第5話 私の家

「それで、このヒーリングポーション? だっけ? は何に使えるの?」


 出来上がった瓶を回しつつ聞く。

 緑色の透き通った綺麗な液体だ。


「そのヒーリングポーションは怪我などを治すのに使えます」


「飲み薬ってこと?」


「簡単に言えばそうなります。ただしマスターさんの世界のものと違って、ちょっとした傷程度ならば一瞬で治りますよ」


「それは凄い! けど、それって私にも効くの?」


「えっ? ……あっ……」


 その反応で察した。

 どうやら幽霊であるところの私には意味のない物のようだ。

 そもそも、身体とかないから傷とかないし。


「で、でも、飲むと元気が出ますよ!」


「つまり、エナジードリンクみたいなやつってことね」


 羽が生えるやつとか怪物のやつとか。

 まぁ、嫌いではないけれども……


「死んでからもエナジードリンクのお世話になるような生活は送りたくないなぁ」


「まぁ、貴重なものですし、最悪売ってしまえばいいのでは」


「貴重……なの? こんなに簡単に作れたのに?」


「そもそも、錬金術を使える人はほとんどいないはずです。素材を混ぜて作れないこともないですが、錬金術を使ったものは品質が数段上のはずです」


「ふぅん」


 この世界でも錬金術を使える人はほとんどいないのか。

 結構貴重な能力だったりするのかな。



「さてマスターさん、錬金術についてはご理解いただけましたか?」


「うん。まぁ、だいたい。でも、何を組み合わせて何ができるかとかわからないけど」


「ご安心を! そのために私がいます。私には大量の素材と錬成物のデータが入っています。」


「それってどのくらいあるの?」


「そうですね……具体的な数は不明ですが、この世界の素材はおおよそ登録されているかと思います」


 よくわからないけど、つまり辞書機能みたいなものかな?


「それにもう一つの機能も活用できます」


「ベルの機能?」


「ワタシには解析という機能があります。それを使用すれば、物体を見ただけで、どの素材を使用すればいいのかわかります!」


「見ただけでわかるの!?」


 それって結構凄くない?


「はい! 先程の大量のデータと解析能力を駆使すれば私に作り方のわからないものはないのです!」


「大きく出たね」


「これこそがワタシの誇れる機能ですから!」


「じゃあ、例えば私の着ているこの服、素材わかったりするの?」


 私が着ているのは、地球で最後に着ていた学校の制服だ。

 タグがどこかにあるはずだし、答え合わせもできるだろう。


「解析します! 少々お待ち下さい」


 ベルは言うと、黙ってしまう。

 反応がないけど、多分解析しているんだろう。


 20秒くらい待つ。


「はい! わかりました!」


「おっ?」


 どうやら終わった様子。


「素材は羊毛と……」


 黙ってしまう。

 その後待っても反応がない。


「ベル?」


「……知らない素材でできています」


 ……


「はぁ?」


「羊毛と何かの素材を使えば錬金術で作れることまではわかったのですが、どうやら知らない素材らしく」


 どういうことだろう。

 試しに上着だけ脱いでタグを確認してみる。


 素材はウール、これが羊毛ね。

 それに、ポリエステル。


「ポリエステル……、ってなんだったかな? 聞いたことはあるけど」


 互換からして、ちょっと硬めの素材っぽいイメージだけど。


「ポリエステル……というのですか? どうやらこの世界にはまだ存在しない素材らしいです」


「あー、なんかの加工で作られてる素材なのかも?」


「そこのところ、詳しく教えて下さい!」


「聞かれても私も知らないよ。現代日本だと当たり前のように使われている素材だとは思うけど」


 流石に、何が原料とかは知らない。

 考えたこともない。


「そんなぁ……」


 なんかベルが落ち込んでしまった。

 見た目変わらないから、雰囲気だけど。


「ま、まぁ、ポリエステルって素材があること知れてよかったじゃない」


「言われてみればそうですね! では、この謎の素材をポリエステルということで登録します!」


 立ち直りが早い!


「さぁさぁ、その他にも色んなものを解析させてください! マスターさん、ワタシの知らない素材だらけの感じがします!」


 ふんす、と鼻息が聞こえてきそうなくらい興奮しているベルに私は一歩引いてしまうのだった。




 しばらくの間、ベルの解析に付き合ったりしていた。

 とは言っても、この世界に持ってこれたのなんて着ていた制服くらいなものだけど、

 それでもベルに取ってはどれも珍しい素材の塊らしく。

 一つ一つに、一喜し私を質問攻めした。


 おかげで結構な時間が経ってしまった気がする。

 ふと、窓の外を見ると、少し暗くなっていた。


「ふぁーぁ……」


 なんか認識した途端眠くなってしまった。


「おや、マスターさん、お疲れですか?」


「うん……、まぁ、色々とあったからね」


 考えてみれば、色んなことがありすぎた。

 そもそも、死んでるし、異世界に行っているし。

 その上、なんか変な大きい狼に追いかけられたと思ったら、逃げ込んだ家で錬金術をすることになった。


 うん。振り返ってみてもよくわからないね。


「お疲れでしたら、お休みになられてはいかがですか? 向こうのがリビング、その奥に寝室がありますよ」


「えっ? 寝室あるの?」


「はい! この家は人が快適に暮らせる環境が整えられています!」


 ありがたいけど、そもそも考えてみたらこの家ってなんなんだろ?

 勝手に休んでいいものなのかな?


「ねぇ、ベル。この家って誰のものなの?」


「はい? マスターさんのものですが?」


「……私のもの?」


「はい、この家はマスターさんが、錬金術を習得したときからマスターさんのものです」


 いつの間にか家の主になっていた様子。


「そもそも、誰がこの家を用意したの?」


 いや、そもそもの話し。


「誰がベルを作ったの?」


 流されるままに錬金術をすることになってしまったが、最初に聞くべきだった。


「それは……わかりません」


「わからない……?」


「はい、ワタシは錬金術で作られたということ以外の情報がありません。製作者不明です」


「そんなことってありえるの?」


「まぁ、実際にそうなのですから、ありえているのかと。事実、ワタシはマスターさんに会ってからより前の記憶はありませんので」


「そう……なんだ……」


「強いて言うならマスターさんが親です!」


 いつの間にか子持ちになっていた様子。

 ただし、子供は無機物だ。


 ……なんか、頭痛くなってきたかも。

 これ以上、何か聞いても頭に入らなそう。


「ふぅ……なんか疲れちゃったし、やっぱり休むことにするよ」


「はい。おやすみなさいマスターさん」


 ベルから目を離し、この部屋唯一の扉から出る。


 扉の先は、いわゆるリビングのような感じだった。

 玄関もあるし、本当はここがメインスペースなんだろう。

 玄関から入って左側に今の部屋がある感じだ。


 ちょっとした台所に食卓テーブルまである。

 LDKってやつかな?

 正直、私のもとの家よりも立派だ。


 探索をしたい気持ちもあるけど、それ以上に今はもう休みたい。

 寝室……は、ちょうど真向かいに扉があるし、多分そっちだろう。


 扉に向かい、開けてみる。

 中は、ちょっとした小さな棚とベッドがあるだけの簡単なスペースだった。

 リビングに比べるとちょっと物足りない感あるけど。


 ベッドか……、私は布団派なんだけどね。

 まぁ、今の感じなら即寝だろうけど。


 とりあえず、寝よう。

 この疲れてる状況で色々と活動しても生産性ないし。

 制服の上着を脱いで棚の上に置いてからベッドに転がる。

 皺になったら嫌だしね。


 あれ? 制服ってどういう扱いなんだろう?

 ひょっとして私と同じで幽霊の一部だったりする?

 木とか身体と一緒にすり抜けてたし。

 そのあたりのところも後で検証したいなぁ。


 考えることが多すぎる。

 起きたら一つ一つ整理しないとだなぁ。

 なんてことを考えつつ。

 私は異世界で初の眠りにつくのだった。

 そもそも、幽霊って寝れたんだ、と気がつくのは起きてからだった。



 夢を見た気がする。

 両親が亡くなって私と妹だけが残された。

 泣いている妹を見て、私はこの子を守ろうと誓ったのだった。


 そんな夢もあって起きてから思い浮かべたのはまず妹のこと。

 妹はきっと悲しんでいるに違いない。

 後を追ってなんてことはしない……とは思うけど。

 すぐにでも安心させてあげないと。


 そのための能力は神様にもらった。

 複製の魔法。


 ここなら安全だろうし使っても問題ないでしょ。

 そもそも、さっきまで寝てたしね。


 それじゃあ使ってみようかな。


 目を瞑って集中する。

 イメージするのは私の家に私がいる光景。

 うん、自分の家だし簡単にイメージできるね。


 後は魔力を込めて唱えるだけ。

 あ、でもいい感じに魔力分けなきゃいけないんだっけ?

 どうすればいいんだろう?

 とりあえず、8割くらいって、イメージをしておけばいいのかな?

 まぁ、駄目なら駄目でベルにでも聞くとしよう。

 それじゃあ、


「複製」


 唱えると、急に足元の感覚がなくなったような感じがした。

 浮いている? いや、飛んでいるような感じだ。

 浮遊感に身を任せること10秒ほど、足が地面についたような感触がした。


 カチッカチッ


 聞き覚えのある音がした。

 これは……時計の音?


 目を開く。

 古ぼけた居間とキッチン。

 小さなちゃぶ台が真ん中に置かれていてそれ以外はないもない。

 冷蔵庫から聞こえる低音と時計の音が部屋に響いている。


「……私の家?」


 そう、そこはさっきイメージしたとおりの私の家の中だった。




「私、帰ってきたの?」


 思わずつぶやいてしまった。

 確かに戻れるとは神様も言っていたけど、実際に戻ってくると感慨深いものがある。


 目に映る光景は、私が事故で死んだ朝に見た光景とほとんど変わらない。


 いや、


「日付が……10日も経ってる!?」


 壁にかかっている日めくりカレンダーを見ると私の記憶から10日も過ぎ去っていた。

 私の感覚としては、死んでから次の日くらいのイメージだったんだけど、どうやら異世界転移とやらに気が付かないうちに時間を使っていたみたいだ。

 そもそも、向こうと同じ時間で流れているかどうかもわからないけどね。

 向こうの1日がこっちの10日だったら結構困るなぁ……


 それはそうと、10日も経ってるのはまずい。

 妹は、カナはどうなっているんだ?


 ただでさえ私に懐いていた妹、私が死んでしまって落ち込んでいるに違いない。

 カナはどこにいるんだろう。

 私の姿は見えないかもだけど、なんとか様子だけでも確認したい。


 今の時間は……アナログ時計は1を指してる。

 外は明るいし、昼の1時ってことか。


 カレンダーの日付からすると、学校も春休みだろうし、家にいるかな?

 ってことは部屋か。


 私の家は古い家で、1階が元お店のスペースになっていて、2階が居住スペースになっている。

 居住スペースは2LDKになっていて、両親が生前使っていた部屋と私とカナの部屋の2部屋がある。

 カナがいるのはきっと私達の部屋のほうだろう。

 部屋に向かう。


 勝手知ったるというか、まぁ、自分の家だしね。

 部屋の扉は、今は閉まっていた。


 開け……るのは一旦やめよう。

 もしも中にカナがいたら、驚かせちゃうかもしれないしね。


 ここは幽霊特有のすり抜けを使うとしよう。

 ぬるっと顔から突っ込むようにふすまにのめり込む。


 一瞬視界がちらついて、目に入ったのは、電気もついていない部屋だ。

 その中で、カナが部屋の隅っこで体育座りをしている。


 久々に見る(体感時間としてはそれほどでもないけど)カナに嬉しくなるが、どう見ても落ち込んでいる。

 近づこうとした私、だが、その瞬間、カナの姿に黒いモヤのようなものが映った。


 何だろう。

 目を凝らしてみるとカナを黒いモヤが包んでいた。

 むしろカナが黒いモヤを発しているようにも見える。


 もう一歩近づいてみる。

 すると、黒いモヤが私に触れた。

 その瞬間、私に何かが入り込んできた。

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