第80話 人助け?幽霊助け?

 反射的にお店の扉を開いていた。


 目に飛び込んできたのは、巨大な捻じくれた鉄の固まりだった。

 一つの大きな固まりがもう一つの小さな固まりを横から押しつぶしている。

 そんな光景だった。


 固まりとは車、すなわち、交通事故だった。

 思い至った瞬間、ゾクッとした。

 帰ってこない両親、突然の電話、事故……


 首を振って嫌な感じを振り払う。

 大丈夫、あれはもう過去のこと。

 でも……

 カナは……?


 思った瞬間私の足は動いていた。

 すぐに自分の家の中に飛び込む。

 と、


「わっ!」


 誰かとぶつかった。

 誰か……、カナだ。


「お姉ちゃん?」


 良かった無事だった。

 ほんと血の気が引いてしまったよ。


「ふー……」


 息を吐いて冷静になる。

 最優先のカナの安全は確認できた。

 なら次にすることは?


「カナ、私はちょっと様子見てくるから上に行ってて」


「えっ? でも……」


「お願い」


「……わかった」


 ちょっとどこか不満げだけど、カナは私の言う通り、上に戻っていった。

 あの現場をカナに見せるのはどうかと思ったのだ。

 私もまだそんなに詳しく見ていないけど、あの音と見た目からして大変なことになっていることは想像に難くない。

 できれば私自身もあまり近くに行きたくないところではあるんだけど、私の中の何かが確認しろと促す。

 きっと安心したいのだと思う。

 音は凄かったけど、何事もなかったということを。


 そんなはずはないのに。


 カナを上に行くのを見送ってもう一度現場を見ると、小さな車から引きずり出される人影。

 女の人は頭から血を流している女の人、それにそれに抱きしめられるようにしている女の子の姿。

 どちらも気を失っているのだろう。

 駆けつけた近所の人たちが懸命に車から離そうとしている。

 そうか、車が炎上する可能性があるんだ。

 それで急いで車から救助しているんだ。


 そんな光景を私はただただ見ていた。

 正直に言ってしまうと、単なる野次馬。

 そもそも、幽霊の私には何もできることがない。

 私にできるのはただ成り行きを見守ることだけだ。


 運び出された女性はちょうどミドリの家の前まで連れ出された。

 よく見れば運んでいるのはミドリのお父さんだった。

 地面に寝かされた2人の頬を揺すったりしてる。


「女性の方がまずいぞ! 早く! 救急車を!」


 叫び声が聞こえてきた。


 女性の体から何かが透けるように浮き出てきた。

 起き上がるように、透けでたそれが浮かび上がる。


「幽霊……」


 思わず声に出してしまった。


 女性の幽霊は目を開き、自分の手を見つめる。

 そして、すぐに女の子の方に寄っていった。

 顔からは溢れるような涙。

 声にならない叫びが聞こえてくるようだった。


 見ていられなかった。

 無意識のうちに私は指輪からポーションを取り出し、女性に走り寄る。

 一瞬ミドリのお父さんがこちらを見たのがわかった。

 それにも構わず、私はポーションを女性の身体に振りかけた。


 女性の幽霊は変わらず、女の子に寄り添っていてこちらには気がついていない。


 もう一つポーションを取り出して、今度は女の子にも振りかける。

 女性は何か違和感を覚えたのか周りを見回し、私と目があった。


「~~~~~~~~~~~」


 何か言われた感じがしたけど、単なる音になってしまっていて内容がわからない。

 ポーションの中身をすべて振りかけ終える。


「これで多分大丈夫」


 誰ともなくつぶやく。

 いや、目は合っているから女性に向かって話したことになるのかな?


 女の子を見ると、荒れていた呼吸が穏やかになっている。

 うん。ちゃんと効いているみたい。


 女性の方も頭にあった傷が塞がって……って、あ……

 あー、ひょっとしてやっちゃったかな?

 何も知らない人から見たら、勝手に傷が直ったみたいな?

 いや、頭から出ている血は消えたりしてないから気づく人はそんないないはず……?

 まぁ、やってしまったもんはしょうがない。


 自己反省している間も女性の幽霊は私をじっと見ていた。


「~~~~~~~~~~~」


 相変わらず、何を言われているかわからないけど。


「戻ったほうがいいですよ。あまりその状態はよくないです」


 女性の身体を指差して促す。

 あっちからの声は聞こえないけど、こっちからの声って伝わっているのかな?

 女性の幽霊は、私と女の子を見比べ、


「~~~~~~~~~~~」


 身体に重なるようにして戻っていった。

 幽霊は溶けるように身体に吸い込まれ。


「息を取り戻したぞ!」


 そんな歓喜の声が聞こえてきた。


 これでとりあえず安全だろう。

 その後、救急車がすぐにやってきて、2人を乗せて去っていった。

 後を追うように警察がやってきて、すぐに現場が保存。

 近所の人たちも離れるように指示され、ミドリのお父さんも家の中へ戻っていった。



 疲れちゃった。とりあえず落ち着きたい。

 私も自分の家へ戻る。

 2階に上がると、カナが心配そうに階段の前に立っていた。


「お姉ちゃん……」


 外の様子は見ていなかったみたいだけど、あれだけ騒ぎになっていたから色々と聞こえていたんだろう。


「大丈夫だよ」


 カナの頭をなでながら笑いかける。

 カナもそんな私の様子を見て安心したのか、笑顔を見せてくれた。



「とりあえず、ご飯にでもしようか。カナもお腹へったでしょ?」


「うん!」


 後の時間はミドリがやってくるのを待って夕飯を食べた。

 ミドリに、


「ハル何かしたの? お父さんが何か言ってたけど」


 なんて聞かれたりなんてしたけど、それ以外はいつもの日常だった。

 突然の事故でびっくりしてしまったけど、私達の平和はまだまだ続くようだ。




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