第2話 夢の中ではなく森の中
そんなこんなこんなで神様を脅……交渉した後、軽く魔法についてのレクチャーをしてもらう。
どうやら、場所と複製対象をイメージして複製の魔法を唱えるだけらしい。
長ったらしい詠唱とかなくてよかった。
注意点としては、神様も言ってたとおり、元の方が無防備になるから安全な場所で使わなければならないこと。
じゃあ、安全な場所を確保するのが最初の目的かな。
最終的に、なぜだかとても疲れた様子の神様から「達者でな……」という言葉と共に光に包まれた。
眩しくて目を開けていられない。
ふっ、という浮遊感と共に、どこかに降り立ったような感覚がした。
地面に足が付く感覚に安心感を得る。
ふーっ、っと息をつく。
神様との交渉で我ながら緊張していたみたいだ。
冷静思考モードになると疲れるなぁ。
でも、まぁ、そのおかげでなんとか妥協できる結果は得られたし、上々かな?
ゆっくりと目を開けてみる。
ます、目に入ったのは、茶色と緑色だった。
木? いや、大木、大樹と言った方からいいだろうか、見上げても天井が見えないほどの大きさ。
ちょっとしたビルくらいの高さはあるじゃないかな? 幹もかなり大きい。
きっと私が10人いても一周できないだろう。
そんなくらいの巨木。
それが、視界に広がるほどたくさんある。
ありえないほど巨木の森。
これが異世界ってやつなのかな?
巨木には葉っぱも多いから緑で覆われてかなり薄暗い。
行ったことはないけども、日本の有名な自殺の名所だってここまで薄暗くないだろう。
「森の中かな?」
夢の中……ではないよね?
頬につねってみたら痛い。夢ではなさそう。
近くにある木に向かって手を伸してみる。
しかし、その手の感覚はそのまま木をすり抜けてしまった。
そうだった、そういえば、私は幽霊になったんだ。それで木はすり抜けちゃうわけか……
しかし地面はすり抜けない、感覚もあるし不思議だ。
どういう法則になってるのか気になるなぁ。
せっかく、せっかく? 残念ながら? 幽霊になってしまったわけだし、色々と検証したい。
物がすり抜けるのはホントのことだったわけで、ひょっとして飛べたりもするんだろうか?
……でもどうやって?
手を広げて鳥の羽みたいにパタパタしてみる。
うん。まったく浮かぶ気配はないね。
というか、幽霊がそんなことやって飛んでるイメージもないし、これ傍から見たらただの間抜けでしょ。
気を取り直して、地面に向かって手を伸ばしてみる。
地面は触ることができた。
土の冷たい感触でひんやりする。
しかし、落ちている木の枝に手を伸ばすがつかむことができない。
地面には確かに手が当たる感触がするのに、なぜだか枝だけがすり抜けてしまう。
なんで地面だけすり抜けないんだろ? いや、すり抜けても困るんだけどさ。
地面が全部すり抜けると永遠に落ちていくことになってしまうし。
無限ループって怖いよね。
カサッ
何やら後ろから音が聞こえた気がする。
風で草木が揺れた……にしては、風は感じなかったと思う。
ゆっくりと振り返ってみる。
広がるのは変わらぬ緑。
何もない。
いや、わずかになにかが見える。
影のようにも見えるけど、少し遠く、木に紛れて黒いものが動いている。
目を細めてじっくりと見てみる。
真っ黒なその物体は薄暗い森の中でもはっきりと黒く映る。
影なんかじゃない。動物?
黒い動物と言えば、熊……とかかな?
いや、それにしては毛が長いように思える。
熊の毛ってもっと短いはず、あの黒いのはもっともふもふしてそうだし。
たしか、熊は大きくても全長で3メートルくらいだって本で読んだことがある。
全長でそれだから、体高はもうちょっと小さいはず。
だけど、木の影に映る部分は身体だろうか、その高さは私の身長から見積もっても3メートルはありそうだ。
つまりもっと大きな熊よりも更に大型のなにか。
それが横に移動している感じだ。
じっと見ていると、横に動いている何かの足が見えた。
身体に比べると大分細い。
そのあとに続いたのは尻尾? かな?
毛量が多く、太くて下に垂れ下がっている。
大きささえ考えなければ犬っぽいかな?
というか、よく考えたらこの状況まずくないだろうか。
私は無防備、ちょっと離れているが巨大な犬、周りは森。
うん。襲われる予感しかしないね。
何か確認したい気はするけども、ここは逃げるに限る。
まだ状況もよく把握していないのに、危険に近寄るとかできないし。
逃げるために後ろに振り返る。
あ、よく考えたら後ろはさっき触った木だった。
と思った瞬間。
パキッ
足元から音がした。
そういえばさっき足元に小枝あったんだ。
まずい!
バッと振り返ると、木の陰から覗く何かと目があったような気がした。
それは、たしかに犬の顔だった、かなり凶暴そうな犬。
牙も生えてるし。
いやいやいや、あんなでかい犬いないって。
それと目が合っている……気がする。
でも考えてみれば、私幽霊なんだから危険だと言っても動物には映らないんじゃないかな?
人間不思議なものでこういうとき、なぜか冷静な自分がいる。
いや、実際は混乱しているだけなのかもだけど。
犬から目が離せない、じっと見つめ合う。
数秒経ち、冷静さが消えてきた。
幽霊なんだから……とか考えたけど、目が合ってるってことは見えてるってことでは?
猫とか何か見えるとも言うし、動物は幽霊が見えるのかも……
思っていると、犬の口が動くのが見えた。
反射的に私は動いていた。
振り返って走り出す。
木にぶつ……からずにすり抜ける。
後ろから少し遅れて大きな音がした。
ゴォオ゛オオオオオオオオオオォ!!!!
咆哮。
体中に震えが走る。
反射的に耳に行きそうになる手を抑えて走る。
後ろからは4つ足の何かがこちらに向けて走ってくる音。
そして何かがぶつかるような音。
ザザッ、ザザッ、ドンッ! ドンッ!
やばいやばいやばい。
今まで生きてきた中で一番の恐怖だ。
あ、死んでるんだっけ? 死んだときは猫を抱きかかえて一瞬だったから恐怖とかなかったなぁ。
この状況でまた死んだらどうなるんだろう?
幽霊に死って概念あるのかな?
って、いや、そんな無駄なこと考えてる間があったら走らねば。
ともかく夢中で走る。
私そんな足早くないのよ。インドア派なのよ。
クラスの50メートル走もビリから数えた方が早いのよ。
持久力だって同じくらいなのだ。
大きさの違いはあるけど、幸いにも犬は木はすり抜けられないらしい。
私は木はすり抜けるのでなんとか追いつかれずにいる感じだ。
定期的に聞こえる後ろのザザッ、ザザッという音に追い立てられながらも懸命に走る。
木の影に隠れて見失ってくれたりすればいいんだけど、一向に後ろの気配は薄まる感じはない。
どのくらい走っただろうか。
一瞬にも何時間にでも思える。
私体力はないはずなんだけど、息が切れている感じはしない。
疲れもない。
ひょっとして幽霊になったからだろうか? このままいつまでだって走れそう。
しかし、後ろからせまり来る濃厚な死の気配に途中から思考は麻痺してきていた。
頭を動かすと無駄なことを考えてしまいそうで、ともかく足を動かすことにだけ頭を働かせる。
そんな思考の中、遠くの方が明るくなった。
気が途切れている?
視界に何か映った。
木や何かとは違う直線。
明らかに人工物だ。
なにかわからないけど、ともかく光明だ!
力を振り絞って足を動かす。
見えきたのは、開けたスペースに経っている一軒家だった。
なんでこんなところに家?
いや、しかし、ともかく逃げ込まなきゃ。
ドアはどこに……って考えてる余裕はない。
私は壁に向かって突っ込んだ。
体ごと飛び込んだ私は、文字通り家の中に転がり込んだ。
私の身体は勢いを殺しきれずに前転する。
2回転くらいして前のめりに倒れる。
「うぐっ……」
痛みはないけれども、視界がぐるんぐるとしたせいで精神的にダメージを受けてしまった。
しかし、ここが安全かどうかもまだわからない。
部屋を見渡すべく、頭を抱えつつも私はふらふらと立ち上がる。
立ち上がろうと手をつこうとして地面を見ると何やら模様が見えた。
日本語じゃないからなんて書いてあるかわからない。
なんかの記号のように見えるような幾何学的な模様。
それが沢山ある。
とりあえず、立ち上がって全景を見ることにする。
「うわぁ……」
思わず、声が漏れてしまった。
そこにあったのは部屋中に広がる魔法陣のようななにかだった。
明らかにまともな人が住んでいるとは思えない。
追放された悪の魔法使いが住んでいると言われても信じられるくらいだ。
今にも召喚された悪魔とかが出てきそう。
しかし、この部屋の中にはもっと怪しいものがある。
それは部屋の隅にある大きな灰色のクリスタルだった。
なんだろうこれ?
幼馴染がやっていたファンタジーのゲームに出てきそうなクリスタル。
これで光っていたらまんまゲームとかに出てきてもおかしくない。
灰色なのがもったいない気がする。
光っていたらさぞ綺麗だったろうに……
灰色のクリスタルに近づいてみる。
大きい。
4,50センチくらいはありそう。
というか、これ台座もなくてどうやって立ってるの?
わからないけど気になる。
さっきまで感じていた警戒心が溶けてしまったみたい。
危ないかも? とかいう意識がなぜだか働かない。
気になってしまう。
そして私の手は無意識にクリスタルに伸び、クリスタルに触っていた。
ピリッ!
音とともに私の手に衝撃が走った。
静電気でも流れたような感じだが痛みはない。
意識が戻り慌ててクリスタルから手を離す。
クリスタルを見ると、さっきまで灰色だったのに、下のほうが少し緑色っぽくなっている。
まるで私の何かを吸収したように。
思わず、一歩引いてしまう。
ひょっとしてまずいことをしてしまった?
しばらく見ているとクリスタルは下の方から徐々に濃さを増してきている。
透き通るような緑。
灰色なのがもったいないとか思ったけどさ。
いや、確かに綺麗だけど、なんか怖いよ。
クリスタルが全てが緑に染まる。
私は黙って見ていた
そして、
「新たなマスター登録を完了しました。ワタシの名前はベル。マスターよろしくお願いします」
どこからか謎の声が聞こえた。
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