第55話 司法修習も終わるといよいよ

 

 七月も終わると分野別実習も終わり、選択型実務修習に入った。四つのプログラムを二か月間で受ける実務修習だ。


 中には一度に一人二人しか入れないプログラムもある。流石にこの時ばかりは、下条さんと一緒になる事は無かった。


 このプログラムも中々ハードで、とても千佳と夏休みを過ごすという事は出来なかった。彼女は俺の今の修習を理解してくれているらしく、


「雄二、分かった。今年は諦めるけど、来年は絶対に旅行行こうね。子作り旅行だよ」

「こ、子作り旅行?」

「そう、この前、修習期間は諦めるっていたけど、来年は弁護士になっているんでしょ」

「それはそうだけど」

「じゃあ、決まりね。私のお腹に来年末位には雄二の子が…。ふふふっ、嬉しいなあ」

「………………」

 なんか、怖い感じがする。



 選択型実務修習の最後ホームグラウンド修習には前田さんの所、前田法律事務所を選んだ。

 下条さんも父親の法律事務所で実務修習を行うらしい。


 前田さんに修習をお願いすると

「雄二君も遂にこの時が来たか。君がホームグラウンド先をうちに選んでくれたのは嬉しいよ」

「はい、でも前田さんしか知らないし。それに弁護士資格を取得したら、前田さんの所で働かせて貰おうと思っています」

「嬉しい事を言ってくれるな。うちはまだ五人の小さな法律事務所だが、雄二君が入ってくれると頼もしい限りだ。期待している」

「はい!」


 それから二週間だけだったけど、色々な事を教えて貰った。



 そして十月から最後の実務修習、集合型実務修習が始まった。起案と模擬裁判の繰り返しだ。


 講義形式とは言え、とてもハードで、起案に丸一日掛ける事もある。だけどここでは下条さんがべったりと俺の隣に毎日居た。


 弁護側、検察側に別れる時は、執拗なまでに厳しく追及してくる。俺にとっては好都合だったけど。


 一日が終わった後、彼女にしつこ過ぎないか聞いたら、一度でいいから一条さんを完膚無きまでに叩きのめしたいと笑いながら言っていた。こっちのが怖い。





 雄二は実務修習の最終段階に入っていると聞いている。でも土日や祝日に出る事はないので、夫婦生活も安定している。むしろ私の方が偶に遅くなるくらいだ。


「雄二、もう大分寒くなって来たよ。明日、冬服買いに行こうよ」

「ああ、いいよ。土曜だし、偶には外食しようか」

「うん♡」



 千佳は、四月に警部になって給料も上がったらしい。俺は修習生なので変わらずだ。彼女は俺の二倍以上貰っている。


 弁護士になって実績を上げれればいいが、上げられなければ千佳を養うどころか子も養うのが難しくなる。


 両親から受け継いだ資産は、高校、大学と大学院の時代に授業料と色々な管理費や生活費で使ったけど、全体から見れば、一千万単位の数字が少し減っただけだ。

 

 このお金は、俺というより俺と千佳の子供達に引き継がせるか、色々な管理費を除いて大半は慈善団体に寄付するつもりでいる。

 俺は、質実に生きて妻や子供の笑顔を見れればいい。幸い千佳も贅沢には興味が無い様だ。




 翌日、俺達は少し遅めに家を出て、いつものデパートに行った。本館とSCで千佳の欲しい冬用の洋服やバッグ、それにコートを買うと俺のといっても男というか俺はさっぱり分からないので全部千佳に任せきりで実務修習に行く洋服やちょっとした外出着、それに靴を買った。靴の減りは最近結構激しい。



 買物が終わると俺の手には二人分の洋服やバッグの袋で一杯だ。でもなんで女性の洋服の袋ってこんなに大きいんだ?


 例によってSCの方に向って歩いていると、はぁ、まただよ。渡り廊下のSC側から十か月程、見ていなかった神山さんが歩いて来た。


「一条さん、お久し振りです」

「久しぶり、神山さん」

「奥様も一段とお綺麗になって羨ましい」

「あなた、用事無いなら私たち急ぐので」

 

 千佳の断ち切る様言葉に

「あら、用事ありますよ。一条雄二さん、今年司法試験受けたわ。勿論短答式は合格です。

 今年には司法試験の合格通知が届くから、来年は司法修習。再来年には法曹になって、またお会いする事も有るでしょう。

 一条さんは弁護士ですよね。私は検察官になります。いずれ法廷で争う事も有ると思うので、その時は宜しく」

「神山さん、期待と妄想ばかりで都合のいい将来を考えると、躓く事にもなりかねません。気を付けて」

「ふふっ、雄二の忠告は良く当たるのよ。神山さん。さっ、雄二行こう」


 なによ、あの態度。雄二はともかく、あの女、粗探しして訴えてやるから。待っていなさい一条千佳。

 しかし、偶然ってあるものね。これなら彼とまた会う事も有りそうだわ。



「雄二、なんであの女とここで二度も会うのよ」

「俺に言われてもどうしようも無いよ。俺だって不思議なんだから」

「ねえ、それより、今日予約してあるレストラン。ワインも美味しいんだって」

「千佳飲めないだろう」

「少しだけなら大丈夫。一生懸命練習したんだから」


 何、どんな練習したんだ?




 そして、最後の実務修習も終わり、十一月の半ばに有った司法修習生考試も終わった。十二月に結果が出たが、俺のクラスは全員が合格した。




 そして正月、千佳の実家では

「雄二君、ついに弁護士になれたな。おめでとう」

「ありがとうございます」

「ふふっ、お父さん、お母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん。来年の今頃は私のお腹も大きいかも」

「なに。本当か雄二君」

「…の予定です」

「そうか、そうか。ついにだな」

「お父さん、実家の増築早く始めましょう。間に合わなくなるわ」

「そうじゃ、そうじゃ。婆さん。俺達も筋トレするか」

「あなた何言っているの。腰悪くするだけよ」

「そうか?」

「そうです」



「雄二君、弁護士資格を取った後だが、当てはあるのか?」

「はい、ずっとお世話になって来た前田弁護士の事務所に入ろうと思っています。実務修習の時にお願いしてあります」

「流石だな。あそこなら安心して勤められる」

「ご存じなんですか?」

「ああ、色々な事件を担当している。私の知合いの検察官から聞いた話では、無敵の前田と呼ばれているそうだ」

「知りませんでした」

「なに、直ぐに分かる。しかし前田弁護士の所とは、将来が楽しみだな」

「期待に添えると良いのですが」



 この子は昔から、奢らず妄想に走らず、自分の足元を見て一歩ずつ歩く子だ。弁護士になっても成功するだろう。


 警察官でなかったのは残念だが、子供の誰かがうちを継いでくれればいい。これだけ優秀な二人の子供だ問題はあるまい。しかし、また楽しみが増えた。





「雄二、もう寝たの?」

「まだだけど」

「じゃあ、声出さないから」

「でも明日、家に帰れば」

「駄目」


 はぁ、酔いで眠いのに…。仕方たないか。明日の千佳の笑顔の為だ。


―――――

司法修習について、修習内容を細かくは書きませんでした。ご理解の程お願いします。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



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