第3話 ショートヘアー
予選の一か月前に遡る
大会の広告を握りしめた壁島は顧問の先生へと
申請のお願いに訪れていた。
「剣堂先生…… 久しぶりです」
「おぉ…… 息子の怪我振りやね」
本当のことなのだがそれを言われると
申し訳なさが勝ってしまう。
「いやいや…… 気にせんでよか」
「そういうわけにはいきません」
「気にしたところで変わらんとね」
様々なところで
バスケの顧問兼コーチを熟して
誰もがこう呼ぶ
《戦神》こと剣道顧問は
噂はかねがねと近況を聞いてきた。
「ほうほう…… 部員が揃ってと」
「大会の方に申請したいんですが……」
「条件があるたい」
方言が混ざるのが特徴で
言葉の前で認識する。
「条件ですか?」
「わしと一人ずつワンオンワンをしよか」
「ひとりずつですか?」
「それで二回勝てたら申請をば通す」
「勝てなかったら……」
「大会なんてもってのほかじゃ」
軽々しく言うが
剣堂顧問は現役のバスケ選手にも
劣らぬプレイヤーで学内で有名だ。
ニヒっと笑うと
意地悪な条件を付けてくる。
「指名した二名が勝てばじゃけどな」
「そちらで決める? どういうことですか?」
「そのままじゃ」
体育館では
蝉の鳴き声と夏至の暑さが混じる
そんな中で汗だくになりながら
平然と動き回る少女がいた。
「暑いですねぇ」
「そうだねぇ…… 水飲む?」
「ありがとうございます」
併設された浄水施設の水が空になるんじゃないかと
いわんばかりの飲みっぷりで周りも喉を鳴らす。
【俺も飲みたい】
【私も喉乾いた】
そんな体育館に巨大な体躯の壁島が
のそりとやってきた。
後ろには皺がちょうどオシャレに入っている
おじいさんがいる。
「バスケ部のみんな集合だ」
「剣堂顧問じゃないですか」
久木が剣道顧問に気が付く
球捕も赤坂も目に留めたが
剣堂顧問の目は真希に向いていた。
「なかなかの逸材じゃね」
目があった真希は
どうもと挨拶しながら近寄ってくる。
「今からワンオンワンで剣堂顧問に挑む」
「は?」
「無理ですよぉ」
久木が最初に疑問どころか怒りと
球捕が弱音を吐いた。
「で? 誰を指名しますか?」
「久木ちゃんの成長を見せてもらおうかの」
「二名の指名の一人目が……」
「ちがうったい」
「へ?」
「指名は赤坂君と真希ちゃんね」
赤坂と真希を順に指さして
ニヒっと意地悪に笑う。
「とりあえず久木から次は?」
「球捕と壁島の順でお楽しみの赤坂君と真希ちゃん」
「わかりました」
まず久木からワンオンワンで
三点先取のルールを始めた。
「行きますよ!」
まずドリブルで相手を伺い
隙を突くように前に出たように見せかける。
前に出たと思ったが一歩しか変わらないままで
バックステップを踏んだ。
隙を突き切るフォームで
油断を利用しゴールまでの算段が
見切られる。
微動だにしない剣道顧問に
突っ込んでしまった。
絡めとるようにボールを弾き
攻守を変更させる。
「次は剣道君の活躍ったい」
自身を若い学生と扱えと言わんばかりの
策への嫌味を垂れた。
「わしは前に出た振りで後ろに下がってスリー放つ」
「なんで言うんですか?」
「若造が舐めたプレイングするからたい」
「スリーってそもそもワンオンワンでなしでしょ?」
「試合中にそれ言うてみ」
「笑われますね……」
「全力で止めや」
「わかりました」
案の定だが
スリーを三回決められる。
「なんでわかってんのに体が反応すんのか……」
「反応するように目を利用するったい」
「えぇ…… 真希ちゃんと同じこと言うんですね」
球捕が遠くで質問を繰り出した。
「ほう…… 真希ちゃんが楽しみじゃのう」
久木がぐったりする中で
次は球捕が餌食になる。
「じゃあ球ちゃんを抜き去って三本じゃな」
「えぇ……」
右と左を交互に攻略された
しかも右をオフェンスつまり攻撃で
左をディフェンスつまり守りの状態で
詰め切った。
決まり切っている
まさしくお手本の負け方を実践させられる。
右から攻めるのは比較的に入れやすいというより
聞き手のほとんど右なので想像しやすい。
左の防衛は右に行こうとするのが大半なために
こちらも同等の理由だ。
ワンオンワンには二つの負け方がある
ボールをそのまま攻撃で
そしてもう一つはボールを取られた後に
ゴールに入れられる。
「最後はどっちがよか?」
「出来れば楽に終わりたいですぅ」
「攻撃の右じゃな」
「もう動きたくない……」
ぐてぇとした球捕は
もはや木偶人形のように突っ立つだけで
終わった。
「次は壁島君じゃな」
「わかりました……」
「あと説明不足で悪いけんど」
「俺から言いますから……」
事の成りを説明する
目の色が全員が変えてしまう。
「うそぉ」
「ほんとなの? 壁島さんや」
「残念ながらな」
ほっほっほっと外から笑う剣道顧問は
ニヒっと意地悪にまた笑った。
「ちゃんと体力削りや」
「もちろんですとも」
守りには定評がある壁島ならではの
粘着質なディフェンスで体力さえ削ればと
誰もが期待する。
しかしフェイクでめちゃくちゃの
壁島を見るや否やバスケ部の全員が青ざめた。
「あの壁島さんが?」
「最後まで立っていられない?」
赤坂と真希は想像以上のプレイングに
度肝が切り取られる。
ほとんど動かずにフェイクをかましながら
壁島を動かし続けた。
何回も繰り広げられる高速のやりとりに
ほとんど何が起きたかわかってない。
しかも剣道顧問は最短の動きしか使ってない
たった数秒なのに汗だくに倒れている。
「壁島くんや」
「はぁっはぁっ……」
「ちゃんと留まらんば疲れるだけとね」
「そ…… そうですかぁ」
ちゃんと伸びてしまい
真希がベンチまで運ぶ姿を剣道顧問は
驚くこともなく見ていた。
「これは楽しみが増えたのう」
「その前に俺がいますからね」
「ちゃんと勝てよ? 大会ば行きたいとやろ」
「おす!」
赤坂のスタイルは以外にも
攻撃より守りが上手い。
ハンデという形で全部を守りにしてもらった
これが功を奏すのかはわからないではある。
赤坂はずんと陣取るが
涼しそうな顔で懐に入りそうなモーションの後に
後ろにずいっと下がりスリーを決めようとした。
間に合わないかと思ったが
さすがの図体のでかさがカバーする。
「おぉっ! これは面白いぞな」
色々と試したくなったのか
様々な戦術できた。
まず一つ目は股抜きを狙いに近寄ってくる
しかし真希の件でよっぽど悔しかったのか
その詰め方を制御する。
「ほうほう……」
二つ目は下がりきった状態で
アップダウンを駆使した疲労を呼ぶ作戦を
繰り出した。
「もう持っている時間が迫ってますよ」
実はバスケはボールを持っていい時間が決まっている
手がそれ以上に触れていると失格となるか相手のボールになる。
「これは一本取られたばい」
時間制限が来てしまい
最初から守りを始めた。
「これなら体力を削れるよな」
遠目に見ていた真希に振り返り
ふんふんっと頑張りますのポーズをしている。
しかし算段が甘かった
何十回目のやり直しを過ぎる頃には
赤坂の限界が来る。
しかし点数はすでに終わっているので
やめてもいいが真希のことが気がかりだ。
「がんばらんか」
見てられないくらいにボロボロだ
真希も止めようとしたが久木にやめとけと
無言のジェスチャーを繰り出す。
「私って足手まといですか?」
その言葉に反応したのは
赤坂が一番にだった。
「わかった…… 限界だ」
「若いのにのう」
とうとう来てしまった
真希の番である。
「がんばります!」
真希の体を舐めいるように見つめる剣道顧問
それに怯えず立ち向かう姿は誰かの面影を映した。
「大好きなタイプじゃのう」
「ナンパですか?」
平手でウルトラマンのようなポーズになる
しかし違う違うとジェスチャーをする剣道顧問に
はてなと表情に浮かべる。
「わしの得意な選手じゃと言うとうや」
「得意?」
「ちょこまか動くんじゃろ?」
「そんな大雑把には……」
【ミスなく最短で】
言葉が被った
寸分狂いなく揃った。
「同じタイプということですか?」
「そうじゃ」
覚えたての手捌きを振るう真希か
熟練した手を使う兵かの争いになる。
「びぎなーずらっく」
おじいちゃんが覚えたての英語で
同じだろと挑発した。
攻撃と守りのハンデなく
行うことになる。
まず攻撃で真希が攻めていく
動かずにドリブルで左右に
視界をバラしていき
瞼を閉じる瞬間に突っ切ろうとした。
「ドライアイの天敵じゃのう」
見えてないのに関わらずに音で判断したのか
バシンと弾く。
「惜しかばい」
守りに転じて試合は先取されてしまった
このままでは赤坂のがんばりが無に帰される
それだけはまずいと踏ん張る表情になった。
ベンチから大爆笑をもらうことになる
それが逆に緊張を和らげて
全身に酸素が行き渡る感触がする。
「こっからね」
「がんばります!」
同じ手法で剣堂顧問が
真希に飛び込むと先ほどのを模倣した。
「なっ? 覚えたと?」
「さっきは勉強になりました」
「ふふっ! ふははっ! 面白い子じゃ!」
子供が宝物を見つけたように
はしゃぎ出す。
「ならこれは覚えれるかの!」
攻守を無視してまた攻撃で
始まりだした。
「右からの左に飛んでのまっすぐ!」
くるりと回り対応する
まるで踊っているように
剣道顧問をタイムアウトまでボールを持たせる。
二対一の段階でもはや
楽しくて仕方ないと言った表情で残念がる剣道顧問に
朗報があった。
「剣堂顧問がいないと部活じゃないですよね」
「おぉっ! それはよかたい」
「剣堂顧問の復活か?」
「それはすごいですねぇ」
「あいつのおかげでほんとにチャンスが巡ってくる」
【ありがとう】
バスケ部の顧問とバスケ部の面々が
そろって感謝を述べる。
「最後の一点は名門におるなんじゃったか……」
「真希斗君ですか?」
「そうじゃ! そいつから取ってこい」
久木の聞こえている耳打ちで
剣堂顧問は目標を再確認させた。
こうして長きに及ぶ予選までの
プロローグを終わらせる。
その後も疲れ切るまでバスケで遊ぶ
孫とおじいちゃんは倒れ込みながら笑っていた。
バスケは楽しいのである
こんなに笑い合うようなスポーツ
勝つためにぶつかることはあれど
力のスポーツではなく知からのスポーツである。
BASKET SHOOT あさひ @osakabehime
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