第73話 暴かれた理想郷

「あーね!」


「あーね! じゃないわ! え!? 何で俺の部屋にしれっといるの!? 鍵閉めてあったよな!?」


 最後のみたらし団子を頬張りながら目を泳がせる祈。

 あれよあれよと流されてしまい、本来最初に口にするべき言葉が俺の口から吐き出された。


 現実を受け入れるには時間がかかり過ぎてしまったけれど、本来隣の部屋にいるはずの祈がなぜここにいるのか。

 どうして違和感無く溶け込んでいるのか。


 しばらく隼人の家で共同生活をしていたというのもあるが、ここは確実に俺の家であり、五月ハイツの一室なのだ。

 壁を見てもぶち抜かれた形跡は無いし――は! まさかベランダから!?


「どこから入ったのか正直に言え」


 部屋に入られて困る事なんて無いと言い切りたい所だが、年頃の男の子の部屋にはそれなりに事情ってもんがある。


 友達を招くのならば、それなりに準備をしなけりゃいけない。

 異性ともなれば猶更その必要性は跳ね上がる。


 俺はいつも通りの生活をし、いつも通りに家を出た。

 そこに隣に住んでいる美少女アイドルさんがパッと現れました。


 駄目だろう! 絶対的に駄目だ! 普通に考えてかなりまずい!


「えっと、それは……」


「待て、その前に確認しておきたい事がある」


「はい! 何でしょうコーチ!」


 自然な冷静さを保ちつつ、俺はゆっくりと目を動かして室内を目視していく。

 

「パソコンは触ったか?」


「のー! さー!」


 俺の質問に祈は俺の傍らに直立不動で立ち、びしりと見事な敬礼を決めた。

 パソコンには沢山の機密情報が入っているのだ、アレが見られていないのなら第一段階はクリアだ。


「よろしい。では次に、部屋が片付いているようだが……貴様か?」


 ソファーに乱雑に脱ぎ捨てていた部屋着はどこにもなく、雑誌や本は棚に収められており、ティッシュやその他のゴミの姿が見当たらない。


 俺の部屋だが俺の部屋でないような錯覚すら覚えるほどに、実に綺麗に整理整頓され、掃除が行き届いていた。


「いえす! さー! 散らかっていた服や小物、ゴミなどを片付けさせてもらいました! 並びに洗濯物も洗って干してあります! さー!」


「……そうか、ひとまず礼を言う。ありがとう」


「のー! さー! お礼などもったいなきお言葉!」


「片付けをしている最中、変わった物は見かけたか?」


「あ……え、えっと……」


 そこで祈は俺からすっと視線を外し、頬を赤らめてもじもじしだした。

 その時俺は確信した。


 確信と共に絶望の光が天から舞い降りてきた。

 間違いない、この反応は――。


「か、変わったモノ……というか、その、ごめ、ごめんね? 見たくて見るつもりなかったんだよ? 掃除機をね、かけてたら……」


 ガッデム!!

 こいつ! 絶対にアレを見た! 


「つまり……アレを見てしまった、という事だな?」


「あ、はい……」


「……そうか」


 思い切り叫びだしたい気持ちを抑え込み、冷静に言葉を紡いでいく俺。

 チラチラと俺を見ては視線を外し、そわそわしている祈。


 見られた。その巨大な衝撃は俺の心を激しく揺さぶり、心臓の鼓動が早くなる。


「い、いいと思うよ!? だってほら! コノミだって男の子なんだし! えっちな本とかDVDとか、ど、道具とかあっても不思議じゃないよ! け、健全! 大健全だよ! 淫らな事は大健全なんだよ!?」


 場の空気に耐えられ無くなったのか、祈がもの凄く早口で喋り始めた。


「エルフとか獣人とかってさ! ファンタジーな感じするし、触手とかもね!? いいと思うんだ!? 私だってBL本とか読むし!? 漫画ってロマンあるよね! 薄い本とか、ダンジョン内でモンスターに凌辱されるのとか、わ、わかるー! 気が強そうな女騎士とモンスターって定番だけどいいよね!? そういえばやっぱりロリって人気なのかな!? 翆ちゃんみたいなゆるふわ甘系と瑠璃ちゃんみたいなクーデレ系と私みたいなってあれ、私何言ってんだろあはは! あは! あはははー!」


 くっ……殺せ……殺してくれ……!

 本人を目の前にして俺の性癖を声高に説明しないでくれ……!


 俺の秘蔵コレクション、ベッドの下にしまってあった理想郷は暴かれてしまった……!

 よりにもよって一番バレたくない相手に。


 祈的にはフォローしているつもりなのだろうが、俺にとっては言葉の全てがクリーンヒットなんだよ……。

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