第79話 真実と現実

「コノミはプレゼント、選ばないの?」


 ドギマギしている俺の心をよそに祈が言った。


「プレゼントねぇ」


 今までクリスマスにプレゼントを選び、誰かに渡すというイベントを回避してきた俺にとって、それは酷な問いだった。


「あげたい相手、いないの? 大切な人とか好きな人とか」


 大切な人……そう言われて思い浮かぶのはやはりさ――。


「愛波、かな」


「チッ」


「え!? 今舌打ちした!?」


「してないしてない! 気のせいだよ!?」


「だ、だよな。びっくりした」


「愛波ちゃんは大切な妹だもんね、仕方ないね」


 寂しそうに視線を落とす祈を見て、胸がキュっと苦しくなる。

 祈が俺の事を好いてくれているのは知っている。


 だが今、その気持ちに応える事は出来ない。

 祈は間違いなく大切な存在だ、だからこそちゃんとしたい。


 軽い気持ちで応えたくはないのだ。

 隼人からすれば「童貞乙」と小馬鹿にされそうだし、側から見たらモヤモヤするのかもしれないがな……。


 愛波の意識が戻らないまま、俺だけが幸せになるのは許されないのだ。

 そんな考えを隼人は馬鹿真面目だと笑うが、その馬鹿真面目に付き合ってくれている。


 まぁ、奴には裏切られたけどな!

 しかし祈がどんな男友達に、どんなプレゼントを渡すのかは気になる所だったりする。


 男心というのは、こんなにも複雑だったであろうか。


「そしたらさ、愛波ちゃんに選んであげたらどうかな?」


「愛波にか……そうか」


 確かに良いアイデアだとは思ったが、女子向けのプレゼントなんて何を基準に選んだらいいのやら。


「すまないが祈も一緒に選んでくれないか?」


「え? 私も? いいの?」


「ああ。俺はどうもこういうのが苦手でな……祈ならきっといいプレゼントを選んでくれると信じてる」


「うっひゃあ……責任重大ですな。でも任せて! この祈ちゃんがばっちり選んであげちゃおう!」


「ありがとう」


 そういうわけで俺達は露店街を抜け、ショッピングモールに足を伸ばした。


 自然派石鹸に化粧品、パジャマにネイル、マフラーから靴下まで、俺達はあらゆるショップを巡っていった。


 その中の一つで、女子向けの可愛らしいアクセサリーや小物を取り扱っているショップで気になる物を見つけた。


「お? これ可愛いねぇ! さすがコノミ!」


 目に止まったのは、小さな蝶があしらわれた3連のヘアピン。


 ピンクゴールドの少し派手目な物だが、愛波の美しい黒髪によく映えると思った。

 祈もヘアピンを手に取り、まじまじと見つめていた。

 

「苦手って言うけどコノミ、センスあるよ」


「そ、そうかな」


「ついでに私のも選んでみちゃったりする?」


「祈に……? ま、まぁ、やぶさかではないが……だが祈なら売るほどプレゼント届いてるんじゃないか?」


 今やアイドル界を代表する存在となった平凡Dガールズの3人には、毎日色んな所から色んなプレゼントが届く。


 想いを綴ったファンレターから自家製ドレッシングまで、種類は多岐に渡る。

 クリスマスともなれば、その量はさらに増える。

 

「あはは……まぁねー、でもそれとこれとは別問題なのです!」


「ふぅん」


 そう言って祈は満足そうな笑顔を浮かべながら、品定めを再開したのだった。


「とりあえず愛波にはこのヘアピンと……あとは――」


 さほど広くない店内には、大量のカップルがイチャコラしながら品物を選んでいた。


 リア充共め。


 脳内で舌打ちを数回かましてやった後で俺は、今更ながらとある事実に気が付いた。

 クリスマスの朝から男女でお出かけして、ご飯を食べて2人でショッピング――。


 ――いやこれ! もしかしなくてもデートやないかい!?

 それに気付いてしまった俺の体は面白いくらいに素早く、そして正直だった。

 心臓の鼓動は駆け足になり、緊張の糸がピーンと伸び切った。


 やばい。女の子とデートなんて、俺の人生始まって以来のビッグイベントじゃないか。


 どうする? どうすればいい? 何をするべきなんだ?


「誰か……教えてくれ……クッ……!」


 雑踏の中聞こえるカップルの声に耳を傾ける。

 極限の緊張の中、聴覚を限界まで研ぎ澄ませ、そしてありったけの情報をかき集めるんだ。


 発動せよ、地獄耳ヘルズイヤー

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