第56話 弁護士の仕事は大変です

 

 弁護士会への登録も終わった俺は、二月から前田法律事務所に行く事にした。事務所は十階建てのしっかりとしたビルに入っている。


 俺が事務所に入って行くと女性が

「どの様なご用件でしょう」

「あの…」

「おお、来たか。金田さん。この子はお客様じゃない。今日からうちの事務所で一緒に働く一条君だ」

「えっ、そうでしたか」


 な、なんてイケメンなの。モデルさんが事案持って来たと思って喜んでしまったわ。でもカッコいい。



「皆さん聞いて下さい。今日から私達の仲間として働いてくれる一条雄二君だ。帝都大学法科大学院在学中に司法試験に受かった秀才だが、現場では初心者だ。皆さん宜しく頼みます」

「紹介に与りました一条雄二です。司法修習が終わったばかりの初心者です。宜しくお願いします」


 パチパチパチ。


 他の弁護士の方や事務員からの自己紹介が終わると


「一条君、今日はうちが扱っている事案と進捗について覚えて貰う。その後は、当面私と一緒に動く事にする。金田さん、一条君の事宜しく」

「分かりました。一条君、私は金田幸子(かねださちこ)、ここの事務を担当してるわ。これから宜しくね。早速だけど始めようか」


 他の女性は各弁護士毎に付いている事務員で、金田さんは事務所全体を見ているようだ。


 金田さんは、背が高い。百七十センチ近くあり、全体的に細身だ。眼鏡を掛けたアラサーって感じ。


 午前中は、事案と概要、それに担当弁護士を教えてくれた。お昼を挟んで進捗を教えてくれたけど、事案の性格上、クライアント(弁護依頼して来たお客様)の詳細は伏せられていた。

 弁護士一人当たりの事案は年間で二十件以上あると聞いた。大変さは想像出来ない。




 夕方になり、俺が帰ろうとした時、前田さんが

「雄二君、給料の件だが」

「前田さん、まだまだ勉強の身です。こちらからお支払いしなければいけない位です」

「はははっ、雄二君らしいな。だが、仕事をして貰う以上、ただという訳にはいかない。基本年収はこれになる。後は事案毎にインセンティブがある」

「申し訳ない事だと思っています。ありがとうございます」


 しかし、いくら親から継いだ資産があるとはいえ、贅沢をする訳でも無し、この子は本当に凄いな。うちのパートナーになるのもそう遠くは無いだろう。




 何とかスタート出来た弁護士の仕事だが、最初は前田さんの鞄持ちといった感じだ。でもクライアントが冗談で、いつから前田さんはモデルを雇う事になったんですかなんて聞いて来る。


 前田さんが、俺の経歴を紹介すると目を丸くして驚いていた。弁護士の仕事は結構クライアントの時間に合わせる事も多く、帰宅が遅くなることも稀にだけど土日に出る事も有った。

 

 千佳の方も警視庁内の組織調整に入ったとかで、帰りが遅くなることもあり、偶に夕飯が一緒に食べれない事も有った。


 だけど、自分や俺の仕事が理由なので、結婚した当初の様な我儘は言わなくなっている。



 そんな事が三ヶ月程続いた五月の連休後に竜馬から連絡が有った。話をしたいと言うのだ。


 俺はプライベートな事だと思って今度の土曜日で良いかと聞くと

「いや、会社に来てくれ依頼案件だ」

「それは俺が弁護士としての話か?」

「ああそうだ。明日の午後一時に来れないか?」

「ちょっと待ってくれ」


 俺は直ぐに傍にいる前田さんに話すと大丈夫だと言われたので

「分かった。俺がお世話になっている法律事務所の弁護士と一緒に行くよ」

「分かった。住所は直ぐに送る。受付には話を通しておくから宜しく頼む」



 竜馬は、確か早乙女さんのお父さんが経営する会社に入ったと聞いているが、全く詳細は知らない。実際、大学卒業以来だからな。もう三年ぶりだな。


 一度事務所に帰ってから竜馬の事を説明した。


「早乙女?」

「はい、俺の大学時代の親友が、知り合った早乙女理央さんという女性のお父さんが経営する会社に入社するという事までは知っているんですが、それも大学卒業式の時に聞いただけでどんな会社かも知りません」

「うーん、早乙女かぁ。多分早乙女産業だろうけど、あそこの会社は法務部門も持っているはずだし、君に声を掛けてくる理由が分からんな」

「早乙女産業ですか?」

「ああ、一部上場企業だ」




 翌日、午後一時十分前に早乙女産業のビルの前に着くと、ビルを見上げた。結構でかい。


 前田さんと一緒に受付に行って

「あの、坂口竜馬さんと午後一時に約束しているんですが」

「この受付票に氏名と訪問先担当者名をお書きください」

「分かりました」


 それを書き終わり、ゲストパスを貰って待っていると、竜馬がゲートから現れた。

「久しぶりだな雄二」

「久しぶり竜馬。凄い会社だな」

「ああ、俺も入社した時驚いたよ」

「竜馬、こちら俺がお世話になっている前田法律事務所の前田弁護士」


「初めまして、前田です」

「初めまして坂口竜馬です。中に入ってから話します」



 竜馬の後を付いて行きエレベータに乗って八階に着くと会議室に通された。そこには一人の男性と一人の女性が立っていた。中に入ると


「ご足労させてすみません。私は早乙女総一郎(さおとめそういちろう)です。これは娘の理央です」

「初めまして、早乙女理央です」

「初めまして前田法律事務所の前田卓と申します。宜しくお願いします」


 俺も名刺を渡すと


「早速ですが、ご足労頂いたのは会社の事ではありません」


 やはりな。


「私の家が所有する都内の土地の事で問題が起こりまして、社内の法務部門の人間を使う訳にも行かず、帝都大法学部を卒業している竜馬君に相談した所、友人に弁護士になった人間がいると教えて貰いまして、連絡した次第です」


 おい、竜馬。俺が司法試験落ちてたらどうすんだよ。そう思って竜馬を見ると目が笑っていた。


「分かりました。お話をお聞きします」


 前田さんはそう言うと早乙女さんのお父さんの話聞き始めた。どうも後藤不動産という会社が、早乙女さんの土地を不当に転売しようとして、転売先から連絡が有ったのが事の発端らしい。



 一時間程、早乙女さんと前田さんが話をしたところで


「用意周到な相手ですね。こちらもしっかりと対応させて頂きます。先に契約書を結びたいのですが、いつお持ちすれば宜しいですか?」

「明日、同じ時間に来て貰えますか」

「分かりました。お伺いします」



 早乙女親子とはその会議室で別れて竜馬が俺達を会社のゲートの外まで送ってくれた後、

「竜馬、早乙女さんと親しいな」

「ああ。理央と婚約した。秋に結婚する予定だ。その時は招待状出すから来てくれ」

「えっ?本当かよ。おめでとう。ぜひ行かせてさせてもらうよ」



 俺達は、早乙女産業のビルを後にすると前田さんが、

「今回の相手、業界でも悪い噂が立っている会社だ。気を付けて掛かるぞ雄二君」

「はい」


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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