カップ麺の流儀(2) インスタント地獄
「な、何で!? えっ!? ゴホッゴホッ!?」
咳き込んでいるのは秋風も同じだった。その上でかって仲間だったらしき者に近づいていく。
「
彼女は目を擦り続けている。
ただ臭いが充満しているだけではない。殺意的な何かが辺りを飛び回っていて、この中に入るのにゴーグルが必要かと感じる位だ。
そう。唐辛子以上の危険物が宙を舞っている。
僕は息を止めて、すぐに窓を換気する。目の方はしょぼしょぼし始めて辛いには辛いが、何とか耐えきった。
それから倒れている金髪ロリの方へと向かう。体は小さめの少女。同じクラスではないけれども、入学式などで見覚えはあった。
「大丈夫なの?」
秋風は脈を手に取って、首を横に振る。
「心停止……脈は止まってます」
「そんな、先生、娘はもう助からないんですか?」
「安心してください。必ず助けてみます。但し、治療費五千万円よこせ」
「うう、諦めます……ありがとうございました。先生」
僕が床に手を付いた瞬間、金髪ロリはひょいと起き上がった。
「って、勝手に殺すな―! ってか、あたしはいつから、この男の娘になったの!? で、何で勝手に諦められてるの!?」
空気についつい乗ってしまっただけだ。
「ごめんごめん……起きてたの?」
「途中から気付いてたわよ。そしたらなんかやり始めるから、起きるに起きられないし! 木葉! この不審者、誰!?」
その少女はどうやら少々ご立腹のよう。指を差された上で警戒されてしまった。不審者との誤解を失くすためか苦笑いの秋風が口を動かした。
「不審者じゃなくってクラスメイト。で、ああ、桜木! こっちは
「あっ、そうそう! 聞いて聞いて! ついでにそっちのぼんくらも何かの役に立つかもだから聞きなさい!」
どうやら何かあったらしい。厄介事に巻き込まれたくない僕のセンサーがピピピとなっている。逃げようと思うも、秋風が肩を掴んできた。想像上のセンサーも彼女がランプの部分を拳で破壊していた。
ついでながら騒動の発端を聞かされることとなる。彼女はシンクの下を指差した。
「アンタを待っている間に何か食べるものがないか、探してたのよ。そしたら、このシンク台の下に食べかけの激辛焼きそばが置いてあったの。それを見てしまったあたしの眼球が痛くなると共にその辺りに辛さが飛んでいって、大変なことになったの」
そんなにか、と思う。確かに実情は目や肌で感じるが、気を失う程なのか。殺人的辛さであるのかと首を捻ったところ、秋風から解説が飛んできた。
「ねぇ、スコヴィル値って知ってる?」
「何それ」
「辛さの値を示す数値で、昔は辛いものを砂糖で薄めてどれくらいの量まで……っての説明はいっか。とにかく、どれくらい辛いかが分かる数値なの。カプサイシンとかの辛い成分が入ってれば、入ってる程高いってこと」
「そのスコヴィル値がどうかしたのか?」
「タバスコソースが二千五百から五千スコヴィルヒートユニッツって単位で表せるの」
タバスコは確かに辛い。適量以上に入れるとピザとかがなかなか食べられず、大変なことになるのは経験済み。二千以上もあれば、相当辛いに決まっている。
「そんなにたくさんあるのか」
「で、一般的な催涙スプレー。不審者とかに使うの、ね。それが一万位から十万になるかな」
「えっ、タバスコの二倍から、十倍……いや、でもタバスコでも目に飛んだらとんでもないことになるし……」
そこまではまだ予定調和だと思っていた。彼女がカップ麺のスコヴィル値を語るまでは。
「で、辛さが売りの基本的な焼きそばが四万五千になるかな」
「えっ? 催涙スプレーと変わんないの?」
「で、少しレベルアップしてるものだと四十万スコヴィル」
「ん? 催涙スプレーって何? えっ? はっ?」
人が口に入れていいものか少々分からなくなってきたのだが。遠慮なく彼女は情報を伝えてくる。
「で、今の出てる激辛焼きそばだと百万スコヴィルはあるか、なんて話も出てるわ」
なんと催涙スプレーの百倍はあるかもしれないとのこと。
「マジで……?」
「確かなことは分からないけど、今のカップ麺は凶器に使える辛さのものもあるってことだけは断言させてもらおうかしら……よく動画とかで食べてみたって出てるけど、素人が安易に食べてみてもいいものじゃないわ……ましてや、こんなところに放置しておくとは……」
頭の中で事件の整理をしておく。
誰かが菜月の命を狙って、シンクの下に激辛カップ麺を残しておいたのだ。その蒸気をモロに喰らってしまった菜月は気を失った。そして、そのカップ麺と言うと……。
「でも、実際のものがないね」
僕がシンクの下を覗いてみるも、凶器らしきものは回収されていた。調べたくても肝心の凶器の姿が分からなければ、何もできない。本当に凶器はカップ麺だったのか。食べかけだったのか。
逆に言えば、形さえ分かれば色々と判明しそうでもある。
どうしようとこちらも苦笑いしていたら、菜月がスマートフォンをポケットから取り出した。
「こんなこともあろうかと思って、薄れゆく景色の中、ちゃんと写真を撮っておいたの!」
「準備、いいな……」
しかし、本当に撮れているのか。疑ったところ、秋風が自身のスマートフォンを取り出した。
「加恋は写真撮るのめっちゃうまいからね。結構、SNSのフォロワーとかもいるんだよ」
「ほぉ」
菜月の方は説明されて「えへん」と鼻を高くしている。
と彼女の写真が上手であるとの証を画面越しに見せつけようとしてくれた。しかし、出て来たのは「このアカウントは凍結されてます」とのお言葉だ。
なんと哀れな。
「……あれ?」
素っ頓狂な秋風の顔を見た菜月。素早くスマートフォンをタップして、現実を確かめた。
「えっ? 何でアカウント凍結されてんの!? えっ!? 何で!? あれっ!?」
「もしかして、夜中に飯テロばっかするから、通報されたのかな」
「いや……似非グルメエッセイストと最近戦ってばかりだったからな。そのせいで有害なアカウントにされたのかも……って、んなことは今は……どうでも良くないけど……ショックだけど! それよりもこっち見て!」
彼女が写真を撮るのがうまいのは本当だったらしい。シンクの上に箸と共に食べかけのカップ麺が置いてあった。一見あまり辛そうには見えないのだけれども、そうではないようで。
秋風は写真の方を睨みつけていた。
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