★任務の終わり

 幸い緑豊かなこの星で花星人の体はカモフラージュしやすい。カビ星人に見つからないようにこっそり観察した。カビ星人は折れて腐った大木の上でひざを抱えて泣いている。

 レオンは変装を解くと銃を構えて近づいた。


「カビ星人、もう十分でしょう。俺と来てください」

「来るな! 俺を殺すつもりだろう! 俺はまだ自分の目的を果たしていない!」


 カビ星人はわめきながら石を投げてきた。


「落ち着いてくれ! 君を傷つける気はないよ。ほら、ね?」


 レオは銃をしまい、手を上げて立ち止まった。顔のすぐそばに石を投げられるが、次第にかび星人は落ち着いてきたようだ。タイミングを見計らって話しかける。


「どうしてこんなことをしているのですか? あなたの目的を聞かせてください」


 彼は息を切らしながら、答えた。


「お前は他の警察と違うようだな。復讐だよ。あの輸送船に何を運んでいたか知っているか? ワクチンだよ」


 レオンは輸送船の形とマークから、ウーベルティス社医療用輸送船だとわかっていた。話は続いた。


「俺たちのカビ胞子を無害化するワクチン。他の宇宙人とも交流が可能になった。でも……」


 彼はわなわなと体を震わせた。カビの胞子が飛び散る。


「重大な副作用を隠していた! そのせいで娘が! 娘が漂白病にかかってしまった!」


 カビは周辺の地面を覆うように広がった。レオンは慌てて側の岩の上へ避難した。

 カビ星人がこのまま暴れ続ければ宇宙警察は容赦なく彼を処刑するだろう。そんなことにはしたくない。レオンはカビ星人を落ち着かせようと、その場で必死に説得をした。


「こんなことをしても娘さんが悲しむだけですよ。抵抗すればするほど宇宙警察は容赦しない。あなたが殺されたら、娘さんの命も救えない」

「娘の命が救えない?」


 カビの勢いが収まった。もう一息だ。


「ええ、別の研究所で漂白病の治療法を探しています。最も有力な方法は近親者のカビ胞子移植です。さあ、俺も協力しますから」


 娘を思っての間違った行動。でも今なら彼はやり直せる。カビ星人は放心した様子でレオンを見ていた。レオンは岩から降りるとカビ星人に歩み寄る。そして手を差し伸べた。その手を取ろうと手を伸ばしたとき地面が急に暗くなった。上を見上げると、宇宙警察の宇宙船が迫っていた。


「カビ星人! そこまでだ!」


 カビ星人はその場から逃げ出した。しかし、彼は物陰に隠れただけで、追いかけてきたレオンを待っていたかのように両手を差し出していた。


「逮捕されるならあなたがいいです」


 その言葉を聞いてレオンは優しく両手を拘束した。


 カビ星人を宇宙警察の宇宙船まで連れて行く。その入り口ではガン警部補が待ち構えていた。ニコニコした表情でレオンの肩を叩く。


「おつかれさん。カビ星人は俺が引き受ける。お前は仕事に戻っていいぞ」

「それが俺の宇宙船車は壊れてしまったので、乗せてくれませんか?」

「なんだと? 壊した? 修理しろ、もちろんお前の金で。まあ、今回仕事をさぼったことは目をつむってやる。上にはずっと自分の仕事をしていたと報告しておくよ。カビ星人の事件とは全く関わっていないとな」

「そんな!」


 自分の働きを無かったことにされるなんて! 抗議の声をあげる前にカビ星人は宇宙船の中に連れて行かれ、レオンをその場に残して宇宙船は飛び去ってしまった。


 せっかく頑張ったのに。落ち込みながら墜落した自分の宇宙船車のもとに戻る。壊れたはずの宇宙船車は綺麗になっており、助手席にはシャドウが座っていた。


「おかえり。どうした暗い顔をして?」


 妙に優しいシャドウが出迎える。レオンは運転席に座ると、ハンドルに顔を押しつけた。


「関係ないから帰れと言われたよ」


 レオンはそのままため息をつく。


「上司に手柄を取られたのか。宇宙警察って嫌な奴もいるもんだな」


 レオンは無言だった。自分の頑張りが認められずに悔しかった。でも、自分のやったことに誇りは持っている。カビ星人は処刑されずにすんだ。あとは彼が刑務所にいても病気の娘のサポートができるように手配するだけだ。気持ちを切り替えようとするレオンの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。


「俺を捕まえてくれるか?」


 聞き間違えかと思ってシャドウをみる。シャドウは両手を差し出していた。自分から捕まろうとするなんて何かがおかしい。レオンはシャドウを凝視する。

そして違和感を覚えた。首の不自然なつなぎ目。レオンはフードに手をかけると思いっきり引っ張った。簡単に服が破れて中からあのカビ星人が現れた。



 ★



 宇宙警察の宇宙船の扉が開かれる。誇らしげな顔でガン警部補が降り立った。


「この俺が! 俺がカビ星人を捕まえました!」


 連れてこいと、宇宙船内の部下に合図をするが、出てこない。ガン警部補は宇宙船の入り口を覗いた。


「おい、何をしている! 早く連れてこないか!」


 彼の部下たちは宇宙船の中を慌てた様子で走り回っている。その中のひとりがガン警部補に報告した。


「その、カビ星人ですが……いません、消えました!」

「なんだと!?」


 報告を聞いて驚くガン警部補の肩が叩かれる。振り向くとそこには警視が立っていた。


「ガンくん。先ほどレオンくんから報告が来てね。カビ星人を留置所に連れてきたよ。さきほど君が捕まえたと言っていたがどういうことかな?」

「あ! そうでした。レオンに任せていました。ははは、うっかりしていました」


 いいわけをするガン警部を疑うような目で警視は言った。


「あとで詳しく話を聞かせてもらいますよ」



 ★



 レオンが署に戻ると、拍手で迎えられた。ミウさん以外の宇宙人も拍手している。


「すごいわ、レオン君。カビ星人のこと聞いたわよ」

「やるじゃないか地球人」


 褒められるのには慣れていなく、レオンは照れるばかりだった。カビ星人はシャドウの皮を被って入れ替わっていた。そのおかげで上司に手柄を取られずにすんだ。


 いつシャドウとカビ星人と入れ替わっていたのかレオンにはわからない。一瞬逃げた隙か、それとも説得していたときにはもう入れ替わっていたのか。


 シャドウは指名手配犯だが、ほんの少しだけ感謝した。しかし、なぜシャドウは助けるようなことをしたのだろうか。その謎がレオンの心に引っかかった。



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