第52話 夏は皆さん大胆です

 

 今年の夏は、千佳と何処にもいかない予定だったので、俺は司法試験も終わり、夏休み中という事も有って、自動車免許を取る事にした。


 最初に学科を集中的に受けて、実技は後回しの方法を取った。勿論学科の合間に実技も受けた。

 でもここでも女性達が寄って来た。中には高校生も居ればアラフォーかと思う方もいる。そして一様に


「ねえ、君なんて名前なの。もし良かったらこの後、少しお話でもしない?」


 と言葉をコピーでもしたような言い方をしてくる。もう千佳の叔母様の美容室に行くの止めようかと思う時がある。



 高校生の女の子には驚いた。金髪にピアス。夏だからだろうけど、思い切り胸元の緩いTシャツにホットパンツ。下を向いたら下着が見えちゃんじゃないかって位。その子が

「お兄さん、行かない。ただでも良いわよ」


 流石に

「そういう事を気軽に知らない人に言ってはいけないよ」

「知ればいいじゃない」

 ここまで言われると言葉を失って、逃げてしまった。



 そういう事もあり、夏休みは横着して髪の毛を伸びっぱなしにしようとすると千佳が


「雄二、叔母様の美容室に行こう」

「俺はこのままでいいよ」

「駄目、弁護士になるんでしょ。清潔感が重要よ」

 本当にそうか?まあそうだろうな。前田さんは夏でもスッキリきっちりとダークスーツを着こなしているからな。



 学科は仮免前までの分を全部取り終わるのに二週間位掛かったけど、その後は実技を一日中取れるだけ取って運転した。


 教官が何故か皆女性だ。男の教官も一杯いるのに。でも必ず実技が終わると終了のマークを貰えるので助かる。教習中なのに前を見ないで俺の顔ばかり見ているのは気の所為か?


 教習所内の坂道発進でエンジンをストップさせたり、バックしそうになると


「ふふっ、いいのよ。ゆっくり覚えましょうね」

と言って、やたら、ハンドルを持つ俺の手を触って来たり、その時に胸を俺の腕に押し付けてきたり、シフトレバーに置いてある俺の手の上に手を置いて来る。これって教習に関係あるのかな?



 そんな辛い?教習所内実地も終わって、一般道路で仮免の運転になった時、俺が受付に行くと何やら女性教官たちが揉めている。受付の人に何か有ったんですかと聞くと


「君の所為よ」

「えっ?!なんで?」

「誰が君と一緒に外にドライブ…コホン、実地教習に行くか揉めているの。分かった。皆君の所為だからね」

 

 俺何か悪い事したっけ。



 仮免教習に出て何日か経った時、

「今日はこっちの道に行って」

「いつもと違いますけど」

「いいの」


 段々、周りの景色が違って来た。どっちかと言うと郊外のラブホ街だ。

「君は優秀だから、今日の実技はあそこで行いましょう」

「えっとぉ。それってどういう意味でしょうか?」

「こういう意味」


 シートベルトを着けたままの俺にアラフォーの女性教官がしがみついて来た。

「や、止めて下さい。何するんですか」

「あそこで実技教習しないと今日の教習は終わりにならないわよ」

「ふざけないで下さい。帰りましょうよ」

「私、離婚して半年なの。だから…」

「いい加減にして下さい。俺は結婚しているんです」


 頭に来てシートベルトを外して教習車から降りて、歩こうとすると


「既婚なんて関係ないわ。奥さんに黙っていればいいだけじゃない。ねえ、一度だけでいいから」

「駄目です」

「一条君のいけずー」

「どうでもいいけど、教習に戻りましょうよ」

「もう、仕方ないわね。帰るわよ」



 そしてこういう日が有った日には、帰って来た千佳がいつもの口付けをすると離れてから俺の顔をジッと見て


「雄二、女の香水の香りがする。どういう事?」

「こ、これは…」

 仕方なしに今日の事を全部説明すると


「その教習所名教えて。閉所させるわ」

「ちょっと待って、いけないのは教習所じゃなくて教官だし、その人とはもう実地教習出ないから」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「じゃあ、私の匂いに変わるまで抱いて」


 今日は何時に夕飯食べれるんだろう?



 そんな大変な教習も終わり試験場でマーク方式のテストも終わると無事に免許証が手に入った。


 もう、九月も半ばだ。でも来年は、西伊豆の別荘に行けそうだな。



 九月も終わろうとしている時、千佳が

「雄二、今度の土日空いている?最近土曜も教習所行っていたじゃない」

「ああ、空いているよ。免許証も取れたしね」

「じゃあ、一泊で良いからどこか行かない?免許証取れたんだし、運転しないとペーパードライバって奴になっちゃうよ」

 確かに言えるな。この季節なら近場でも空いているだろう。


「そうだな、じゃあ富士山の近くの宿でも取るか。今なら空いているだろう」

「うん」



 早速借りたレンタカーには若葉マークを付けて初めて千佳を乗せて走った。東名用賀インターから高速に入る時、バックミラーとドアミラーを見ながら入るのだけど結構怖い。


 やっと車線に入って一番左側を走っていると

「雄二、結構上手いじゃない」

「そ、そうか。あははっ」

 


 料金所はETCで通過して、今度は真ん中の車線を走って行くと一番右車線を走る車のスピードが速い。どうやったらあんな走り方出来るんだ。

 そして八十キロ定値走行していると一度後ろに着いた車が、どんどん俺達の車を追い越していく。


「雄二、もっと早く走ろうよ」

「千佳、このスピードが一番燃費が良いんだ」

 ほんとはこれ以上スピードを出すのが怖い。


「燃費なんて関係ないの。大体これPHEVでしょ」

「PHEV?」

「えっ?雄二が借りたんだよね、この車」

「そうだけど、ネットで良さそうな車だったから」

「ふふっ、私の旦那様も苦手な分野が有ったとは。だから二人なのに二千五百CCの大きい車借りたのね。とにかく燃費がとてもいい車だから気にしないの。ねえ百キロで走行しようよ」

「わ、分かった」


 千佳に脅されて?百キロ弱位で走っていると目が慣れて来たのか、恐怖感が無くなって来た。

「ほらあ、雄二も出来るじゃない」

「ま、まあな」


 御殿場インターを降りる前に足柄SAに入って、右も左も居ない駐車スペースに車を止めた。

 俺達が降りて、SAの前のベンチで休んでいると、何故か周りに人だかりが。


―ねえ、あの人達。

―うんうん。

―でもメディアにはあまり載っていないようだけど。

―声掛けてみる。

―そうしようか。



「千佳、早く出よう」

「そうね」

 やっぱり夏は髪の毛を長くしておこう。



 俺達は、インターを降りた後、亀の様にスムース?にワインディングを走り過ぎ、芦ノ湖が見えるホテルに着いた。

 玄関の車止めについて運転席側のドアを開けるとホテルの人が

「キーは付けたままにして置いて下さい。私達が駐車場に回します」

「そうですか。お願いします」


 助手席側から千佳が降りて、トランクからも荷物を降ろしてロビーに入ると、とても素敵な風景が窓の外に見えた。芦ノ湖が一望出来ている。

「うわーっ、綺麗」

「ほんとだな」

「さっ、チェックインしましょ」


 千佳が私が出すと言うのを止めて、流石にここは俺がカードを出した。


 仲居さんに案内されてエレベータに行くと

「お客様のお部屋は五階の五一二号室です。キャンセルが出たので、大きめのお部屋になります」


 部屋に入ると横に洋間のベッドルームが、正面に十畳はありそうな和室の上に大きな和卓と背もたれ付きの椅子が四つ並んでいた。窓の横には室外露天風呂がある。


「ここは四人部屋ですが、今日はお客様にご利用になって頂きます。料金は変わりません。お食事は何時からになさいますか?」


「雄二、湖畔を歩いて、温泉に入ってからにしたい」

「じゃあ、午後六時半かな?」

「畏まりました」


 仲居さんが部屋を出て行くと千佳が抱き着いて来た。

「素敵な部屋ね。来て良かった」

「そうだな。楽しもうか」

「うん」



 俺達は、そのまま湖畔に行って並んで歩きながら周りを見ていると

「雄二、見て。遊覧船」

「あれがそうか」

 この歳になって遊覧船を見て心が躍るとは思わなかった。


「明日、帰る前にあれに乗ろう」

「でも帰りは?」

「また向こうから遊覧船に乗ればいいんじゃない」

「そうか」

 大丈夫かな?



 温泉は家族風呂を予約してあったのでゆっくりと二人で入った。体を抱き合わせているとムラムラと来るので適当に上がった。千佳も同じらしい。


 夕食は部屋食。山と海の幸がテーブル一杯に並べられている。

「これ、俺達だけで食べるのか?」

「はい、お客様お二人分です」

「凄ーい!」


「ねえ、雄二。二人だけでしょ。ビールを一本だけ頼まない?」

「千佳は大丈夫なのか?」

「私はちょっとだけ頂く」


 千佳はお酒には強くないらしい。コップの底にある位を飲むと顔を真っ赤にしていた。俺は一条家で鍛えられたせいか、一本位はしっかりと飲んだ。


 お腹一杯になり仲居さんがテーブルを綺麗にして、部屋から出て行くと


「雄二」

 俺の首に手を回して


「早く」

「わ、分かった」



 ツインベッドだったけど、片方のベッドで二回戦した後、二人共疲れていたのか、気が付いた時は朝になっていた。



 目が覚めるとまだ午前五時半だ。俺の横には千佳が、まだ目を閉じている。俺は何も着けていない千佳の体をジッと見た。


 知り合って初めてした時から何も変わっていない素敵な肢体。千佳の弱い所もみんな知っている。こんなに素敵な女性が俺の妻で居るという事に、本当に喜びを感じている。


 これからも大切にしたいと思っている。あの時の事は、千佳がはっきりと俺に説明した。

 千佳は言った。カフェでコーヒーを飲んだだけだと。千佳の言葉を俺が信じなくて誰が信じてあげれるのか。


 後から、つまらない手紙を送って来た奴がいたが、粉々にして生ごみと一緒に捨てた。

 書いて有る事が事実だろうが嘘だろうがどうでもいい。過去は過ぎ去った事。蒸し返して何の意味が有る。


 今の千佳にそんな気配はない。人間、一度位、物事を誤りそうになる、誤ったかもしれない。でもその間違いに気づき、二度と同じ事をしなければいいんだ。


 俺が目に掛かっている髪の毛をそっと耳の方に避けると千佳が目を開けた。


「千佳、おはよう。部屋の外にある露天風呂に入らないか」

「うん」


 千佳が可愛くて堪らない。



 結局、俺達は部屋で朝食食べ終わった後、室外露天風呂に入ったり、イチャイチャしてレイトチェックアウトの午前十一時になってしまい、遊覧船に乗るとレンタカーの返却時間に間に合わなくなりそうなので、早めに帰った。勿論、亀のようにスムースにワインディング道路を走り去って。でも下りって怖い。



 十月に入って後期履修を登録した。でも司法試験が受かれば、直ぐに司法修習だ。受かっていると良いのだが。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る