第49話 また春がやって来ました

 

俺は正月気分も早々に勉強を開始した。


 ただ、千佳の思いはしっかりと実現してあげている。俺もルーチンになったようだ。


 そして一月二十二日から二週間の定期試験が有った。成績は俺がトップだ。神山さんは五位。

悪くは無いと思うのだが、本人は不満顔。俺に何か言いたそうだったが無視した。



 その後は、四月まで休みに入るが、俺は教授に司法試験を申し込む事を伝えた。最初は反対していた教授だったが、とにかく受けたい事、二年次の勉強を先行してやっていた事や学部生時代法曹コースの講義を受講していた事等を話して説得した。


 教授は、普段の授業から論文式試験は大丈夫だろうが、短答式試験は短時間の内に多くの問題をこなさないといけない。その練習はしておく様にと言われた。


 確かに基本三法の大量の問題をマークシート方式で五十分から七十五分で答えるのは頭を思い切り切り替える必要がある。練習しておいた方が良いに違いない。



 三月に入って司法試験の願書を交付して貰い、直ぐに願書を出した。その後、二年次の前期履修登録をしたが、ほぼ全曜日一限から授業が入っていた。


 そして五限まで有る曜日もある代わりに一限で終わる曜日もある。これなら司法試験の準備が出来る。授業への影響もなさそうだ。





 私は四月になり、正式に配属が決まった。そうここ警視庁刑事部捜査第二課だ。普通は現場研修が終わると他の部署に着任するのが決まりだけど。ちょっとだけお父さんが自分の傍に置いておきたいという気持ちが見え隠れする。


 確かに最初、去年の七月に現場研修始まった時は、家から通える警視庁が良いとは言ったけど。



 正式に辞令を受け取った日、里山さんが、

「一条警部補殿、私の役目は終わりです。主任としての活躍を期待しております」

 と言って敬礼して自分の席に戻った。なんか言い方に棘があるのは気の所為か。



 私、里山恵子。昨日まで一条千佳をここで少しでも使える様にする為に、色々経験させた。

 悔しいほどに理解が早く覚えが良い。着任して三ヶ月も経った頃には、こちらが頼もうとしていた事を先回りしてやってしまっている。


 やはり、一条刑事部長の娘という看板は伊達では無い様だ。その後は、細かい説明をしなくてもこちらの意を汲んで仕事をしていた。


 いずれこの人が上司になる時も来るだろうけど、これだけ出来るなら仕方ない所だ。しかしこれだけの容姿で頭脳優秀か、なんか嫉妬するのは私だけか。

 夫は法科大学院で法曹になる為の勉強をしていると聞いた。写真を見せて貰ったが、まるでモデルそのものだ。全く世の中不公平だ。





 雄二は、もうすぐ司法試験だ。毎日大学と家でしっかりと勉強している。あちらが少し減ったけど、前の様なストレスはない。彼が私の事を思ってしてくれているのが良く分かるから。


 司法試験も近くなった七月に、茨城県内で起きた贈収賄事件に東京の企業が関わっているという報告が入った。


 こういう時は、茨城県警と警視庁で合同捜査本部を置く。この時、茨城県警刑事部捜査二課と警視庁刑事部捜査二課の組織調整を行う必要が出てくる。それが私の役割だ。


 私は直ぐに部下に向こうの担当警察官に連絡を入れる様に命令した。


「一条主任、茨城県警から担当警察官がこちらに来たいそうです」


 おかしいな。普通は茨城県警内に捜査本部を置いて、警視庁の捜査官が出向くはずなのにこちらに担当警察官が来ると言うのはどういう事?


「相手の警察官の名前は?」

「はい、青山祐樹警部補です」

「っ!」


 なんて事なの。悪魔の悪戯にしか思えない。

「いつ来るの?」

「はい、明日午前中に来るそうです」


 なんて事だ。あの男は、青森県警に現場研修で飛ばされたんじゃないのか。まさか配属が茨城県警。そして今回の事件。あまりにも偶然が重なり過ぎている。私にとって何という不運。


「物理的移動は時間の無駄。WEBで行います。来なくていいと言いなさい」

「はい、分かりました」



 翌日、私は大会議室で他の警察官も集まり、大きなテレビ画面に茨城県警の捜査担当警察官が映し出された。あいつは茨城県警の捜査二課長の隣に座っている。


 最初に茨城県警の捜査二課長が今回の事件の今分かっている所までを説明した後、担当警察官を紹介した。


「今回の件は、青山係長を中心に捜査を行って貰う。警視庁の捜査二課は、青山係長と協力して東京での捜査に当たって貰いたい」


 実際は青山係長が現場に出る事はない。合同本部会議の時だけ、向こうの二課長と一緒に列席して、普段は係長席を温めているだけだ。



 合同捜査本部の会議も終わろうとしていた時、

「青山です。今回の事件の事で警視庁の一条主任と話をしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「WEBで行いましょう」

「初めてなので、会って話したいのですが」


 何で会う必要があるのよ。県警の係長なんかに。


「一条さん。県警の人間と会うのも経験だ。一度会ってみるといい」

 二課長は私の為を思って行っているのだろうが飛んでも無い話だ。しかし、二課長からの言葉は絶対だ。


「分かりました。こちらにくる日時を教えてください」

「細かい事は後で連絡します。この捜査会議を閉めないと捜査開始が出来ないので」

「分かりました」


 あいつ、わざと会議終了ぎりぎりに発言したのは、この為か。



 私は自席に戻ると少ししてデスクの電話が鳴った。多分あいつだ。

「一条主任、茨城県警捜査二課青山係長からです」

「繋いで」


『一条です』

『青山です。お久し振りです』

『用件が無いなら切りますが』

『ひどいなぁ。明日の午前十一時に伺います。一条主任の所で宜しいですか?』

『結構です』

『では、明日。会えるのを楽しみにしています』



 酷い、何てことなの。私は気分悪くしながら午後五時半きっかりに警視庁を出た。


 こんな時、雄二に抱いて貰えばいいんだけど、司法試験まで後、三日。甘える訳には行かない。


 夕食を作り終えて彼をダイニングに呼ぶと一緒に食事をしながら

「雄二、がんばってね」

「うん、千佳の為にも頑張る」

「ふふっ、そう言ってくれると嬉しい」



 そして、私がベッドに入る前に雄二の傍に行って

「雄二、勉強中ごめんなさい。思い切り抱きしめて」

「いいよ」


 彼は立ち上がると背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくれた。口付けもしてくれた。少しの間そうしてくれると手を私の体から手を放して


「千佳、おやすみなさい」

「雄二、がんばってね」

「うん」



 これで少しはエネルギーを貰えた。これで明日も頑張れる。 


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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