第60話 上手く行くはずだったのに


最初、少しだけ時間が戻ります。


―――――

 

 俺、青山祐樹。茨城県警刑事部捜査二課に配属された後、翌年四月から二課係長として仕事を始めた時、茨城と東京で起きた事件で警視庁と合同捜査本部が置かれた。その時運よく一条千佳と会う事は出来たが、素っ気無く相手にもされなかった。


 それ以来、茨城県内の贈収賄事件等に関わるが、現場に出る事はない。捜査本部が置かれても二課長の横で座っているだけだ。


 いつもはデスクワーク。こんなに詰まらない仕事だとは思わなかった。課内はブスばかり。一条千佳レベルとは言わないが、とても声を掛ける気にはならない。


 家に帰れば、美代が毎日の様に来ては、五月蠅く結婚の事を言って来る。合同捜査本部で扱った事件が解決したらという事で先延ばししていたが、それも終わってしまい、今はだらだらと引き延ばしている。



 こいつと結婚してしまえば、もう茨城からは出れなくなる。下手すれば警察も止めなければいけなくなるだろう。


 だからその前に警視庁への転属が出来ないか人事にも問い合わせたが、俺が警視庁に行く理由がない。

 定期人事異動で決まるかもしれないが、それは先の話だ。と言われて手詰まりになってしまった。 


 大学校時代に同期だった連中の配属先を調べると人事部に一人、女性の警部補がいた。俺はこれだと思い、直ぐに連絡をした。


 相手は俺を覚えていたらしく、俺が東京に買い物に行くのだけど、一人ではつまらないし、久々なので会えないかと言うと直ぐに了解してくれた。


 美代には仕事で東京に行くという事にしてその人と会った、二泊するつもりだと言うと喜んでいた。


 俺は特に買いたい物などなかったが、仕事場では制服しか着ないので、偶にはファッション性の高い洋服を買いたいと言うと、私が案内してあげると言ってくれた。


 勿論一日目は表参道辺りでウィンドウショッピングして当たりを付けた後、夕食を一緒に食べて、一人でホテルに帰った。


 次の日は午前十時から会って渋谷で同じ事をした後、昼食を一緒に摂って、せっかくだから映画もみたいと言うと彼女もそれが良いと言って見た。


 買い物などどこかに行ってしまった。その日も一緒に夕食を摂って少しお酒を飲んで、あれの事をそれらしく話した。でも彼女は固く、その日も俺は一人でホテルに泊まって翌日茨城に帰った。



 二週間後、また彼女に電話したら、自分も会いたかったという事で会った当日、ホテルで体を合わせた。


 後は簡単だった。会う間隔を二週間にしたり三週間にしたりしてじらしながらゆっくりとその子を攻め落とすと人事の話をした。理由は彼女の傍に居たい、だから俺も警視庁に異動したいと伝えた。


 



 私、大頭美代。最近祐樹が仕事と言って二週間か三週間に一度東京に行く。前はそんな事なかった。


 理由を聞くと警部になったので色々と警視庁刑事部とやり取りしなければいけないからだと言っていた。


 私はキャリア警察官僚は忙しんだと聞いていたので、仕方ないと思っていた。私は彼が県警に仕事に行っている間に彼の部屋を掃除したり、彼の洋服を洗濯しているのだけど、東京に行った時に着ていたシャツや下着を洗おうとした時、女性の香水の匂いがした。


 何かの間違いかと思って黙っていたけど、東京に行った日だけは着ているシャツや下着には何故か女性の香水の匂いがしている。

 


 祐樹に質問したいけど、そんな事言って嫌われたらいや。だからこの事は私の心にとめておこうと思ったけど、我慢出来なくて東京に祐樹が行く時、そっと付いて行った。


 彼は警察官だから私なんかの尾行はバレるかなと思ったけど、構わない。本当に仕事なら付いて行った理由はいくらでも言える。



 彼が池袋で乗り換えて山手線内回りに乗ろうとしている。警視庁はそっちじゃない。そのまま付いて行くと渋谷の駅で降りた。私もそのまま降りて付いて行くと駅の近くで女の人が待っていた。


 そして彼とその女の人は駅から真直ぐラブホに向ってそのまま入って行った。声を掛けようとしてけど声が出ない。目の前が真っ暗になった。


 私はしゃがみ込むと声を出して泣いてしまった。どの位経ったのか分からないけど、男の人が声を掛けて来たので、急いでその場を走り去った。水戸の家までどうやって帰ったのか記憶になかった。


 自分の部屋に入って思い切り泣いた。祐樹に裏切られた。高校生の時に告白されてから一途に彼だけを見て来た。大学は違ったけどずっと彼の事を思っていた。


 彼が地方研修の後、茨城県警に着任した時は、もう離れる事は無いと思っていた。だからここに戻ってきた後は、彼の生活を一生懸命支えた。


 毎日の食事の用意や部屋の掃除、洗濯も全て私がやってあげた。夜だって恥ずかしい事や無理な事も随分要求されたけど、いずれ夫になる人。だから好きにさせた。それなのに、仕事と偽って女の人と会っていたなんて。


 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。


 お母さんが心配で私に声を掛けて来たけどドアを開ける事を拒否した。その次の日も自室に籠った。


 お母さんがご飯をトレイに乗せて部屋の前に置いてくれている。それだけは食べた。


 そして彼がアパートに帰ってくる夜、私は電気も着けないで彼が帰って来るのを待った。


 最初は、彼に渋谷の事を問質そうとした。でも証拠も何も無い。いい加減に逃げられてしまう。挙句私の事を捨てるかも知れない。


 だったら…。祐樹は誰にも渡さない。私が一生一緒に居ると決めた人。死んで誰も邪魔されない世界で一緒に生きて行けばいい。彼を殺して私も死ねばそれが出来る。



 玄関のドアの上がり口で彼を待った。手にはキッチンに置いてある包丁。



 彼がドアを開けて壁にあるスイッチに手を伸ばして明りを点けた時、


「美代!」

「祐樹、裏切ったのね。私を裏切ったのね」

「な、何を言っているんだ」

「あなたを東京まで付けて行った。あなたは渋谷に着くなり女の人と…。私と一緒に死んで!」

「待て、待て。美代待て」


 私は両手に持った包丁を突き出してそのまま祐樹のお腹目指して前に動くと祐樹が横に逃げながら私の腕を避けようとした。でもアパートの玄関は狭い。

 その時、私の足がもつれて、祐樹の体にぶつかった。


 グエッ、

 くそっ、もう少しでこの女とも別れて東京で千佳を俺の物にする事が出来たのに。段々、目の前が暗くなって来る。こんな所で死んで…。


 祐樹のお腹に、包丁の刃が根元まで全て入っていた。私の体重が包丁に掛かったからだ。


 祐樹のお腹に刺さった包丁の口からは凄い勢いで血が出て来た。口からも血を吐いて、彼の体が痙攣している。


 はっ! 


「やだ祐樹、祐樹。駄目、死んじゃダメ」


 玄関にはお腹から出た血で真っ赤な海になっていた。


 お父さんに電話しないと。


 私は、玄関先の血まみれた廊下から立つと血まみれの手でダイニングのテーブルの上に置いてあるバッグからスマホを取出してお父さんに連絡した。


「お父さん、私、私、…」

「どうした美代」

「…祐樹が死んじゃった」



 後は、傍にしゃがみこんでしまった。


 お父さんとお母さんがやって来て、救急車のサイレンが鳴って、警察が来て、もうどうでも良かった。



 祐樹を殺しちゃった。



 メディアは現役警察官僚の死亡の仕方に食いついた。全国ネットで翌日朝からテレビやラジオ、SNSで騒ぎ始めた。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

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宜しくお願いします。



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