第54話 司法修習その二
千佳の子供の事については、これからにしようと言って、ブツブツ言っている千佳を慰めて話を終わりにした。
分野別実務修習が進む中、三月に法科大学院の卒業式が有った。一応事前に購買に行って、例の式服のレンタルを申し込んでおいたので、当日はその式服アカデミックガウンを着て出席した。
それは良かったのだが、同じクラスだった神山さんが、俺に
「一条君、お願いがあるの。司法試験の準備したいんだ。教えてくれない?」
俺は、またかと思いながら
「そういう事は自分の努力でして受ける事に意味があるんだ。自分でやってくれ」
「えーっ、お願い。一度でいいから一緒に勉強しよう」
「駄目です。今は司法修習で忙しいんだ」
俺と神山さんの話を聞いていた同じクラスの女子学生が
「一条君。その司法修習って、どんな感じ?難しいの?」
「易しくはない。どちらかと言うと、とてもハードだ。全て実務に参加しながらだから」
「えーっ、一条君でも難しいと言うの。私で出来るかな。もっと詳しく教えて」
「もう式典の時間だ」
俺は話を強引に切って、式典会場の中に入った。
もうこの大学に来ることはめったにないだろう。六年。実質は五年半だったけど、今から思えば懐かしくも思うな。
千佳とずっと一緒だった。千佳にアプローチした数多の男達はその後どうしたのかな。
青山とか言う奴もくだらない手紙を送りつけて来たが、まあ五年半も居れば何も無い訳には行かなかったという事だ。千佳の迷いはもうない。
竜馬とは最初の二年だけ一緒だったが、あいつも早乙女さんと上手くやっているみたいだし。楽しかったな。
式典も終わり、外に出ると千佳が待っていた。今日は有給休暇を取っている。
「雄二、お疲れ様。終わったね」
「ああ、この式服、購買に帰すから一緒に来てくれ。その後、食事しよう」
「うん」
私、神山奈央子は、一条君が妻の一条千佳と仲睦まじく購買部の方に歩いて行く姿を見つめていた。
一条千佳、彼の妻にして容姿端麗、頭脳優秀、この四月から警部になる警察官僚。付け入るスキがない。
でも、私も必ず司法試験に受かって、また彼と再会するんだ。まだチャンスはいくらでもあるはず。今は、一歩先に行ってしまっている彼を見ているしかない。
一条雄二、いえ高槻雄二を知ったのは、もう中学の頃、私の親戚の子の隣に住んでいた。親戚の子、深山加奈子は目立って可愛い子では無かったが、雄二とはとても仲が良く、毎日一緒に遊んでいると言っていた。
所が彼女曰く、高校一年の春に両親が交通事故で亡くなり、親戚の家に預けられたと聞いた。
加奈子は頭の悪い子ではないが、雄二だけと遊んでいた所為か、男を見る目がない。
直ぐに彼氏が出来たとかで、写真を見せて貰うとチャラすぎる男だった。こいつのどこがいいか理解出来なかった。
そして私とも会う事も無くなって半年、雄二が戻って来て彼の気持ちを支える為に付き合う事にしたと言った。
私は、その時、丸山大学の男はどうするのかと聞いたが、雄二は友達、隆は恋人とか言った割には、随分雄二とも親密だったようだ。
その時までの雄二は、髪の毛がボサボサの陰キャという言葉がぴったりと言う感じで全く興味を持たなかった。
その後、加奈子は、大失敗をやらかして雄二とも疎遠になったと聞いている。
ところが、大学で同じ講義を聞いているどこかで見た記憶はある男がいた。でも全く思い出せない。こんなイケメンなら忘れるはずも無い筈なのだが。
だけど同じサークルと言っても彼が入るサークルに一緒に入ったのだけど、高槻雄二と自己紹介した男の顔を見て気付いた。
加奈子の隣に住む雄二だった。だけど、あまりにも雰囲気が変わっていた。まるでモデルだそれも一流の。
それ以来、私は頭の中は雄二になってしまった、いわゆる一目惚れ。そして彼の頭脳優秀さも相まって、どうしても彼が欲しくなった。今は一条千佳が妻だが、人生チャンスはいくらでもある。
待っていなさい一条雄二、いえ高槻雄二。
「神山さん、打ち上げに行こうよ」
「うん」
この子達だって、法科大学院を卒業した優秀な人達。…なのに一条君が光って見えるのは私の嫉妬、悔しさ、憧れ?どれだろう。多分全部なんだろうな。
分野別実務修習も進んだ六月初めに、検察庁において簡易な刑事事件に着手する事になった。
同じくクラスの下条直美(しもじょうなおみ)。このクラスでも秀でた修習生が声を掛けて来た。
「一条さん、この事件の加害者の心情をどう思っている?」
「心情を正確に推測するのは難しい。推測できると思うのは自惚れや驕りでしかなく、隠れている事実を見逃す原因にもなる。俺達は、現実だけを見て判断するしかない。君はどう思っているんだ?」
「私は加害者の心情をある程度推測して、裁判時における加害者の言葉の意味の裏を考えた方がいいと思う。これは自惚れや驕りでは無いわ」
「どうかな、その推測が誤っているという事は考えないのか?誤っていたら泥沼に陥るぞ」
「でも…」
下条直美、艶やかな髪が肩まで有って、綺麗な顔立ちにフチなし眼鏡を掛けている。法曹女子の典型みたいな感じの女性だ。
法科大学院を二年で卒業した後、去年の司法試験に受かって、この司法修習で同じクラスになった。優秀だが、自分善がりになってしまう所がある。
「まあ、いいわ。裁判の時の加害者の言葉を聞いてからね。ところで、今日はいつもより早く終わるわ。偶には一緒に食事でもしない。勿論君が妻帯者だと知っての事だけど」
「残念だな。俺は妻以外の女性と仕事以外で行動を共にする事はない。食事なんて以ての外だ」
「もう六か月も一緒に居て、一回も誘いに乗らないなんて大したものね。そんなに奥さんは魅力的な人なの?」
「ああ、俺にとって妻より素晴らしい女性はいない」
「全く、ご馳走様だね。お腹一杯だわ」
「良かったじゃないか。夕食代が浮くだろう」
「そういう意味じゃない」
「分かっているけど」
一条雄二、どんなに揺さぶっても誘っても、芯が全くブレない。こんなに素敵な男を虜にしている女性ってどんな人だろう。
一度見て見たいものだわ。まだ、十一月まで時間はある。必ず誘って見せる。そうすれば糸口も見つかるだろう。
―――――
司法修習について、修習内容を細かくは書きません。ご理解の程お願いします。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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