第62話 長い戦いの中でその二

 

 第一回公判は茨城県の地方裁判所で行われた。初めての裁判でとても緊張していたけど、傍聴席から強い視線を感じる。その方向を見ると


 えっ!神山奈央子。なんで?そうか、分野別修習で司法修習生として傍聴するのか。しかし、彼女とは…。


「雄二君、今日は検察側の起訴状の朗読と罪状認否だ。しっかりと聞いておいてくれ」

「はい」

 神山さんに気を取られているとそれを前田さんが気が付いたのか注意されてしまった。彼女に気を回している暇はない。気を入れないと。



 検察側は、被告人大頭美代は被害者青山祐樹に恨みが有った事、計画的な犯行であり、凶器となった包丁が根元まで刺さっている事が強い殺意が有った事の表れだと起訴状を読み上げた。


 だけど、美代の今の生活、高校、大学時代の事は一切言わなかった。多分不都合になるからだろう。


 罪状認否では打合せ通り、被告人大頭美代は、あれは事故で青山を脅すつもりだけだったと主張。


 気が動転していた事、被害者が体を避けた時に自分が足を滑らせ結果、あのような事態になって深く悲しんでいると述べた。


 次の公判日が決められ一日目が終わった。大頭美代さんは、逃亡の理由が無い事等から、最初の拘留期間の後、保釈が認められ自宅に戻っている。



 裁判が終わり裁判所の外に出ると、案の定神山奈央子が待っていた。

「一条君、久しぶりね」

「雄二君、知り合いかね?」

「はい、法科大学院の時、同じクラスだった人です」

「話があるなら、私は先に帰るが」

「いえ、何もありません。俺も一緒に帰ります」

「ちょっと、待ってよ。少しだけ。前田弁護士お願いします」

「少しならいいが」


「神山さんどうやって俺が今日の裁判に出る事を知ったの?」

「偶々よ。ほんと君とは偶然が一杯あるわ。もう必然ね。この裁判最後まで傍聴するわ」

「司法修習で忙しいだろう。まして茨城まで来るなんて」

「それはそれよ。それより今度ゆっくり話そう」

「俺は君と話す理由も気もない。それじゃあ、さよなら。前田さん行きましょう」


 何よ、いつもながらのあの態度。少し位私と話しても罰は当たらないでしょうに。



 俺と前田さんは駅に向いながら

「雄二君、彼女に随分冷たかったな」

「冷たいというより、彼女が執拗なだけです。俺には関係ない人です」


 なるほど、雄二君の容姿と頭脳は武器にもなるが、その反対も起き得るな。もう少し大人になれば、いずれ分かるか。


 二回目の公判は五月の中旬に行われた。検察側からの立証が行われ凶器となった包丁が手元まで深く入るには相当の強い殺意が無ければ、行えないなどを元に被告人の意図的な殺人で有る事を鑑識の鑑定などから強調した。


 検察側は、被告人の現場の感情ばかりを想像で言っていて、実際に調べたはずの美代の地元での生活や、高校時代、大学時代の事は今回も言わなかった。


 そして警視庁の人事部の女性を証人に立てたが、青山が悪い方へ取られる発言しかせずに検察側を渋い顔にさせていた。



 検察のやり方は、いつもながらだ。先ずは被告人が犯人もしくは加害者になる為には、相応の罪状を科す為には、WBS(ワークフローブレークダウンストラクチャ)を時系列を考慮してトップダウン的に組み立てそれに必要なパーツを探し出し張り合わせ組み立てて行く。司法修習の時に覚えた。


 これに対抗する為には、各パーツに反論するのも大事だがロジックそのものが誤りだという事を証明するのが一番効果的な方法だ。

 だから、俺はその線に沿って被告人の今までの行動を組み立て行った。



 前田さんはこの事案だけをやっている訳では無く、並行で別の事案も持っている為、俺は前田さんの指示でこの事案だけを集中的に担当した。



 プライベートでは、お腹の大きくなった千佳が実家に戻る事になった。仕事は予定日の二週間目から休むことにしている。


 一条家から借りた車に、千佳と俺の当面の手荷物を後部座席半分とトランクに入れると、しっかりと戸締りを確認して家の鍵を掛けた。

 そして、空いている後部座席半分に千佳を座らせるとゆっくりとドアを閉めた。


「雄二、忘れ物無いよね」

「無いと思うけど。あれば近いんだから取りに来ればいいさ」

「雄二、でも子供が生まれたら、実家に住む事にしているんだよ。色々必要になる」

「大丈夫。必要な物は新しく購入しよう。俺達の新しい生活が始まるんだから」

「うん♡」


 雄二は今大変忙しい。でも家の中ではいつも私を気遣ってくれる。家事も手伝ってくれる優しい夫。

 今度の裁判が終わって、赤ちゃんも生まれたら、また甘えたいな。



 三回目の公判は、六月中旬に行われた。今度は俺達から事故である事を立証した。

 被害者青山祐樹への一途な愛情や被害者への日頃の献身的な行いは誰もが認めている事等を裁判官に説明した。


 また、警視庁人事部の女性を証人として出廷して貰い、被害者は自分の為に警視庁に異動する事を依頼された。肉体関係もあると証言してくれた。


 更に、検察側から提出された凶器となった包丁の被害者青山祐樹の体に入った角度や包丁の持ち手に付いていた被告人の指紋が、意図的に真直ぐ刺した形と違う事も証明した。


 そして次の公判は八月終わりとなった。千佳の出産の時期にぶつからなくて良かった。



 七月三日早朝。可愛い女の子が生まれた。俺は新生児室で寝ている我が子を見て他の子供より一番可愛いと思った。自分の子供とはこんなに可愛いものなのか。


 千佳と相談して名前は優佳(ゆうか)と名付けた。

「一条優佳、いい名前ね」

「ああ、二人で付けた名前だ」



 五日後、千佳は優佳と共に一条家に戻った。お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんは、時間さえあれば優佳の傍でずっと見ている。優佳のちょっとした動きで三人で騒いでいる。


 千佳が流石に乳児なんだから、そんなに近くで騒がないでと言って一度収まるが、一時間もしない内に同じ事になって千佳も呆れていた。




 八月中旬に四回目の公判があり、検察側からの求刑が行われた。被告人大頭美代に七年の実刑が求刑され美代さんの肩がビクッと震えたのが分かった。


 これに対して我々側は今まで提出して来た証拠を元に執行猶予の付いた判決を裁判官に要求した。


 そして被告人大頭美代は、泣きながら被害者青山祐樹への愛情と自分がした事への反省を述べた。



 二ヶ月後の十月中旬、事件が起きてから実に一年が経っていた。


 裁判官から言い渡された判決は懲役二年執行猶予四年だった。勝った。



 傍聴席で聞いていた美代のお父さん大頭大二郎さんは涙を流しながら私達の方へ頭を下げていた。そして美代さんはそのままお父さんと一緒に実家に戻った。



 裁判所を後にしながら

「雄二君、立派だったぞ」

「いえ、今回は勝ちが決まっていたような気がします。検察側が有利となる証拠は何もありませんでしたし、証人尋問も上手く行きませんでしたから」

「君はいつまでたっても驕る事のない人間だな。その年齢でこの裁判を勝てたんだからもっと自信を持っていいんだぞ」

「前田さんが俺を一人で出来ると思われた時、そう思います」

「そうか」


 ほとんど雄二君がやったのに。大変な子が現れたものだな。



「一条君」


 後ろから声を掛けて来たのが神山奈央子だという事は直ぐに分かった。振り返ると


「私、東都地検に配属になったわ。楽しみにしていてね。じゃあね」

「……………」


 やれやれ、新人の検察官が東都地検に配属されるはずないのに。雄二君や彼の友人は裁判の未来、あり方を変えるかもしれないな。


―――――

裁判所の公判に関する内容は、多分に流れ、内容を簡略的に書いています。また検察の考えた方やり方は、私の勝手な想像ですので、その辺ご了解の程お願いします。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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