第8話 小説でなく現実

 ミドリが泣き止むまで10分ほどかかった。

 ずっと撫で続けていたので若干腕が重……くないね、幽霊だし。


 目が膨れてるし、真っ赤だ。

 このまま帰ったらきっとナナミさんに問い詰められること間違いなしだ。


 とりあえず、メッセージを送ろう。

 っと、さっき抱きしめたときに携帯落としちゃってるから、拾わなきゃ。


『落ち着いた?』


 ミドリは目をこすりながら、メールを確認する。


「うん。もう、大丈夫」


 そっか、それならよかった。


「それで、本当にハルなの?」


 ふふっ、あれだけ泣いておいて今更じゃないかな。


『そうだよ。幽霊になってるから見えないんだけどね』


「幽霊……、ちょっと信じがたいけど、ここのことも知ってたし、本物か」


 ようやく、ちゃんと信じてくれたらしい。

 もっとも、あれだけ泣いた後だし、念のため確認という感じだろうけど。


「それにしても、幽霊なんて本当にいるんだ」


 うん。

 あれ? いや、でもちょっと違うかも?


『いや、ちょっと事故にあった原因が神様にあってそれでなんとか戻ろうと、神様と交渉したらこうなったのよ』


「神様? 交渉? どういうこと?」


 えっと、うん。

 とりあえず、事故にあった朝からの話メールで説明しないと。


 メールと口頭なのでやり取りが大変だけど、なんとかこれまでの経緯を説明した。

 見えないし、返信遅いと心配かけちゃうから、なるべく早く文字打とうとして大変だった。


「それじゃあ、ハルが死んだのは神様のせいなの? それにしたって、異世界転生……Web小説でよくある設定みたい……」


 Web小説?

 あー、そういえば、神様もそんなようなこと言ってたっけ?

 だけど私にとって、これは小説ではなく、現実だ。


「うん。とりあえず、わかった。にわかにはまだ信じきれてないけど、幽霊のハルがいるしね。もう何があってもおかしくないよ」


 ミドリが笑う。

 考えるのをやめたときの笑いだった。


「それにしても、神様と交渉してまで戻ってきちゃうのがハルらしいよね。私だったら諦めちゃうかも」


 それは……


『カナが心配だったから』


 結局のところそれに尽きるのだ。

 ミドリのことは、うん。まぁ。


「……うん。わかるよ。ハルのことだし、もうカナちゃんの様子見たでしょ?」


『当然』


「カナちゃんね、ハルが死んでからずっとあんな感じなんだ。部屋から出てきてくれない。ご飯はなんとか届けて食べてくれてるみたいだけど……」


 ナナミさんとの会話を聞いたとおりのようだ。


「心配だから、今は、私がハルの家に住んで様子を見てたりするんだけど。ずっと姿を見せてくれていなくて」


 えっ? そうなんだ。

 ありがたいけど、若干恥ずかしい気持ち……もないか。

 ミドリも家族みたいなものだし。

 勝手知ったるって感じだろう。


「でも、ハルが帰ってきたってわかったら大丈夫ね! きっとカナちゃんも立ち直ってくれるよ!」


 ……あー


『そうであってくれたら良かったんだけどね。というか、そうであってくれるとは思うんだけど』


「だけど……?」


『そもそも、幽霊で帰ってきました。なんてどうやって伝えるのさ。私の姿は見えないし、声も聞こえないよ?』


「私と同じようにメール……って、そっかカナちゃん携帯持ってなかったね。じゃあ、紙とか……」


『カナの様子を見るに書いてるところ見てくれないと思う。ずっと伏せちゃってるし。それに』


 一番大事なこと。


『今の私、カナに近づけないのよね』


「どういうこと?」


『カナは黒いモヤみたいのに覆われていて、近づくと変な思念が入ってくる。さっき近づいたら飲まれちゃいそうになっちゃったし』


「……黒いモヤ?」


 なにそれと言いたげにミドリが首をかしげる。


『私もわからないけど、あんまりよくないやつだとは思う。……いるかわからないけど、悪霊とかいるならああいうやつかも?』


「悪霊ね……幽霊がいるんだからいてもおかしくないけど。って、それがカナちゃんに憑いてるってこと!?」


『悪霊はあくまでも私の例え。でも、あの状況続けるのは良くないと思う』


 ここまで説明して、改めてどうしたものかと悩んでしまう。

 ミドリも内容を咀嚼そしゃくして目をつぶって考え始める。


「やっぱり姿を見せるとかはできない? 声は?」


 それね、そうできたら話は早かったんだけどね……


『無理。少なくとも今の私にはやり方わからない』


「幽霊を映す方法……、写真に撮るとか?」


 言うが早いが、ミドリは自分のスマホを取り出しカメラを構える。


「ハル! 正面に入って!」


 写真あんまり好きじゃないんだけどなぁと思いながら、言われ通りフレームに入る。


『入った』


「ほら、笑って! カナちゃんを安心させないと!」


 苦笑いを浮かべる。


 パシャッ!


 シャッター音が響き、ミドリは撮った写真を確認する。

 だが、ミドリの顔は曇ってしまった。


「……映ってない」


 あー、やっぱり駄目なんだ。

 世の心霊写真とかどうなってるんだろう。

 それとも私だけ映らないとか?


 ともかく、カメラは駄目みたいだ。


「幽霊ならカメラに映るかもって思ったのになぁ……」


『そもそも、私自身がどういう存在かわかってないからね。何ができて何ができないのかもイマイチわかってない』


「……異世界転生ネタなら神様がちゃんと説明してくれるんだけどねぇ。プロローグとかで」


 残念ながら、急ぎだったので短縮してしまった。

 もう少し、神様問い詰めるべきだったか……


「……じゃあ、確かめようよ」


 うん?


「ハルの好きな、検証ってやつだよ! 今のハルがこの世界でどういう存在なのか!」


 検証の意味が若干違う気がするけど、気持ちは伝わった。

 これまでは確認するすべがなかったからできなかったけど、ミドリがいる今ならできる。

 私はニヤッと笑っていた。


『検証始めようか!』



 検証。

 実際に物事に当たって調べ、仮説などを証明すること。

 とりあえず、仮説を立ててみよう。


『ひとまず、自分のことは幽霊みたいな存在だって思ってる。神様もそんなようなこと言ってたし。ただ、色んなことに魔力を消費するとか言ってたかな?』


「神様お墨付きの幽霊かぁ。というか、魔力? 魔法あるの!?」


 何やら魔法という言葉を聞いてミドリが興奮している。

 ミドリ、そういう話好きだからねぇ。


『魔法はある。さっき話した錬金術もその一種だろうし』


「そういえばさっき話してた、クリスタル? だっけ、それに教えてもらったんだよね」


『最低限だけね。魔法に関しては、物掴んだりとかだけだけど』


「さっき、私を触ったのもそれの応用?」


『そう、手に魔力を込めて干渉する感じ? ミドリを抱きしめたのもそうだし、今も携帯いじってるのもそうだよ』


「あっ! そうだ携帯! もしかして、さっき落としてなかった!?」


 落としてたけど。ひょっとして?


『さっき、抱きしめたときに落としちゃってたみたい。その反応だと見えてたの?』


 うん、とミドリは頷く。


「下に落ちてるのは見たんだけど、いつの間にか、見えなくなってた」


 やっぱり見えてたんだ。

 でも、今目の前でいじってる携帯は見えてないってこと?

 ってことは?


『ちょっと実験してみるから地面見てて』


 地面に丸を書いてみる。


『この丸見える?』


「見えるよ! 何もないのに、丸が描かれた感じ」


 ふむ、これは想定内。

 私が行動した結果は見えるのかな。

 向うからしたらポルターガイスト現象みたいなものかな?

 じゃあ、次だ。

 丸の中に携帯を置いてみる

 携帯から手を離した瞬間。


「あっ!」


 ミドリが声を上げる。


「何もないところから携帯が出てきた!」


 やっぱり私が離した途端見えなくなるのか。

 予想通りだ。

 今度は、指で触ってみる。

 ミドリは何も反応しない。

 持って地面から離してみる。


「消えた!?」


 うん。なるほど。

 そのまま、携帯でメッセージを送る。


『やっぱり、私が持ってると見えなくなるみたい。それで、手を離したら見えるようになるみたい』


 続けて送る。


『触ってるだけじゃ駄目だったから、他の何かと繋がりがあると駄目ってことかな?』


「なるほど?」


 繋がりっていうのがミソかな?

 つまり、私以外と何も接触していないってのが見えなくなる条件かな。

 さっきの例だと、地面と接してたら駄目。

 

『私と私の一部は、最初から見えない。それと私が持っていると思われるやつはきっと見えなくなるんだと思う』


「なんとなくわかったけど、それじゃあ、さっきの僕とかは? 他の人からすると見えなくなってたりするのかな?」


 うーん、確かにどうだろうなぁ。

 さっきの状態は、ミドリが地面に接触していたから見えるとは思うんだけど。

 例えば、私がミドリを抱きかかえたりすると、見えなくなったりするのかな?

 検証はしたいけど、他に人もいないし……

 そういう旨をまとめて、ミドリに送った。


「あー、そうだよねぇ。お母さんに言うわけにはいかない?」


 ナナミさんにか。

 どうしようかな。


『ナナミさんくらいならいいけど、正直、幽霊になって戻ってきたとかあまり多くの人に知られたくないかな』


「あー、それじゃあ、一応内緒にしておこうか。お母さんがお客さんとかに口滑らせたりしたら大変だし」


 息子のナナミさんに対する扱いが……

 いや、うん。わかるけど。

 ナナミさん、乗っちゃうとうっかりしちゃうことあるような人だし。


「じゃあ、カナちゃんが治ったらまた実験かな?」


 だね。まぁ、二人でできる限りのことは今やってしまいたいけど。

 その後、周りの石とか、少し可愛そうだけど、葉っぱとか草とかをむしって持ってみたらやっぱり消えた。

 あたりに猫でも入れば生物でも検証できるんだけど、あいにくと野良猫なんて最近見ないしね。

 とりあえず、無機物に対しての実験はこれで完了かな。



 次の検証に入る。

 それはコミュニケーションに関して。

 というのも、声とメールのやり取りはやっぱり結構大変なのだ。

 できるのであればもうちょっと簡単なコミュニケーション方法を取りたい。

 というわけで、


『なにかもうちょっと簡単なコミュニケーション方法を考えたいんだけど、何かないかな?』


 なんともなしに、ミドリに聞いてみる。


「うーん、やっぱり話せるのが一番だと思うんだけどやっぱり駄目?」


 うん。やっぱり始めに考えるのはそうだよね。


「ミドリ。聞こえる?」


 試しに呼びかけるけど、ミドリはなんも反応しない。


『やっぱり駄目みたい。今も話しかけてみたんだけど』


「全然聞こえなかった」


 うーん、音は空気の振動だけど、そもそも、私の喉から声が出てない感じなのかな?

 声帯とかないしね。


「電話での通話とかも駄目かな?」


 通話?


「幽霊との会話に電話でなら声が聞こえるってゲームがあってね」


 そんなゲームあるんだ。

 でも、試してみる価値はあるかもしれない。


『ちょっと今から電話かけるから出て』


「了解」


 ミドリの返事を待って、ミドリに電話をかける。

 ミドリのスマホが着信音をたてる。


「もしもし? ハル?」


 ミドリが出たのを確認して、私も話しかけてみる。


「もしもし、ミドリ? 聞こえる?」


 だけど、ミドリは何も反応しない。

 さっきと同じだ。


「ハル?」


 駄目だね。

 私は、しゃがんで石を落として音を鳴らす。

 ミドリの目が下に向いたのを確認して、私は、地面に✕印を書いた。


 こういうちょっと凝った方法なら音も聞こえるわけか。

 

 でも、簡単なコミュニケーションくらいにしか使えないかなぁ。

 一回で肯定、二回落とすとで否定とか?

 なんか、テレビで見る、吠えた回数で答える天才犬みたいだね。

 そもそも、書いたほうが早いし。


 ともかく、現状は、こうして私からはメールでのコミュニケーションしかなさそうかな……

 今はとりあえず頑張ろう。

 向う行ったら、ベルに相談してみようかな。

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