第64話 約束の時

「まじかよ……いつのまに……嘘だろ……」


「はぁ、いつまでそうしているつもりだいコノミン」


 膝から崩れ落ち、床にのの字を書いて現実逃避している俺に、隼人が呆れたように言った。


「貴様、俺がPKKに勤しんでいる間に、お前は女の子と勤しんでいたっていうのか」


「そういう言い方はよろしくないよ? 不特定多数と何人もお付き合いしているわけじゃあないし、何より僕がプライベートで何をしようと自由だろ?」


「まぁな……そうなんだが……こう、何というか、ショックが大きすぎて……」


 深いため息を吐く俺だが、別に本当に裏切者だと思っているわけではない。

 隼人自身が言っていた事だが、地位も名誉も金もあり、おまけに爽やかイケメンで人当たりもいい。


 そんな男がフリーでいる方がおかしいのだ。

 こいつが女性をたぶらかしてどうこうするような男ではないし、なんなら俺が女だったら放っておかない。


 ただ少し、遠くに行ってしまったような錯覚に陥っただけなのだ。


 例えるならそう、秘密基地でずっと二人で遊んでいたのに、女の子の転校生に取られてしまい、秘密基地には俺一人だけになってしまったような、そんな切なく寂しい感じだ。


「今はどうなんだ」


「今はフリーだよ。少し前までリベラル重工のご令嬢とお付き合いさせてもらってたけどね」


「リベラル重工だとぉ!? あの日本三大重工の一つのか!? なんて奴だ……」


「まぁまぁ、僕の事はいいじゃあないか。君が直視すべきはイノリンだ」


「悪いが俺に色恋沙汰に興じている時間は無いのだ」


「ただビビッて逃げてるだけだろ」


「うるせぇよ!? すぐ本質を突くその物言いは良くないと思うがな」


 俺と隼人がそんな事を話していた最中、隼人のパソコンからピロン、と通知音が鳴った。


「さっそく来たよ。レスポンスが早い人は仕事も早い」


 そう言って隼人はキーボードを小気味よく鳴らし、メールの画面を開いて俺に見せた。

 差出人は勿論堂洞からである。


 そこには、こちらが提示した条件を全て飲み、俺のプライベートや探索、ブラックサレナについても干渉や詮索、監視などもしないとの事だった。


「ふーん……随分と気前がいいね。ここまで潔いと逆に怪しいけど……」


「そうなのか?」


「まぁね。少しくらい何か言ってくると思ったけど……」


「別にいいじゃないか。いいって言ってるんだし」


「そうだね。僕の考えすぎだ。で、日時はどうする?」


「二日後の19時に、俺のチャンネルでコラボしてもらおう」


「じゃそう伝えとくよ」


 隼人が返信している横の画面、サブモニターには向こうから送られてきた電子誓約書が映っている。

 堂洞俊輝、とサインも入っていた。


 誓約書は一度隼人のソフトでスキャンされており、画面の上にOK! と出ているのを見ると、偽物やウイルスが仕込まれてる可能性も無いようだった。

 

「まぁぶっちゃけ何話すのか、気になる所ではあるよねぇ」


「回線は大丈夫だろうな?」


「大丈夫さ。この僕が居場所を特定されるようなヘマをすると思うかい」


「あぁ、そうだな」


 そうして時間はあっという間に過ぎ、ついに約束の日時を迎えた。

 俺は部屋を真っ暗にし、配信画面の背景を新宿御苑ダンジョン内の映像に差し替えた。


 ただの合成映像だが、違和感など欠片も感じないくらいには完成された映像だった。

 リビングでは祈、瑠璃ちゃん、翆ちゃん、隼人が200インチのドデカテレビで配信開始を待っていた。


 きっと大量の高級菓子と高級飲料をお供にして、楽しそうにしているんだろう。


「あぁ、胃が痛い」


 緊張で胃が痛くなるなんて初めての事だった。

 ダンジョンに初めて入った時だって、こんなに緊張しなかったぞ。

 そんな俺の緊張を嘲笑うかのように時は流れ、ついに配信がスタートした。

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