第53話 司法修習

 

 十一月中旬、俺は司法試験に合格した。


 教授達は信じられないと言っていたが、良く聞くと俺のパターンは今年からなので、驚いたと言っているそうだ。

 でも、俺が実績を付けた事で学長が喜んでいたけど。



 俺は、合格通知を受け取って直ぐに司法修習の申し込みを行った。合格してから一週間以内に申し込まないといけない。


 本来は、来年三月にここ法科大学院を卒業しなければいけないが、司法修習が実質十二月から始まる事、俺は先行して二年次分の勉強をしていた事や司法試験を受かった事等を理由に、来年三月の卒業は確定となり、十二月からの司法実習に入る事になった。



 十二月頭から二十日間、埼玉の研修所で導入修習を受けなければならない。だけど、電車時間だけなら四十分で行ける。


 これは一月から始まる本格的な修習の為にガイダンスみたいなものだと聞いていたが、とてもそんな甘い事は無かった。


 直ぐにクラス分けされ、丸一日中、実習が行われる。でも土日も祝日も休みなので、千佳のご機嫌もいい。




 正月になり、一条家では、俺の司法試験合格と司法修習生なった事を派手に喜んでくれた。


「これで、雄二君の夢にまた一歩近付けたな」

「そうじゃのう。益々元気でいないといけないな」

「どうしてですか。お父さん?」

「なに、千佳と雄二君には優秀な子供を一杯産んでもらいたいからな。勿論、儂たちが面倒を見る」

「あの、お爺ちゃん、その話はまだ早いの」

 

 千佳が顔を赤くして下を向いている。


「そうですね。がんばります」

 と少しアルコールが入った所為で軽い調子で言うと


「雄二、言ったわね。覚悟しておいてよ」

「へっ?」


「あははっ、雄二君も千佳も仕事以外に頑張らなければいけない事が山積みだな。嬉しい事だ」

「あなたったら」

「いいじゃないか。二人で頑張るというのだから」

「そうね。確かに言えるわね。あなた、家増築しましょうよ」


「お母さん、流石にそこまではまだ早いような」

「何を言っているの雄二君。頑張るんでしょ。準備は早い方がいいわ」

「あははっ」

「そうじゃそうじゃ」


 俺も下を向いてしまった。お父さんもお爺ちゃんもお酒の勢いか好きな事を言い始めている。




 そんな賑やかな正月も過ぎ、直ぐに分野別実習が始まった。一月から七月までクラス毎に民事裁判、刑事裁判、弁護、検察を配属庁毎に四クールに別れて研修を行うものだ。但し、研修と言っても実際の実務に携わって覚えて行くらしい。





 私、神山奈央子。一条君が去年の司法試験に合格した。同じ同期の法科大学院生は、全員、目を丸くして驚いていた。教授達だって驚いていた。


 私だって信じられない。彼が同期の中でもトップだというのは知っていた。でも大学院生だ。一年生の時から二年生の勉強をしているのは知っていたけど、あくまで独学だ。


 得る知識の範囲は限られている。二年生になったからって七月の司法試験を合格するだけの知識は無かったはずだ。


 誰かが彼に教えていたんだろうか。でも私はいつも彼の傍にいるから教授達が教えたという事はない。


 彼の頭脳はそこまで優秀なのか、それとも外に教授になり得る協力者がいたのか、分からない。


 はっきり言ってそんな事はどうでもいい。問題なのは十二月から彼がここに来なくなった事だ。


 彼がいない講義は楽しさが半減だ。他の女子学生も前の様に一生懸命お化粧して少しでも綺麗に見せようなんて事が無くなった。まあ、どんなに化粧しようが着飾ろうが私にかなう訳はないんだけど。



 このクラスは法学部出身が多い。ほとんどの学生は、この三月で卒業して今年の司法試験を受ける。私もそうだ。


 本当は司法修習を彼と一緒に受けてチャンスを狙う予定だったのに全く狂ってしまった。こうなったら、今年の司法試験何が何でも受かって、弁護士になる。


 いや検察官か裁判官の方が彼と会う確率が高いか。その為にも勉強するしかない。でも彼がいなくなったおかげで興味も全くない男達が声を掛けてくる。これでは学部生の時と同じだ。どうにかならないものか。





 雄二がいよいよ司法修習生として自分の夢を実現しようとしている。私の夫は本当に凄い。まだ法科大学院生なのに他の学生より遥か先を歩いている。妻として誇らしい。


 私も、後三ヶ月して四月からは警部だ。去年の夏前に茨城と東京で発生した贈収賄事件も終息しつつある。

 合同捜査本部は解散となっている。あの男と会う事は無いと思うが、茨城県警の捜査二課に居るという事は、いつ声を掛けてか分からない。四月の時に刑事部内の他の課に転属すると言うのはいいかも知れない。


 でも二年間、捜査二課にいて仕事は出来る様になった。警部になれば係長だ。他の課でいきなり係長になっても仕事が分からないし、どうしようかな?



 最近、雄二の帰りが毎日遅い。土曜日も出る時がある。まあ土曜の夜と日曜日はいっぱい甘えられるからいいけど。やっぱり子供作ろうかな。そうすれば産休も取れるし。

 あっ、雄二が帰って来た。相談してみよう。


「ただいま」

「お帰りなさい。遅かったね」

「ごめん」

「ねえ、雄二。相談があるの」

「相談?」

「うん、子供の事」

「えっ?!」


「あっ、夕飯食べた後にする」

「……………」


 千佳が子供の事を口にした。以前、警部になったらと言っていたが、今年の四月に警部になる。

 まさか!


 俺は司法修習生になって、給料を貰う様になったが、千佳と比較したら半分にも満たない。とても俺の収入では生活が出来ない。とにかく彼女の話を聞いてみるか。


―――――

法科大学院在学中に司法試験を受けるには色々な条件が有りますが、今回雄二はそれを全てクリアしているという前提です。

また司法修習について、修習内容を細かくは書きません。ご理解の程お願いします。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価★★★頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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