第36話 事件発生

 後日、私は少しやらかしたかもしれない、と目を白黒させながら思っていた。

 コノミの複数の戦闘シーンを切り抜いて編集した動画をチックタックに上げてみたのだけれど、これがもうわずか3日で1000万再生もされてしまった。


 コメント欄には日本語だけじゃなく、世界各国の言語がひしめいていた。

 これだけの数の人達がコノミに対して注目している。


 そう考えると心の奥底がじんわりと温かくなってくる。

 私のコーチ、私達のコーチ、重賀虎能充。


 キザったらしくて、偉そうでふてぶてしくて、でも時折見せる悲しそうな瞳と自嘲気味のニヒルな笑い。

 動画を見た人はそれだけしかコノミを知れないけれど、私達はもっともっとそれ以上の、強いだけじゃないコーチを知っている。


 それだけで何故だか私は優越感を感じてしまう。

 

「でもよかったよ~私の公式アカウントで投稿してたらどうなっていた事か……」


 そう、実はこの動画、私がプライベートで使用しているアカウントから投稿したものだった。

 それなにこのバズりぐらいである。


 軽く引くレベルだよ。


 メッセージで色々な動画配信者から詳細を教えてくれだの、テレビ局だの、果てはダンジョン管理局(本物かは分からないけど)からもメッセージがくる始末。


 アンチコメントもあるにはあるけれど、誹謗中傷の類では無かった。

 いつまで経っても通知が収まらないので、私はチックタックの通知をオフにして携帯をベッドの上に放り投げた。


「今私は新曲の準備で忙しいざます」


 滅茶苦茶ヘビー、否、ヘヴィーなパワーレベリングによって私達はとりあえずとても強くなった。

 昨日行った中難易度の上級ダンジョンでは、コノミや風吹さんの手助けなく、3人だけでボスを討伐する事も出来た。


 フォーメーションはその場その場で変えるより、基本に忠実にヘイト管理をしっかりし、タゲの分散をコントロールしたりその他諸々細かい事を着実にやれるよう練習した。


 そのおかげもあって、隙の無い落ち着いた戦闘を出来るようになった。

 それはコノミや風吹さんのお墨付きを貰っているのだ、えへん。


「新曲の名前、どうしようかなぁ」


 私達は3人共レベル1000に到達したら新曲をやろう、と決めていた。

 歌詞は出来上がって、音も出来上がっている。

 今はそれらを合わせた最終チェックをしている所――なのだけど曲名がどうしても決まらない。

 

「恋の歌じゃあないからなぁ。どちらかと言うと応援ソングだし……」


 開いた曲用キャンパスノートにはいくつもタイトル案が書き込まれ、没になったものは二重線で消している。

 今一番候補として熱いのは『ダンジョンヒーロー』『うるとら☆きらめき☆ですれいん』『3人かしましレボリューション』、この3つだ。

 

「ふんふふ~ん……ふふふん、てってれれれ~……


 イメージを固める為にメロディを口ずさんでいると、放り出していた携帯の着信が鳴った。


「はいはい瑠璃ちゃん~? どった~?」

『あの、翆が……翆が……!』

「……翆ちゃんがどうしたの?」


 電話越しの瑠璃ちゃんの声がおかしい事に気付いた。

 切羽詰まっているような、とても焦っているような、それに今にも泣きだしそうな声。

 いつもクールで取り乱したりしない瑠璃ちゃんがここまでなるなんておかしい。


『翆ちゃんがぁ! さらわれちゃったよぉお!』

「……は――え?」


『瑠璃、翆ちゃんと江戸屋でご飯食べて、それから帰ろうと駅まで歩いてたら急に、急に黒い車が走ってきて、それで――どうしよおおお!』


「お、落ち着いて! まずは警察に――」


『警察は駄目! 翆ちゃんが殺されちゃう! さらった奴が走り去る前に言ったの。もし警察に連絡したら殺す、お前らがあのPKKとつるんでいるのは分かっている、って』


 瑠璃ちゃんが言ったその一言で、私は翆ちゃんに何が起きたか察した。

 PKK、それはきっとコノミの事だ。


 私達がコノミといる所をPKに見られた、そして――コノミをおびき出す餌として、翆ちゃんはさらわれたのだ。


「瑠璃ちゃん。今すぐ私の家に来て!」


『うう~……急ぐ……多分15分くらいでそっちの駅に着くから……』


「わかった。駅まで迎えに行くよ。瑠璃ちゃんが狙われる事はないはずだけど、気を付けてね」


『うん、怖い。怖いよ……』


「通話つなげたままでいいから、落ち着いて。ね?」


『あり、ありがとう……』


 私は唇を噛み、ぎゅっと携帯を握りしめた。

 そしてそのまま家を飛び出し、隣のコノミのインターフォンを鳴らした。

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