第81話 悪夢のクリスマス

『緊急ダンジョン警報が発令されました。該当地域は秋葉原、蟻巣ダンジョンで大規模なDBBが発生中』


 サイレンの音と合わせて、機械音声が流れる。

 サイレンが鳴っているのは俺と祈の携帯だけではなく、喫茶店にいる人々の携帯からも鳴り響いている。


「蟻巣でブレイクだと!?」


 蟻巣ダンジョンは、秋葉原に点在する小規模ダンジョンが内部で複雑に繋がり合っており、その構造が蟻の巣に似ている事から名付けられた迷宮メイズ型のダンジョンだ。


 とは言っても内部は徹底的に探索されており、どこがどこに繋がっているとか、どのエリアが危険だとか、そういった情報は網羅されていたし、ダンジョンショップに行けば蟻巣ダンジョンマップも格安で販売されている。


 そして敵もあまり強くない割にリポップ率が良く、良い素材を手に入れやすいので、初級探索者達の良い狩場になっているのだ。


 ただダンジョンボスと呼ばれる存在は中々に凶悪で、中級探索者以上でないと倒せない。


 なので秋葉原を拠点とする初級探索者達にとって、そのダンジョンボスを倒せるようになる事が一つの通過儀礼とも言われている。

 

 そしてダンジョン発生から今までの間、一度もブレイクしたことの無い場所でもあった。


 仮にブレイクした場合、ダンジョンの入口が複数存在する蟻巣ダンジョン周辺の危険度は一気に跳ね上がる。


 ダンジョンに巣食うモンスター達が出てくる出口が複数あり、どこから溢れてくるかも予想出来ない、おまけに単体のダンジョンの倍以上のモンスターが湧き出す事になるからである。


 その危険性は常々話題になっており、行政もダンジョンの監視や、仮にブレイクした際の対処法もしっかりと確立されてはいる。


 ただそれが百パーセント効果的かと問われれば、完璧だとは言い難いだろう。

 なんせ何がどうなるのかが、全く予測出来ないのだから。


「どうする?」


「どうするったって……」


 DBBが発生した場合、周辺地域にいる探索者には協力義務が発生する。


 上野と秋葉原は目と鼻の先なので、文言に従えば俺達にも協力義務が発生する。


 しかしDBBが発生しているとなれば、秋葉原行きの電車やバス等の公共機関は全て停止しているだろう。


 タクシーで行けなくもないが、果たして危険地帯へ向かってくれる奇特な運転手がいるだろうか。

 そしてこれが一番大事な所なのだが――。


「落ち着け祈、俺達は今プライベートでここにいる。俺はブラックサレナを常に携帯しているが、祈の装備は無いだろう?」


「う……そうだけど」


「今出来るのは急いで家に帰り、装備を整えて出撃する事だ。秋葉原は探索者が多いし、日本ランカーのアカネさんも拠点を構えている。行政だってしっかりしている。大丈夫だ」


「そ、そうだよね。私が焦っても仕方ないよね! 急いでおうち帰ろう!」


 うんうんと何度も頷いた祈は勢いよく席を立ち、俺もそれに続く。

 お会計を済ませて店を出ると、祈は翠ちゃんと瑠璃ちゃんに向けてメッセージを打っていた。

 お会計はもちろん俺の奢りである、これこそがデートだとネットにも載っていた。

 

「ご馳走様、コノミ」


「構わない。行こう」


 外に出ると、スピーカーからも緊急警報のアナウンスが流れ続けていた。


 しかし意外と混乱は起きておらず、通行人達もあぁ大変だなぁ、と対岸の火事くらいの認識でしかなさそうだった。

 

 ブレイクエリアから外れたモンスター達は、自衛隊や機動隊の方々でも対応が可能。


 それもあってブレイクエリア外の上野は、ちょっと大きい地震が起きたくらいの騒動でしかない。


 俺達はそんな街中を走り、人混みをぬいながら地下鉄へ向かった。

 そして店を出てからずっと祈の手を握っていたのに気付いたのは、地下鉄の駅に着いてからであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る