に取ると、銀河姫に渡した。


「じゃあ、俺のおすすめの星にでも行く? これで変装してさ」


 銀河姫は目を丸くして花星人のかぶり物を広げた。そして、はじけるような笑顔で答えた。


「ええ、行きたいわ!」


「よし!」


 レオンはモニターに映る座標をセットした。すると宇宙船車は向きを変え、一気に加速する。銀河姫は隣で花星人のかぶり物を着るのに悪戦苦闘していた。


「ねえ、どこに行くの?」


 上半身を被らせた状態で銀河姫が聞いてきた。


「スターケット星だよ。あの星は宇宙人も多くて、店も入り組んでいる。みんな他人より商品に夢中になるところだから、隠れるのにちょうどいいと思って。それにとっても賑やかなところだよ」


「まあ、楽しそう! っと、この服着にくいわ」


 銀河姫はなんとか全身を花星人の皮の中に入れた。これでどこから見ても花星人にしか見えない。銀河姫は花星人の花びらや根っこ部分をいろいろと弄りながら、スターケット星に着くのを今か今かと待った。




 スターケット星。遠目からはカラフルなマーブル模様の惑星だ。近づけば近づくほど色鮮やかな建物が見えてくる。


 レオンは宇宙船車を駐める場所を探した。どの駐車場も乗り物であふれている。レオンが探し回っている間、銀河姫は窓に張り付いて、その景色に興奮した。頭の上の花が生き生きと輝いている。


「すごい、たくさん乗り物があるわ」


「式典会場にもたくさん乗り物はあったでしょ? お! ここが空いて……マイクロ宇宙船があるのか……」


「ううん、私が乗っていた場所は外の景色が見られなかったから。降りたときには、もう建物の中だったわ」


 銀河姫は窓から離れると、振り返った。さっきまで輝いていた花がしおれかかっている。


「そっか……」


 銀河姫を守るために、外から見えなくしていたのだろう。だが、その心遣いは彼女にとってつまらないものになったようだ。レオンはようやく駐められるところを見つけると、活動服を地味な紺色に切り替え、宇宙船車からさっと降りた。


「じゃあ、ここに来て良かったよ。君の気に入る物がたくさんあるはずだからね!」


 レオンは銀河姫に手を差し出した。エスコートしますよ。そう言いたげな手だ。銀河姫はレオンの手を握った。


「お願いします」


 駐車場を出ると、すぐに大きなアーチと看板がレオンたちを出迎えた。『ロゼリシャス通り』とパステルピンクで書かれている。アーチの向こうから甘い香りや美味しそうな香りが漂ってきた。その香りがレオンのお腹を刺激する。銀河姫は全身を大きく伸ばして深呼吸した。


「んー、いい香り! この星の飲食店かしら。お店の色がピンクで統一されていてとてもかわいい!」


「ここは飲食エリアだね。ほら、向こうに見える青い看板の先には機械類を売っているよ」


 銀河姫はレオンの指さす方向を見た。青のエリアには大きなロボットに乗った宇宙人たちがいる。


「上は乗り物系を売っていたかな」


 銀河姫は頭上を見上げた。空高くに紫色の建物が浮かび、その周囲を宇宙船がくるくると回っていた。別の方向には黄色の看板、緑の看板。遠くて何があるかわからないが、多くの看板が見える。


「あれは、全部お店なの?」


「そうだよ。この星にあるのはお店だけ。スターケット星全体が商業施設なのさ」


「とっても素敵! ねえ、はやく行きましょう!」


 銀河姫はレオンの腕を取ると、ロゼリシャス通りのアーチをくぐり抜けた。

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