第70話 ”出る”家

 商業ギルドに入ると、カリナさんは受付の人と話し始めた。

 受付さんは、カリナさんの言葉を受けて奥に下がっていく。

 冒険者ギルドと同じように奥に階段があり、その奥にギルドマスターの部屋がある感じかな?

 数分後、受付さんが戻ってきてカリナさんに何か言う。

 カリナさんも頷いている。


「会ってくれるそうです。行きましょう」


 私に念話を飛ばしてくれる。

 よかった。ちょっとだけ心配してたんだけど、問題なかったね。


 二人とともに、ギルドマスターの部屋に入った。

 ギルドマスターさんは、机に座り、事務仕事っぽいことをしていた。

 カリナさんとレアさんを見ると、笑顔で迎えてくれた。

 さて、商業ギルドのマスターに私のことを説明だね。

 どうせまた今までと同じような反応されるんだろうね。

 流石に慣れてきたけど……ねぇ。



「そんなわけで、私が生産者です」


 毎度の如く驚かれるのには、何の感想も抱かなくなってきた。

 大体皆同じ反応だしね。

 商業ギルドのマスター、イティアさんも私を見てすぐは同じだった。


「なるほど……、何か裏があるのでは? とは思っていましたが」


 でも、流石商人、驚きはしたけれど、立ち直りは今までで一番早かったよ。

 どうやら、怪しいとは思われていた様子。

 やっぱりこの人油断ならなそうだね。


「まさか、女の子の幽霊が作っているとは想像できませんでしたよ」


 まぁね。流石にそこまで推測できるわけがないよね。


「ひとまず、私のことは秘密でお願いしますね」


「ええ、わかっています。事情も理解できますし、問題ないです」


 一応釘を指しておいたけど、心配なさそうかな?


「互いに利のある関係を築きたいですね」


 まぁ、やっぱり商人だなぁと思うところはあるけれども……




「なるほど、家を借りたいというわけですね」


「はい。私一人でも活動できるところが欲しいです」


 ひとまず、私の要望を話した。


「ご要望はわかりましたが……、うーん……」


 要望を聞いたイティアさんは、難しい顔をして唸っている。

 やっぱり幽霊が家を借りるとか無茶だったかな?


「イティアさん、もし難しいようでしたら私達が代理で借りるとかでも大丈夫です」


 その様子を見た、カリナさんが助け舟を出してくれた。

 できればその手段は取りたくないんだけど、背に腹は代えられないかなぁと思いつつある。

 しかし、イティアさんは、首を振った。


「いえ、名義など大した問題ではないのです」


 あれ? そうなの?


「では?」


「今、ご要望にちょうどご紹介できそうな貸家がないのです」


 あー、そういう問題があったか……

 確かに、壁に囲まれている以上、街の広さには限界があるからね。


「まったく、どこにもないのか?」


「ないことはないんですが、治安が悪かったり、問題があったりする家ばかりなのです」


 レアさんの問にも、イティアさんは首を振る。

 街の西側はそんなに治安が良くないとかって言ってたっけ?

 問題がある家ってなんだろう?


「問題があったり……とは?」


 私が聞く前に、レアさんが聞いてくれた。


「近隣住民に問題があったり、あとは、いわゆる”出る”家ってやつですね……」


 ”出る”

 つまるところ?


「幽霊が出るという噂があるのです」


 重い顔をして言うイティアさん。



 幽霊ね……、ベルに聞いていたけどこっちの世界にもいるんだね。

 あっちみたいに、あの悪霊みたいなやつじゃないといいけど。


「幽霊か……」


 まぁ、私も幽霊ではあるんだけどね……

 でも、私は神様にお願いしてなってるから、ちょっと例外だと思う。

 だから、レアさんもカリナさんも私のこと見ないで。


「あ、もちろん、ハルさんのことではありませんよ。相当前から噂になっていますし」


「……そんな噂あったんですか?」


 カリナさんも知らなかった様子。

 まぁ、カリナさんは幽霊苦手みたいだし、もし周りに知っている人がいても教えなかったと思う。


「ええ、この街に古くから伝わる話と聞いています」


 イティアさんが話してくれたのは、どこにでもあるような悲劇の話だった。


 あるところに、幸せな家庭がありました。

 その家には、父と母、幼い双子の姉妹が住んでいました。

 4人は家族仲も良く、両親も優しく、まさに理想の家族と周りから噂されていました。

 しかし、そんな家族に悲劇が起こります。

 事故で両親が亡くなってしまったのです。

 双子はそれを知らずに、両親を待ちました。

 不幸だったのは、家族と仲が良かった人達もたまたま近くにいなかったことです。

 幼い双子は両親を待ったまま、空腹で亡くなりました。

 そんなこの世界ではありふれた話。


 らしいよ。

 両親が事故でねぇ……

 どこかで聞いたことある話だなぁ。

 まぁ、私とカナは双子じゃないし、隣にミドリっていう幼馴染もいたからそんなことにはならなかったけど。

 でも、一歩間違えば他人事じゃなかったかもね。


「そんな悲しいことが……」


「まぁ、本当かどうかはわからないですけどね」


 カリナさんのつぶやきにイティアさんが返す。


「まぁ、ただ、噂ではその双子の姉妹の幽霊が未だに家で待っているとのことです」


 忠犬なんちゃらみたいだね、とか思っちゃいけないよね。

 本当だったとしたら悲しい話だし。


「その幽霊達は何か悪さをするのか?」


「別に悪さをするという話は聞いていませんからね。ただ、何か気配を感じて気味が悪いということです」


「なるほど、それで冒険者ギルドには話が来ていないわけか」


 別に害があるわけではないから、討伐とかにはならないわけか。


「ちなみに、その家で良ければ格安でお売りできますよ?」


「売り? 貸すではなく?」


「はい。もう、何年も放置されている家ですし、誰も住まない家ですので」


 購入か……、ちょっと魅力的ではあるね。

 こっちにベル連れてくるとして、できればこっちでも錬金術できるようにしたいってのもある。

 そうなると、どんなことがあるかわからないから、購入の方が助かる。


「おや? 興味お有りで?」


 イティアさんが、私の表情に目ざとく反応する。


「今ならそうですね……、このくらいでいかがでしょうか?」


 ささっと、イティアさんが紙に書いて見せてくる。

 ここ何日かで数字は流石に覚えた。


「賃貸と同じくらいではないか!」


 レアさんが覗き込んできて驚く。

 そうなのだ、価格はレアさんたちに聞いていた相場と大体同じくらい。

 むしろ、それより安いくらいだった。


「いかがでしょう? 外から見るだけでもいいですよ?」


 うーん、どうしよ。

 正直、心惹かれるものはある。

 まぁ、見に行くだけ行ってみようかな。

 その幽霊とやらも他人事とは思えないし。

 この世界の幽霊ってのも気になる。


「それじゃあ、行ってみることにします」


「そうですか! ありがとうございます!」


 嬉しそうにするイティアさん、その反対にカリナさんは青い顔をしていた。

 いや、別に無理に付いてきてくれなくても大丈夫だよ?






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