第74話 数奇な運命
「全部見てないから! 大丈夫だから!」
何が大丈夫なのか全く分からないが、俺の精神的ダメージはかなりのものだ。
恥ずかしさが全身を駆け巡り、祈の顔を見る事が出来ない。
「それとね!? 部屋に入ったのは合鍵を使ったの! 隼人さんがくれたの! コノミにも言っておくから、部屋に入って掃除でもして待ってなよって聞いてたんだけど知らなかった? あれ、まさか私、隼人さんにしてやられた?」
「そ、そうか。隼人からは何も聞いてないが、そういう事なら仕方ないな。ははは……」
隼人の野郎、明日一番で家に殴り込みかけてやるから覚悟しろ……!
あいつには俺の合鍵を渡してあったのだが、恐らくそれをさらに複製でもして祈に渡したんだろう。
プライベートという言葉を知っているかと、小一時間説教してやる。
そもそもどうして合鍵を渡すという行為に走ったんだ。
は! まさか!
脳裏に隼人の言葉が蘇り、俺はハッと祈を見た。
――傍から見たら君ら両片思いって感じでまどろっこしいんだよねぇ――
そうか、そういう事かあの野郎……。
「と、とりあえず私帰ろっかなぁーなんて、あはは……」
祈は気まずそうに言って、手をすりすりとすり合わせていた。
「祈、今日見た事は全て忘れろ。いいな」
俺は深く溜息を吐き、頭を振った。
済んでしまった事をぐちぐち言うつもりも無いし、これで微妙な関係になっても困る。
全てを水に流してなかった事にする、これがベストだ。
というより俺が忘れて欲しいだけなのだが。
「はっはい! さー! いえす! さー!」
「はぁ……恥ずかしくて顔からドラゴンブレスでも出そうだ」
「ま、まぁ仕方ない仕方ない! って私が悪いよねごめんなさい」
「もういいよ。ったく隼人のヤツ何してくれてんだか」
「今日の所はおいとましとく……?」
「構わん。その話はもう終わった。ひとまずはコラボの話でもしようか」
「コノミがいいなら私もそれでいいけど……あ、お茶うけにいも羊羹も買っておいたんだけどどう? 有名店のヤツだよ。この前テレビでやってたから買ってきちゃった」
「いも羊羹か、頂くよ」
「わかった! すぐ準備するからちょっと待っててー」
そう言うやいなや、祈は小走りでキッチンに向かい、食器やらなにやらを取り出し始めた。
その後ろ姿を見ながら俺はぼうっと考える。
祈が俺の事を好いてくれているのは分かっている。
事ある毎に好きだと言われれば、俺だって意識はする。
童貞は目が合っただけで好きになってしまうとよく言われているが、さすがに俺はそんな事は無い。
しかし何度も何度もアプローチをされれば、俺でなくとも意識はするし好きになってしまうだろう。
なんせ相手は今を時めくアイドルグループのセンターで、美少女で底抜けに明るく、さらには抜群のプロポーションである。
隼人の家で同居していた際、女子三人が話しているのを小耳に挟んだのだが、どうやら祈はアルファベットの八番目サイズらしく、今でも成長中なのだそうだ。
閑話休題。
それはともかくとして、あの時の出会いがまさかこんな事になるなんて、どう予想が出来ただろう。
ダンジョン内でPKされかけていた所を助けるだなんて、俺にとっては日常茶飯事であり、過去に女性の
その度に連絡先を聞かれたり、お礼がしたいと誘われはしたけれど、俺にとっては不必要な事だと全て断って来た。
表立って活動する事も無く、ただ淡々と黙々と人間を狩って来た俺が、俺とは対極にいる祈とこうなるなんて予想出来るはずもない。
「お待たせー! お茶も新しいの入れてきたよん」
「あ、ああ。ありがとう」
「なーんか視線がエッチなんですけど」
「ばっばか! そんなわけあるか! からかうのはやめろ!」
「あはは! 冗談だよ冗談」
「ったく……勘弁してくれ……」
湯気の立つ湯飲みが二つテーブルに置かれ、次いで均等に切り分けられた美味しそうないも羊羹がごとりと置かれた。
俺の家にはパーティーサイズの大皿は置いていない。
あったとしてパスタを入れる平たい皿がある程度なのだが、その皿にいも羊羹がこんもりと盛られていた。
「……多くね?」
「え? そう? たった4本しか買ってないよ?」
「4本がたったなのか……女子って凄いな」
俺も甘味は好きだが、祈と甘味大食い勝負をしたら確実に負けるのだろう、という事は分かった。
そして俺と祈はいも羊羹をぱくつきながら他の配信者の動画を鑑賞しつつ、コラボの企画話を進めていったのだった。
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