この部活、謎解き食べ放題!

夜野 舞斗

カップ麺の流儀(1) プロローグ

 春風が妙に生ぬるくて気持ちが悪い。

 両親が単身赴任になってからもう二週間が経過しようとしている。だが、限界だ。大きな家で大きなキッチンで夕飯を作ることに心底疲れ果てていた。

 無理だった。

 最初は一人暮らしでも何とかなると過信していた僕も高校生活の厳しさを全く予想していなかった。夜になれば、家に帰って飯を作って食べる。それだけのことがどうしてもできなくなっていた。

 この状況で部活など、できる訳がない。

 四時頃に学校を出て、本日はコンビニへと向かっていた。桜の花もすっかり消え、緑の葉が舞う川沿いの道を走って進んでいく。途中で転んで、河原の芝にまで寝転ぶこととなった。

 学生服が汚れるも考えない。もうとっくにボロボロになった存在だ。今更、気にしたってどうしようもない。


「何で、こんなことに……」


 落ちる夕陽と風に揺れる草っ原の景色を眺めつつ、回想に浸る。

 あの日までは、悠々と生きていた。中学生の頃までは友人と共に帰って笑って、親に怒られて。あの日々がもう懐かしく感じる。今やほぼ地元の高校に友人はいない。皆、それぞれ旅立ってしまった。スマートフォンも一人暮らしになる直前に買ってもらったもので、連絡先に友達はいない。電話番号を知っていても、仲の良かった子達はかなりが学校の寮などに入って連絡すら自由に取れやしない。

 もう一度、川遊びがしてみたい。

 もう一度、パーティをしてみたい。

 もう一度、鉄板の上でお肉を躍らせて無邪気に笑いたい。

 それすらももう叶わないのだと考えると、泣けてきた。友と別れて四週間ちょっとしか経っていないのに、家族と別れてに週間ちょっとしか経っていないのに。

 この願いは贅沢か。早計か。きっともっと一年とか、二年とか経ってから言えと笑われてしまうかもしれない。

 それでも、後悔が入り乱れて止まらない。

 夕陽の丸が滲んでいるのは、季節早めの陽炎かげろうか、それとも……。

 河原で小学生らしき子供達がばちゃばちゃと水を掛け合って、笑っている。本当に自然な風景だ。

 そこで一人が「もう夕飯だよ」と言って、別れたところでハッと気付いた。僕は今、帰り道で夕飯を買いに行こうとしていたのだ、と。

 コンビニだから品切れなどはないと思うが、目ぼしい商品などが売れているのも嫌だ。さっさとコンビニへ向かわなくてはと先程よりも勢い強めに進み続けてみる。

 コンビニ「エイトサーティン」の中では食べ物で賑わっている。フライドチキンができたようで気だるそうな店員が「チキン、揚げたてですよー!」と叫んでいる。ひょこっと顔を動かした女子がいた。

 棚の影から見えた三つ編み眼鏡の少女には見覚えがある。

 クラスメイトの秋風あきかぜ木葉このはだ。ここは学校で一番近いコンビニでもあるからして高校生がたむろしていても、何の不思議でもない。しかし、休み時間には教室で本ばかり読んでいる彼女が小説のない場所にいるのが意外だった。

 何をしているのかは明白。

 カップ麺のコーナーの前にいるのだから、今日の夕飯を選んでいるのだろう。僕と似たようなものか。

 彼女はぶつぶつ何やら呟いている。教室でも前の前の席だからか、休み時間になる度、聞こえてきてしまう。


「ううん……蕎麦か饂飩か、ラーメンか……焼きそばもあるからなぁ。富士宮やきそばが限定で出てるのはいいが、桜エビが入っていてほしかったところ……ううん、となると油そばか……でも野菜が足りんからな……野菜だったらかき揚げ蕎麦一択になるけど、でも……野菜だったら後でカップ麺のふりかけを使えば、いいだけだし……でもそれだって合う合わないがあるからなぁ……ここは……ううん……」


 教室の時は分からなかったが、今なら彼女に何か言える気がする。僕の言葉で彼女が救えるのなら。少しだけ彼女のことを知ってみたいとの下心もあって、つい喋ってしまった。彼女の背後で。


「カップ麺なんてだいたい同じなんだから、適当に選んだら?」


 その一言が藪蛇だった。

 彼女の肘突きを一発、腹に喰らう。唾が辺りに飛び散って、吐き出した自分でも北ねぇなぁと思いつつ、意識が薄れそうになる。


「失礼。ちょっと手が滑って」

「いや、それは手が滑ったから当たるところではないような……たかがカップ麺のことを」


 今度は彼女の足が僕の足の上に乗った。


「おっと失礼。更に手が滑って」

「手を滑ったって言えば、何でも許されると思ってない?」


 痛みのせいで気絶しそうになり、痛みのせいで気を取り直した僕。待っていたのは彼女の恐ろしい顔だった。


「で。もう一度聞くんだけども、本当にカップ麺がたかがなの?」

「あっ、いえ……たかが何かじゃありませんでした。すみませんでした」

「分かってくれたら嬉しいな。なんたって、カップ麺は凄いものなんだから」


 いや、カップ麺ではなく貴方の怖さに負けたのです。そうツッコミを入れようとしたところ、自身で気付いてくれた。


「って、今、全くカップ麺の凄さについて伝えてなかったわよね?」

「あっ、うん……」


 だからか、彼女はコンビニから出るよう伝えてきた。そのままついてくるよう指示された。

 下手に拒否しても、今後が気まずくなりそうと断れはしなかった。


「さて、学校に帰ろうか」

「家には七時までには帰れるかな……?」

「まっ、そこまで遅くはならないと思うけど」


 その心配はするだけ無駄かな、と思わされた。彼女は楽しく今後のことを語っていく。絶対八時以降になりそうだ。


「さてさて、カップ麺についてどっから喋ろっかな。カップ麺を作るたゆまぬ努力……カップ麺は中の麺が浮いているのだけれども輸送時の衝撃から守るためってのは知ってた?」


 知らなかった。ただ彼女の語る知識がほんのちょっと面白そうだな、と思ってしまったのは内緒。

 ただ少し隠したいとの気持ちが大きすぎて不満そうな様子を見せてきた。


「桜餅冷麺くんって名前なのに、どうしてそこまでカップ麺に興味ないの?」


 どうやら食べ物のことにしか興味がないのか。


桜木さくらぎ澪音れいんだよ。どうして同じクラスメイトなのに興味がないの? いや、人のことは言えないけど……」


 なかなか人に馴染めなかった。子供の時のようにうまくはいかなかった僕。

 だから、何だか僕と似たような彼女となら。少しだけ暗がりとなった怪しい道の奥に学校の窓から電灯の光が見える。あれが希望の光なら。

 秋風の足が速くなる。つられて僕も走り出していた。彼女の買った四つのカップ麺から一つ、きつねうどんが落ちそうになり、慌てて受け止める。その状況が何かを意図しているようで不安になるも気にせず、動いた。

 彼女は「待たせちゃってるから!」と騒いで僕を家庭科室の前まで呼び寄せた。他の人もいるのかと気になっていたところ、彼女は扉を開いた。


「お待たせ―! って……えっ?」


 教室に入ると、金髪貧乳ロリが死んでいた。

 辺りはむせかえる程に紅い臭いが満ちていた。


 

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