第61話 八咫鴉

「それで、法案の方はどうなっている?」


 動画の再生が終わると、堂洞は机の上にある書類の束に目を向けた。


「はい。ダンジョンに関わる法案の見直しと、世論の統計など様々なデータを元に新法案の草案を作成中です。しかし――」


「保科の息のかかった者が妨害している、か?」


「はい。仰る通りです。保科前大臣はパワーハラスメントやセクハラ、汚職や殺人教唆及び秘密特殊部隊である八咫烏ヤタガラスの私的運用など様々な罪で拘留中でありますが、保科派の者達は意外に多く……」


「全く……権利や保身にしがみ付く老人共には困ったモノだ。君も分かっているとは思うが、政財界に溜まる膿を絞り出すには今が絶好のチャンスだ。心してかかれよ? 君は得意だろう、そういうの」


「否定は致しません」


「噂は自然と広まる。君が文部科学省にいた頃に起きた様々な派閥争いや権利関係のいざこざ、それを君が色々と動いて上手く回したと、聞いているよ。高森こうもり副大臣」


「買いかぶり過ぎですよ。ですが、大臣の指示とあれば私も粉骨砕身で挑む所存です」


「あぁ。頼んだぞ」


 保科は叩けば叩くほど、ボロボロと汚れが出てくるような男であり、手にした権利を存分に使って自らのシンパを増やしていた。

 それは政界だけに留まらず、企業や投資家など様々な方面に派生していた。


 それらを一つ一つ潰していたのでは時間がかかり過ぎる。

 ゆえに堂洞は潰すのではなく利用し、こちら側に寝返らせる方向で動いていた。

 所詮は甘い汁に誘われた害虫のような者達である。


 美味い餌をぶら下げてやれば、保科など簡単に裏切るだろう。

 それらを使い回し、用が済んだら潰す事になったとしても、何ら実害はないのだから。

 

「しかし困った事になったなぁ。八咫烏という名称までは露見していないが、この国に自衛隊や機動隊、SAT以外の部隊がいるという事が世間に知られてしまった」


 秘密特殊部隊【八咫鴉】。

 自衛隊の各部署から集めた精鋭からさらに絞り込み、精鋭中の精鋭として作り上げられた部隊の総称であり、これに関する情報は完全に秘匿されている。


 八咫鴉に所属した者はそれまでの戸籍と人生が抹消され、新たに作られた特殊な戸籍が与えられる。

 顔も徹底的な整形により別人と化す。


 諜報や鎮圧、武力介入、時には暗殺なども請け負う国の暗部と言うべき部隊。

 決して表舞台に立つ事は無い、闇の鴉達である。


「そちらは対処済みです。色々な方面からダミーの情報を流し、あの特殊部隊は保科が個人的に雇った荒事組織だったという事にしてあります」


「信じるのかね……? そんなあいまいな」


「恐らく大丈夫でしょう。昨今世論は我々政治家やマスメディアよりもネット情報を信じる傾向が強いですから」


「それもそれで、複雑な気分だ。我々政治家の事など誰も信用していないみたいではないか」


「していないみたい、では無く、信じていないのですよ。特に若者や探索者達は」


「耳が痛いねぇ……それもこれも、全部あの馬鹿のせいなのだろうな」


「保科前大臣だけとは限りませんよ。度重なる増税や下調べもせずに施工した法案、他国には良い顔をして金をばらまくくせに自国民には何の手助けもしない。そんな政治家など誰も好みません」


「言うねぇ高森君。だがまぁ、事実だな。保科が押し通したダンジョン課税制度なんかはさっさと撤廃するに限る」


 現在のダンジョン関連の法案は、保科や政治家達に都合の良すぎるものだ。

 それに重賀虎能充が行っているPKKも、本来であれば国が対処しなければならない事柄である。


 今や数百以上あるダンジョン内の取り締まりなど、夢物語でしかない。

 しかし犯罪は犯罪として、明確に線引きしなければならないのだ。

 堂洞はそう考えていた。


「先は長そうだ」


「心中お察しいたします」


 堂洞は深いため息を吐き、重厚な椅子を軋ませて天井を仰いだ。

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