第80話 喫茶店とメッセージ
「ど、どうしたの? コノミ……封じられた右眼が疼く、みたいなポーズして……」
「ん!? いつの間に……! いや、これはだな……」
聴力に全集中していた俺は、祈が戻って来た事にも気付かずにいた。
右手で右眼を覆うようにしていたせいで、右側が死角となり、祈はそこに立っていたのだ。
「頭痛い? 疲れちゃった?」
「ククク……気配を遮断し死角から攻めるとは祈、随分と腕を上げたようだな」
「んぇ? あはは……ありがとう?」
ほんの数分だが、周囲のカップルの会話は把握した。
なーにが「この宝石の色、君の瞳と同じだね。君の瞳に乾杯」「きゃっ嬉しい」だ。
幸せそうにキャッキャウフフしよってからに……!
いや待て俺、今日はおデートだ、おデートならばそういう会話をしても許されるのだ。
「はて? なにゆえそんな難しい顔をしてらっしゃる?」
「べっべべべ別に! 緊張なんてしてねーし!? でっででデートなんて思ってねーし!?」
「ふぁ? はっはーん、さては気付いちゃいましたか?」
目を細め、にんまりと悪い笑みを浮かべる祈。
「まさか貴様……! 謀ったのか!」
「クックック……今更気付いたってもう遅いのよ! 貴方は既に私の術中にハマっているのだから!」
「何ィッ!」
「トラップカード発動! 成り行きデート《既成事実》!」
「ふん! ならば俺はマジックカード演者の
駄目だ、とっさに回避行動を取ったが、次の祈の攻撃をしのぐカード《選択肢》がない。
俺にここまで気取らせなかった緻密な計画だ、きっと二手、三手先まで見ているに違いない。
まさかこの俺が、狩る側から狩られる側に回されるとはな……ッ! 末恐ろしい
「あのー……すみません」
「「はい?」
祈の次の一手で確実に沈められる、と思った矢先、苦笑いをした店員の声が割って入って来た。
「店内でのデュエルはご遠慮頂いてもよろしいでしょうか」
「「すみませんでした」」
怒られてしまった、それに店内のカップルから「楽しそうなカップルだね」なんて声も聞こえてくる。
かっかかかカップルじゃねーし! そんなんじゃねーし!
集まる視線、高まる鼓動。
うわ! 何だかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたぞ!
「そうだよねぇ、側から見たらカップルだよねぇ〜んふふふ」
顔から火が出そうな俺とは対照的に、祈は随分と楽しそうで嬉しそうだった。
「す、すみません、これ下さい」
「お買い上げありがとうございまーす」
俺は急いで会計を済ませ、祈の手を引いて逃げるように店から出た。
「んふ、んふふふ」
「いつまでニヤついているつもりだ祈」
「だってーコノミから手を繋いでくるとかさぁ、お店出る時の強引さで……キュンキュンしちゃった」
「それはもういいだろ……言うな、クソ恥ずかしいんだから」
ショッピングモールの中のカフェ、ちょっぴりレトロ調な店内と、レコードから流れるBGMに包まれながら俺はため息を吐いた。
慌てていたとは言え、祈の小さな手をしっかりと握っていたのは事実である。
「あれ? 祈、いつの間に買ったんだ?」
クリームソーダを美味しそうに飲んでいる祈の隣には、少し大きめの紙袋が置かれていた。
「これ? いつの間にって……コノミとお店巡りしている時だけど……」
「そ、そうか、全然気付かなかった」
「この後どうする? もうすぐお夕食の時間だけど」
紙袋の中身には触れず、話を切り替えようとする祈。
時計を見ると17時を過ぎた頃であり、外も薄暗くなって来ていた。
冬は夜が長い、日が沈めば寒さは増し、風が吹けばさらに体感温度は下がる。
俺は冬があまり好きではない。理由は単純明快、寒いからだ。
「お外で食べる? それともおうち帰る?」
「どうするかなぁ……隼人は会食でいないし、翠ちゃんと瑠璃ちゃんは隼人の家にいるんだっけ?」
「そうだよーもしお外で食べないなら私も隼人さんの家でパーリーする予定」
「パーリーねぇ」
どうしたものかと考えつつ、ブラックコーヒーをチビチビと飲む。
家に帰った所で晩飯はスーパーの惣菜だろうし、かと言って外食をするにしても、レストラン等の予約はしていなかった。
クリスマスと言えばクリスマスディナー、各レストランが考え抜いた24日と25日だけのスペシャルコース。
せっかくのおデートで外食をせずに解散する、なんて事をして良いのか?
意図せずして――いや、祈の中では最初からおデートなのだろうが、俺としては全くそんなつもりは無かった。
要はノープランである。
「どうせならコノミもおいでよ! 4人でメリカしよメリカ! スタブラでもいいよ!」
「ふーむ……いいのか? 女子3人にお邪魔して」
「駄目なワケがないでしょ、コノミは私達にとって大事な仲間なんだから」
「そっか、ありがとな。それじゃあお邪魔させてもらおうかな」
「ん! わかった! 翠ちゃんにメッセージしとく!」
言うが早いか祈は携帯を凄まじい速度で弄り、シュポン、とメッセージの送信音が鳴った。
そして数秒後に返信の音が鳴る。
「相変わらず女子達はレス早いなあ」
「コノミが遅いだけだよ、基本は即レス! 手が離せない時は別だけど――わ! 凄い! 七面鳥の丸焼きあるって!」
「そりゃすげぇな……七面鳥なんて食べた事ないぞ」
翠ちゃんから送られて来た写真には、テーブルにでかでかと鎮座するローストターキーが映っていた。
そして祈が口を開き何かを言おうとした瞬間、祈と俺の携帯から、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます