第6話 幼馴染で親友

 どうして皆いなくなちゃうの?

 私がいけないの? 私がいるから?

 私のせいで、私のせいで、私のせいで


 深い後悔と悲しみの感情だった。

 それは一瞬のうちに私に波のように襲いかかる。


 まずい!


 私は咄嗟に後ろにとびのいた。

 あのままあの感情に飲まれていてはまずい、そんな気がしたのだ。


「……ふーぅ」 


 黒いモヤから離れた私は深く息を吐いた。

 中に入ってしまった感情を出すように。


 改めて黒いモヤを、少し離れて見てみる。

 やっぱり、カナから出ているように見える。

 カナは黒いモヤの中、微動だにしていない。


 やっぱりあれはカナの感情なの?

 根拠はないけど、あたっていると思う。

 そして、あれを放っておくのはまずい、一瞬触っただけでも飲まれてしまいそうなくらいだったのだ。

 それを発している本人の気持ちなんか押し測れるものじゃない。


 だけど、近づけない。

 近づくと、またさっきと同じになってしまう。


「カナっ! ……カナっ!」


 呼びかけてみるけど、やっぱり反応はない。

 そもそも聞こえていない感じがする。

 幽霊になった弊害ってやつかな。


 そもそも、カナはいつからこうなっているんだろう。

 ひょっとして私がいなくなってからの10日間ずっとこんな感じなのか?

 だとすると一刻の猶予もないかもしれない。

 じっと見ていると黒いモヤが私に近づいてきた。

 まるで意思を持った蛇みたいだ。


 仕方なく私は部屋から出た。


 黒いモヤは部屋から外まで追ってこなかった。


「……ふーぅ」 


 まさかカナがあんなことになっているとは、落ち込んでいるとは思っていたけど、流石に想像以上過ぎた。

 それだけ私が大事な存在だったってことなんだろうけど……

 それだったら私がここにいることをなんとか伝えられればなんとかなるかも?

 でも、どうすればいいかな……

 声は届かなかった。

 姿もあの感じだと見えていないだろう。


 文字を書いて見せる……とか……?

 でも、あの様子だと信じてもらえるか怪しそう。


 やっぱりなんとかして姿を見せるのが一番な気がする。

 今はその方法がないけど、なんとか……帰ったらベルに聞いてみよう。

 錬金術を使えば何かできるかもしれないし。



 トントントントン


 考えていると、音が聞こえてきた。

 誰かが階段を登ってこちらに来る音だ。

 この家は私とカナの二人暮らしだった、両親は既にいないし。


 誰? 泥棒とかじゃないよね?


 トントン


 様子を見守っていると誰が姿を見せた。

 それは、見覚えがある、ありすぎる姿だった。


「……ミドリ?」


 階段を登ってきたのは幼馴染で同じ歳の女の子だった。

 ミドリは私の親友といってもいいくらいの存在。

 そのミドリがうちにやってきた。

 何やら手提げ袋を持っている。


「ふぅ……」


 ミドリは居間にくると、悲しげに息をついた。

 その後、


 パンッ


 っと軽く自分の頬を叩いて、笑顔を作った。

 笑顔が空々しい。

 どう見ても悲しみを隠せていない。

 わかってはいたけど、私が死んで悲しんでいるようだ。


「ミドリっ!」


 ダメ元でミドリの前に立って呼びかけてみる。

 しかし、ミドリは私に気がつくことなく、私をすり抜けていった。


 あー、わかってはいたけど、こうも反応されないと自分が本当に幽霊になったんだってわかって、少し落ち込むなぁ。

 あっちにいたときはベルとは普通に話せてたし。


 ミドリはカナがいる部屋の前に立った。


「カナちゃん。お昼持ってきたよ!」


 扉の前から呼びかける。

 だが、中から反応はない。


「今日はお父さんがとっておきを作ってくれたんだ。一緒に食べない?」


 ミドリは構わず続ける。

 だが、相変わらず反応はない。

 中のカナの様子を見てしまったからわかるけど、きっとあのままなのだろう。

 その後も少しミドリは話し続けていたけど、


「それじゃあ、今日もお昼ここに置いておくからね」


 と、言って部屋の前に手提げ袋からお弁当箱を出して扉の前に置く。


「後で回収にくるから。またね」


 振り返ったミドリの表情は少し泣きそうな、悔しげな顔をしていた。

 そのまま下を向き、ミドリは居間を出ていく。


 私は、その後についていくことにした。

 あのカナをなんとかするためにもミドリとどうにかしてコンタクトを取りたい。

 そっちのほうが可能性があると思う。


 ミドリは階段を降りていく。

 階段を降りた先に事務所のスペースがあり、表に行くと元お店のエリア、逆に行くとお風呂などの生活スペースになっている。

 もっとも、元お店のエリアは居間はほとんど何もなく、ただ、商品が陳列されていた机だけが残されているだけだけど。


 階段を降りたときに、私は事務所の机に自分の鞄が転がっているのが見えた。

 あー、そういえば、道路に飛び出すときに、地面に放り投げたような気がするなぁ。

 回収しておいてくれたのはありがたい。


 鞄は後で見るとして、今はミドリだ。

 ミドリは事務所スペースからお店エリアに向かってそのまま家を出た。

 そして、隣のミドリの家でもある、洋食店に帰っていく。


 洋食店はミドリのお父さんが料理人をしており、お母さんがウェイトレスをしている。

 私やミドリも手伝っていたし、食事の面でもミドリ一家には大変お世話になった。


 お店の中を見ると、中は誰もいなかった。

 そうか、今日は定休日か。

 お店は飲食店だが、ミドリの両親が家族の時間を大事にしたいとのことで定休日が週に2回ある。

 個人経営のお店だし体力的に辛いとの事情もあるのだろう。

 それでも経営は安定しているというのだからすごい。

 まぁ、おじさんの料理は美味しいし、最近だと配達とかにも手を出しているらしいからね。


 ミドリは誰もいない店内に入ると、椅子に座って息をついた。

 そこに、一人の女性がやってくる。


「おかえり。カナちゃんどうだった?」


 ミドリの母親のナナミさんだ。

 ナナミさんからの声に、ミドリは力なく首を振る。


「今日も駄目だった。何も話してくれなかったよ」


 ミドリの言葉に、ナナミさんも「そう……」とだけ悲しそうな声で言う。


「もう、10日にもなるのね……」


 私が死んでからの日数のことだろう。

 ミドリは黙っている。


「カナちゃん心配ね……食事は食べてくれてるみたいだけど、お葬式以来姿見せてくれなくなっちゃって」


「それだけハルのことがショックだったってことでしょ」


「そうね、一人になっちゃって、うちで暮らしてくれてもいいのに」


「カナちゃんにとってはあの家が家族との思い出だから」


「そうね……」


 どうやら、ナナミさんもカナのことを心配してくれているみたいだ。


「でも、いずれにしても、このままじゃ駄目ね。早くなんとかしないと」


「わかってはいるんだけど、無理やり連れ出すのもなんか違う気がするんだよねぁ……」


「それは私もわかっているのよ? でも、それでもあまり長くは続けさせられないわよ?」


「わかってるよ。だからもうちょっと私に任せて? お願いお母さん」


 ミドリの言葉に、「しょうがない……」といった感じで引き下がるナナミさん。

 話の流れからすると、どうも、カナのことは今はミドリに任せられている感じのようだ。

 それもミドリから言い出したみたい。

 もっとも、ナナミさんからしても、まずいとは思っているけど、どうにもできないみたいな雰囲気を感じる。

 ナナミさんは、奥へと引き下がっていく。


 ほんと、死んでからも、というか、死んじゃってお世話をかけますと言った感じだ。

 やっぱり私がどうにかしなくては、いや、ミドリは巻き込むけど。

 ミドリの協力は是非としても得なければならない。

 でも、どうすればいいかな……


 声は届かない。

 だったら、やっぱり文字とか?

 でも、突然目の前でペンが動き始めたら幽霊と勘違いされないだろうか?

 いや、勘違いではないけど、ミドリは強がってるけど結構怖がりだからなぁ。

 逃げられたらたまったもんじゃないし。


 考えながら、ミドリを見ていると、ポケットから何かを取り出した。

 スマートフォンだ。

 後ろから覗き込むように見てみると、ミドリはスマートフォンを操作し、メールを開く。

 そして、一つのメールを開く。それは私からの最後のメールだった。


 内容はなんでもないメールだ。

 日直だから今日は早めに学校行くから、私が送ったメール。

 事故にあった朝に送ったやつだ。


 それをミドリはそれをじっと見ている。

 短い文言を何度も読み返すように。


 あー……、わかってはいたけど、カナの手前元気そうにしてただけで、ミドリの方も相当キテるねこれ。

 よくよくミドリの顔を見れば、隈はあるし、頬も前に比べて少しコケている気がする。

 雰囲気も今にもカナから出てたような黒いモヤが出てきそうな感じさえある。


 と、そこでやっと気がついた。

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