カップ麺の流儀(3) グルメ研究部
「やっぱ、外装的に一番ヤバい奴で間違いないかな」
「きーっ! そんなもので、このあたしを暗殺しようとは! 侵入者め小癪なり!」
菜月の方はダンダンダンッと地団太を起こして癇癪中の子供のよう。なんて言ったら、ぶちギレるに違いないため、威嚇中のウサギとでも思っておこう。
しかし、だ。
本当に暗殺だなんてことがあり得るのか。暗殺はなくとも嫌がらせの可能性はあるだろうか。
調べるとしたら、必ず彼女が開けるか、だ。
「ええと、家庭科室でカップ麺食べるために秋風と待ち合わせしてたってことだよね。これってまず僕以外は知ってるってことでオッケー?」
その質問に最初に反応したのは、菜月ではなく秋風だった。口元に付けていた指を離し、「ハッ」と口に出してから状況を伝えてきた。
「そうだそうだ。言うの忘れてた。私達、『グルメ研究部』っていって、美味しいご飯の雑誌を作る部活をしてるんだよ。令和の人々に美味しいもののことを伝えたいってことでね。今日もそのための集まりだったんだ」
雑誌を作る部活。どうやら家庭科部と新聞部を合体させたようなものであるらしい。となると、秋風の食に対する拘りも菜月の写真を撮影するとの性格もおかしいことではなかった。二人はこの「グルメ研究部」をよりよくするために集まったのだ。
今の情報で何とか状況は前へ前へと進んでいく。
「で……もし、嫌がらせのためにしたとしたら、その部活動を知ってるってところから始まるよね」
少なくとも部活動紹介などでのイベントや学校の冊子に「グルメ研究部」は見当たらなかった。マイナーな部活であることは間違いない。そのことを菜月が語っている。
「知ってるって、そんなのいないに決まってるじゃん。二、三日前に家庭部がこの学校にないし、家庭科室開いてるんじゃない? ってことになって、申請した部活だもん」
となると、本当に知っている人は限られてくるだろう。
「じゃあ、二人と先生位しか知ってる人いないの?」
その真相を知って、まず菜月の方が何かを発見したかのような顔付になった。目だけではなく手まで開いている。
「あっ、ということはアイツがまさかあたしを襲うために……あの薄毛、いつかやるとは思ってたけど、こんなに早くとは……堅物頑固化石教師、カップ麺を凶器に生徒を襲う。これは特ダネね!」
「グルメ研究部ならグルメのことについて書くんじゃないの!?」
僕がツッコミを入れている間に「ははっ」と呆れ笑いをしている彼女。教師についてはアリバイ、いわゆる現場に対する不在証明があるらしい。
「教師って言っても、うちの担任ね。あの人は野球部の方の監督もしてるし、さっき外見た時もずっと野球部の練習を見てたから、たぶん事件とは関係ないと思うな」
「なぁんだ……」
「ってか、加恋……顧問が問題起こしたら、この部活消えると思うんだけど、それはいいの?」
「……確かにそれは困る!」
ハッとして彼女は気を取り直す。それから、新たなる事件の手掛かりを口にした。
「で、あの頑固親父以外だと、もう一人知ってるのが
「雪平?」
「ってか、雪平、今はいないじゃん。何処行ってんの?」
秋風の方がすぐに「電話してみるね」とスマートフォンでその相手を呼び掛けていた。
雪平。
その人物はすぐに家庭科室へとやってきた。高校生とは思えぬ体格と恰幅の良さ。長い金髪を持つ貧乳ロリとは真逆の印象を持つ眼鏡の男。
どうやら性格まで真逆らしい。
「……誰?」
菜月は自己主張が激しく、喋ることが多い性格。しかし、彼の方はこちらから距離を少し取って控えめに口を開けている。寡黙なことも伝わってくる。
だからか代わりに秋風が互いの自己紹介をしてくれた。
「ああ、ええと、まずこっちから、こっちは桜木レイン! ちょっとカップ麺の良さを伝えたくて連れて来た! で、こっちが雪平
彼は小さく会釈する。
菜月がそんな彼にお腹をポンポンと叩きながら、僕の「調理人?」との言葉に答えてくれた。
「この過激ぽっちゃり男は、料理がめっちゃうまいんだよ。シェフとしての知識もあるから、雑誌に料理の情報を入れる時にこの男は不可欠って訳」
「なるほど……」
つまるところ、彼もこの事件の容疑者であることが分かった。ただ菜月の言葉や行動に対して嫌悪感を持ってる様子はない。
ただ雪平は見たところポーカーフェイスが上手そうでもある。何か嫌なことがあっても、顔に出さないことなど朝飯前。例えぶちギレたとしても、顔の表情筋を動かすことなく、相手を制圧しそうな感じはした。
「一応、怪しい人は絞られたって訳かな」
僕が言うと、菜月はこっちに飛び掛かってきた。それもやはり無邪気な顔で。
「えっ、マジマジ!? 誰々?」
「いや、この部活にいる人ってこと……だから、まず雪平と秋風の二人」
雪平は何も言わなかったが、秋風が反応した。
「えっ? 私?」
「うん。一応、あのコンビニと学校まで離れてるけど……もしかしたら、彼女が気絶している間にさっとカップ麺を処分してから、コンビニに来たかもしれないし」
「そっか。怪しいって訳だ」
疑ってしまうことに対しては申し訳ないと思う。雪平にも、だ。事情を告げて、口にする。
「君も、ごめん……でもこの事態の収束をするには、犯人に注意するしかないから……」
雪平は静かにこくりと頷いてくれた。ただそんな感情関係なしに菜月が入ってきた。
「でもやるじゃん。ここまで犯人が分かるとは……! 最初は変な奴だと思ったんだけど、結構頭いいじゃん」
そんな菜月にも、だ。
「あっ、ごめん」
「えっ?」
「君の方も容疑者リストに入ってる。自作自演って可能性も否定はできないから」
彼女ならば考える必要もない。彼女が自分でやられたふりをして、被害を訴えただけ。
その発言をしてから、菜月は一旦僕から離れてふてぶてしく椅子に座る。
「今の取り消し! やっぱロクな奴じゃないわ」
手のひら、くるりんぱだ。
ただ彼女は別に悪くないと思う。彼女が本当に無実だったら疑われることに対し、嫌だと思う気持ちにおかしいことはない。彼女みたいに感情や思っていることを露わにしてくれる方が
その上で彼女はこちらの考えを尋ねてきた。
「ってかさ! 普通に自作自演して何の得がある訳!?」
確かに。一見、そんなメリットはないように思えるが。ここが「グルメ研究部」と食の文化を大切にしているところなのであれば、動機は発生する。
「一応、あるにはあるかな。興味本位で作ってみたけど、食べられなかった。でも……『グルメ研究部』としては食べ物を粗末にすることとかって厳禁じゃないのかな……それを自分が処分したとなれば何を言われるか分からない。だから、誰かが食べていたことにしよう。そして誰かが捨てたことにしようって」
そこで妙なことを口にした秋風。「鉄の掟に触れちゃったか」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます